米金融大手モルガン・スタンレーが、VR/AR技術を使った「メタバース(Metaverse)」市場の成長から恩恵を受けて株価上昇の期待される8銘柄を選定した。
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テクノロジー業界の話題と言えば、近ごろは世界中のどこへ行っても「メタバース(Metaverse)」だ。
メタバースとは何か、この没入型デジタル仮想空間はどんな投資機会をもたらしてくれるのか。その答えにたどり着く最善の方法は、メタバースを動かすダイナミクス(力学)を探ることだろう。
メタバースというワードは、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)が社名を「メタ(Meta)」に変更し、仮想世界への本格的な進出計画を発表したことで一気に広まった。
端的に言えば、メタバースとは、コンピューティングパワーや仮想現実(VR)、拡張現実(AR)など没入感を高める先端テクノロジーを使って生み出されるパラレルワールドを指す。
米金融大手モルガン・スタンレーのアナリストチームは、そうした技術が「メタバースへのゲートウェイとして果たす役割」はどのようなものか、また、投資家がそれらにどう配分したら最大の投資効果を得られるかを探るため、複数の業界にまたがって調査を実施した。
同社の株式ストラテジスト、エドワード・スタンレーは最近のクライアント向けレポート(11月11日付)でこう指摘している。
「VRハードウェアの市場規模は、基本シナリオで2030年に600億ドル(約6兆6000億円)、2040年までに2500億ドル(約27兆5000億円)以上へと成長を遂げ、キラーアプリが登場しかけているB2C(一般消費者)向けがその大部分を占めることになります」
仮想現実(VR)とは何か?
VRとは、ヘッドセットやグローブ、ボディスーツなどを使って圧倒的な没入感を得られる疑似体験のこと。現実世界と似た体験もあれば、まったく異なる体験もある。
消費者向けVRアプリの主なものとしては、ゲームやギャンブル、スポーツ観戦や音楽イベントへの参加、バーチャルショッピング、レジャーなどがあげられる。前出のスタンレーによれば、それらはすべてメタバースの潜在的な要素であるという。
ただし、VRは決してエンターテインメントのためだけのものではない。VRツールそのものは、トレーニング、外科手術、設計デザインなど、企業の現場で何年も前から使われてきた。そうしたツールは今後さらに改善され、より広く使われるようになると考えられる。
なお、VRはすでに企業にとっても消費者にとっても実績のあるプロダクトと評価されている。今後の市場拡大に向けた最大の課題について、モルガン・スタンレーのアナリストチームは、価格や品質、コンテンツの多様性、デバイスのデザインをあげる。
拡張現実(AR)はどうか?
ARは、完全な没入感を得られるVRとは異なり、バーチャルな要素を現実世界に投影する技術だ。将来的にはスマートフォンやメガネに機能として組み込まれることが予想される。
前出のスタンレーによれば、ARはこれまで軍事向けや倉庫ピッキング作業向けのウェアラブル端末として主に使われてきた。
消費者向けのARについては、2016年に位置情報ゲーム「ポケモンGO」が発売後の最短記録で5000万ダウンロードを突破したときに人気が最高潮に達した。
消費者向けのアプリはゲームのほかにも道案内やコラボツールなど多岐にわたるが、いずれも新たな機能を考案・開発する余地がまだまだある。
「ブランドにとって、Z世代はリーチするのが最も難しく、しかしながら最も重要な人口属性です。そんなZ世代へのアプローチに際して、ARは最も使えるメディアと考えられてきました」(エドワード・スタンレー)
フェイスブックは2021年9月にAR分野に進出。エシロールルックスオティカ(EssilorLuxottica、イタリアのルックスオティカとフランスのエシロールが合併)と共同開発したスマートグラス「レイバン・ストーリーズ(RayBan Stories)」を発売している。
「近年は多くのスマートグラスが登場していますが、レイバン・ストーリーズはこれまでで最もファッショナブルなプロダクトだと思います。ただ、AR機能に限って言えば、どれもこれもまだまだです」(同)
見かけのデザイン性だけでなく、プライバシーやコンテンツの多様性など、ARの普及拡大には多くの重要な課題が残されている。
VRとARはどこへ向かうのか?
