今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
コロナが明けたら海外旅行に行きたいと考える人は多いでしょう。でも、一人旅や現地に住むとなると話は変わります。海外に飛び出す人とそうでない人は何が違うのか? アメリカで10年の間、経営学を学び教鞭を執っていた入山先生は「日本を飛び出したのは、マイノリティになりかたったからだ」と話します。
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山崎育三郎さんの異国での体験から考える
こんにちは、入山章栄です。
僕は2003年からアメリカで経営学を学び、博士号取得後もアメリカに残って経営学を研究したり、教えていました。計10年、アメリカで暮らしたことになります。
一方、この連載の担当ライターの長山清子さんは、「旅行ならまだしも、海外で暮らすなんて絶対ムリ」というタイプだそうで……。
ライター・長山
NHKの『SONGS』という歌番組を見ていたら、ミュージカル俳優の山崎育三郎さんがアメリカに留学したときの経験を語っていました。最初のうちはたった一人のアジア人だったので相当いじめられたけれども、ダンスを見せることで一躍みんなの人気者になったのだと。
私は海外旅行すら一人で行ったことがないので、アウェイに独りぼっちでいながらマイナスの状況をひっくり返すなんてすごいな、と尊敬してしまいました。
入山先生もそうですが、海外に飛び出す人って勇気がありますよね。どういうモチベーションで海外を目指すのか、興味があります。
山崎育三郎さん、朝ドラの『エール』に出演していた方ですね。ちなみにBusiness Insider Japan編集部の常盤亜由子さんと小倉宏弥さんの海外渡航歴はどんな感じですか。
BIJ編集部・常盤
私はドイツ、イギリスに一人旅をしたことはあります。モチベーションとしては、一人になっていろいろなしがらみから解放されたいということが大きいかも(笑)。ただし一人で行くなら安全な国じゃないとやっぱり心配。そこは長山さんにシンパシーを感じますね。
BIJ編集部・小倉
僕は海外一人旅が好きで、スペイン、ポルトガル、インド、ネパールなどいろいろ行きました。事情が許せば、もう明日にでも行きたいですね。住んだことはありませんが、いつか住んでみたい。
なるほど……人それぞれですね。僕の場合は大学生のときに友達と韓国に行ったのを皮切りに海外一人旅が好きになり、日本で大学院生だったときの夏休みにはアメリカ、ハイチ、ドミニカ、ヨーロッパなどに行きました。
その後も放浪好きは止まらず、例えばチリの首都サンティアゴからバスに乗ってアンデス山脈を越えてアルゼンチンに行き、パンパという草原を通って首都のブエノスアイレスに行き、ラプラタ川から船でウルグアイに渡り、ウルグアイからまたチリのサンティアゴに戻り、そこからイースター島に行ってモアイを見まくって帰ってくる、なんていう旅をしたこともあります。
ちなみにこのときは、チリに着いてすぐになんと顔面麻痺になってしまいました(後で日本で検査して分かったのですが、現地の細菌による感染が影響したようです)。
その最中は、僕がよく「世界共通の言語だ」と主張している「笑顔」もつくれないまま何週間も旅を続けたので、コミュニケーションには苦労しました。向こうの人からは無表情で不気味な東洋人だと思われたかもしれません。
その後も世界中に行っているので、訪れた国の数はおそらく50カ国くらいではないかと思います。
マイノリティになるために海外に行く
さて、どうして海外に一人で行くのが好きなのか、改めて考えてみると、思い当たることがあります。
僕は「マイノリティになるのが好き」なのです。
マイノリティになるということは、つらい部分もありますが、よく言えば自分がある意味特別な存在になるということでもありますよね。
僕は、若いころは自信のない人間でした。そのくせ自分を認めてもらいたい、存在を知ってほしいという願望はあります。そういうときに一番簡単なのは、マイノリティになることなのです。
例えば男性ばかりの会議室に女性が一人でいると、「彼女は女性だから、ちょっと我々とは違うよね」というように見られます。もちろんそれはそれで嫌なことも多いと思いますが、少なくとも注目はされる。