「ARと比べたら、VRのほうが(普及拡大は)容易です。VRプロダクトにはすでに実績があるので、あとはスケールアップしていけばいい。一方、ARは出だしで何度もつまづいてきました」(同)
ただ、そんな状況も変わりつつある。これまでは投資家や企業による支援、ベンチャーキャピタル(VC)や企業からの資金援助、研究開発のクオリティが不足していたが、スタンレーによれば大きな変化がみられるという。
「2015年、16年あたりから今日までの間に状況は大きく改善されました。直近ではフェイスブック・リアリティ・ラボ(Facebook Reality Labs)がメタバースアプリ開発と1万人規模の人材確保に100億ドル以上を投じることを2021年に発表しています」(同)
(企業の支援など)これまで欠けていた部分に急激な動きがみられ、コトが起こりそうな雰囲気が感じられるとスタンレーは語る。
モルガン・スタンレーのクライアント向けレポート(11月11日付)より、VRとARへの投資状況の変化を示したチャート群。
Morgan Stanley
VRとARの普及拡大を一気に加速する起爆剤が何かあるとすれば、それはアップルの参入だろう、とスタンレーは指摘する。もちろん個人的な見解ではなく、VCから出資を受けるAR/VRスタートアップへのインタビュー調査を通じて得られた多数意見だ。
「アップルのアイウェア市場参入は(他のすべてのプレーヤーに影響を及ぼす)ゲームチェンジャーとしての役割を果たし、AR/VR技術が定着して普及するきっかけになるでしょう。実際、アップルのAR/VR関連特許ポートフォリオはアップルウォッチ発売前のような充実をみせています
レースはすでに始まっている……そして今度のレースはこれまでと違う感じがしています」
なお、モルガン・スタンレーのアナリストチームは、現状としてARはVRに遅れをとっているものの、一般消費者向けについて獲得可能な最大市場規模はVRより、ARのほうがはるかに大きいと分析する。
ただ、いずれにしても、アップルやその競合企業が中価格帯のスマートグラスを発売して市場に参入するまでは、消費者向け市場で大きな需要が喚起されることはないというのが同社レポートの結論だ。
買い推奨のメタバース関連銘柄8社
フェイスブックなど市場をけん引していくとみられる大企業がAR/VR市場への進出をすでに果たしたにもかかわらず、メタバースのサプライチェーン全体に目を向けると、ふさわしい評価を(株価を通じて)受けていない企業が目につく、とモルガン・スタンレーのアナリストチームは指摘する。
以下に、モルガン・スタンレーがVR/AR分野で株価上昇を想定しているトップ銘柄8社を紹介しよう。
エンテイン(Entain)
11月15日時点の株価チャート。
Markets Insider
[時価総額]120億英ポンド(約1兆8500億円)
[目標株価のアップサイド(11月11日時点、以下同)]プラス24%
[アナリストのコメント]
最近の投資家向け説明会で、経営陣は同社の有する技術プラットフォームを活用し、コア事業のギャンブル(オンラインカジノなど)のチャネル内外で双方向型のエンターテインメントを提供していくビジョンを明確にした。
社内のイノベーション・ラボを通じてAR/VRに投資(今後3年間で1億英ポンド=約150億円)。米ベライゾンメディアと共同で、VRヘッドセット「オキュラス・クエスト(Oculus Quest)2」を使って仮想スポーツクラブを体験できるプロジェクトを進めている。
エシロールルックスオティカ(EssilorLuxottic)
11月15日時点の株価チャート。
Markets Insider
[時価総額]800億ユーロ(約10兆3400億円)
[目標株価のアップサイド]プラス7%
[アナリストのコメント]
これまでのパートナーシップを通じて有用な技術的・商業的ノウハウを蓄積してきたことで、スマートグラス分野ではいまや優位に立つ。フェイスブックと共同開発した「レイバン・ストーリーズ」(前出)の市場投入もそうした蓄積によるところが大きい。
サムスン(Samsung)SDI
11月15日時点の株価チャート。
Markets Insider
[時価総額]51兆韓国ウォン(約4兆9400億円)
[目標株価のダウンサイド]マイナス4%
[アナリストのコメント]
ETL(電子輸送層)やHBL(正孔阻止層)、TFE(薄膜封止)など有機EL素子向けの機能層材料を提供。フレキシブル(=柔軟変形可能)有機ELディスプレイ用TFE有機材料の量産に成功した世界唯一の企業。