例えば、僕はサッカーを本格的にやっていたわけではないけれど、中学や高校でサッカー大会があると、絶対にゴールキーパーを志願していました。なぜならサッカーはある意味で残酷なスポーツで、サッカー部のうまい人たちしかボールに触ることもできないからです。
絶対に打順が回ってくる野球とは対照的なスポーツなんです。だから気持ちの弱い子どもはサッカーに向いていない。僕もどちらかというと自信がないのでそっちのほうでしたが、かといってボールに触れずに終わるのは嫌ですよね。
でもゴールキーパーなら、絶対に自分のところにボールが来る。もちろん手で触るから、他の選手とは違うのですが、子どもなんてボールが触れれば嬉しいわけです。
しかもキーパーはみんなから離れて一人だけポツンとしていて、ある意味マイノリティです。でも絶対にボールが来るし、ユニフォームも違うから目立つ。
僕にはこんなふうに「人と同じことをしたくない」という天邪鬼な発想をするところがあります。だから海外で、「この中では、自分だけが違う人間だな」という状況に満足を覚えるのかもしれません。
BIJ編集部・小倉
その気持ちはよく分かりますね。僕もまったく同じ感覚です。今、先生に言語化してもらえました。
マイノリティになることの効用
BIJ編集部・常盤
マイノリティになることの効用って何でしょうか。他とは違う存在になることによって、何か自分の内面で新たな気づきがあるとか?
僕の場合、効用は二つあると考えます。
一つはまず、圧倒的な差別化になりますよね。マイノリティであることで、つらい経験をすることもあるけれど、ポジティブに言えば「差別化できている」ということでもある。そこをうまく逆手に取れば、自分だけがこの集団の中で出せる価値があるということになります。
そもそも僕が経営学者になったのも、同じ理由です。僕が海外で博士課程を取得することを考え始めたとき、最初は「経済学」の専攻で行こうと思っていました。でも、当時は僕以外にも多くの人が、海外に経済学で留学しようとしていた。
一方で、欧米では、経営学の博士を目指す日本人はほとんどいないことを知ったのです。そこで「ああ、経済学だと大勢の中の一人だけど、経営学は誰もやっていない。マイノリティになりに行こう」と思って、経営学専攻でアメリカに行ったのです。
日本で大学の先生になるのは大変だけれども、海外で経営学の学位を取得した若手の日本人はとても少ない。だから、絶対に差別化できるだろうと考えたのです。結果、今は早稲田大学の教員になって楽しくやっていますので、この判断は正解だったと思います。
2つめの効用は、「自分がマイノリティになることで、同じような立場の人の気持ちがちょっとわかるようになる」こと。
いまの日本の会社の最大の問題は、ダイバーシティを掲げながら、会社の中心にいる中年男性がほぼ全員、マジョリティの立場しか経験したことがないことです。それではダイバーシティを実現しようとしても無理なんですよ。
こういう日本人の男性に僕がおすすめするのは、一回、お子さんの保護者会に行ってみることです。地域によるかもしれませんが、少なくとも東京では、保護者会は女性の参加比率がまだ圧倒的に高い。
それこそ僕も経験しましたが、教室の扉を開けた瞬間、お母さんたちからの〈男よ〉〈男が来たわ〉という視線を浴びるわけです。少数派の気持ちが多少は味わえるのではないでしょうか。
BIJ編集部・常盤
いまは世界中どこでもインターネットでつながっていて、海外の有名大学の授業もオンラインでいくらでも受講できる時代です。それでも入山先生は、やはり「若者よ、海外に出よ」と思われますか?
僕は絶対に行ったほうがいいと思います。行きたくないのに無理して行く必要はないけれど、やっぱり現地に行って五感を駆使することで得られることは多い。
それに海外に行けば、絶対に何かしらトラブルが起きる。安全で清潔な日本にいては経験できないような経験を若いうちにしておくことは、一生の財産になると思います。
何より、マイノリティ経験はつらい部分も多いけど、自分を別の環境に置く意味ではいい機会のはずですよ。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小倉宏弥、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。