グローバル市場シェアの約7割(2021年)を誇る、有機ELパネルのトップサプライヤー。フェイスブック傘下のVR企業「オキュラス(Oculus)」向けディスプレイのメインサプライヤーであるサムスンディスプレイ(Samsung Display)の株式も15%保有する。
チームビューアー(TeamViewer)
11月15日時点の株価チャート。
Markets Insider
[時価総額]7億ユーロ(約3500億円)
[目標株価のアップサイド]プラス31%
[アナリストのコメント]
コアビジネスのリモートソリューション(リモートアクセスやARなどの技術を使ったサポート提供)が売上高の大半を占めることが、投資家による議論の争点になっている。競争環境の激化や成長の減速、2021会計年度の業績見通しや中期目標の達成に対する懸念も、問題の根は同じ。結果として、株価は年初に比べて60%以上下落している。
その問題と表裏一体で、ARなどチームビューアーの新規ビジネスやその中期的な成長可能性に向けられる投資家の議論や注目はどうしても限られてくる。同社のビジネス推進力とARソリューションビジネスから得られる収益次第で展開は変わってくるだろう。
ユービーアイソフト(Ubisoft)
11月15日時点の株価チャート。
Markets Insider
[時価総額]60億ユーロ(約7700億円)
[目標株価のアップサイド]プラス49%
[アナリストのコメント]
アニュアルレポートを読んでも、AR/VR、非代替性トークン(NFT)の詳細やその財務上のポテンシャルに関する記述は少ない。ただし、同社のアントレプレナー・ラボは、先端テクノロジー分野に関する先見性と眼識のあるパートナーシップを一貫して維持してきた。
これらの先端テクノロジー市場は、短期的にみれば同社の収益にほとんど影響を及ぼさないものの、AR/VR市場全体に大きな資金が流れ込んできた場合に、同社は利益を手にできる絶好のポジションにおり、状況に応じて(方針転換など必要なしに)果実を得られる選択性が過小評価されている。
ユニバーサルミュージック(Universal Music Group)
11月15日時点の株価チャート。
Markets Insider
[時価総額]480億ユーロ(約6兆2000億円)
[目標株価のアップサイド]プラス15%
[アナリストのコメント]
当社(モルガン・スタンレー)の想定する基本シナリオでは、「新規事業としての」ストリーミング売上高が2030年までに30億ユーロ(年平均成長率で25%)に、上振れシナリオでは50億ユーロ(同32%)に成長すると予測。
いずれのシナリオにおいても、ユーザー数増加と既存ライセンシーからの収益性向上、さらにはメタバースでのVRライブ、バーチャルグッズ、NFTなどの新たな収入源を想定している。
ボーダフォン(Vodafone)
11月15日時点の株価チャート。
Markets Insider
[時価総額]365億ユーロ(約4兆7100億円)
[目標株価のアップサイド]プラス64%
[アナリストのコメント]
(1) ボーダフォンの株価は年初来、平均的な株価指数を30%ポイント下回る水準で推移している。戦略上の選択性(通信タワー、モバイルマネー、中堅通信事業者ポートフォリオ)が高いため、目標価格のアップサイドをプラス65%程度とみている。
(2)ボーダフォングループのワイヤレス通信量は前年比およそ30~40%の増加を続けているが、1GB当たりの通信料金低下により相殺される形になっている。ただし、AR/VR分野のキラーアプリが登場することで通信量がさらに増えれば、売上高成長率はひと桁台前半から半ばへと高まる可能性がある。
シャオミ(Xiaomi、小米集団)
11月15日時点の株価チャート。
Markets Insider
[時価総額]5100億香港ドル(約7兆5200億円)
[目標株価のアップサイド]プラス50%
[アナリストのコメント]
シャオミのAR/VR事業はまだプロトタイプ段階であり、これまでは投資家からの評価対象にならなかった。今後6~12カ月間においても引き続き、投資家の興味関心は「スマートフォン+AIoT(AI+IoT)+インターネットサービス」事業のパフォーマンスに注がれるとみられる。
同社はいずれAR/VRプロダクトを上述のAIoT事業に組み込むと思われるが、AR/VRプロダクトをまったく無視しても、2021〜23年の年平均成長率は19%、売上高は1140億中国人民元(約2兆500億円)に達すると予測している。
シャオミのAIoT事業の売上高規模に比べると、ごく初期段階にあるAR/VR事業の売上高規模は小さく、現時点では株価にまったく反映されておらず、それが今後可視化されて株価を押し上げることが想定される。
(翻訳・編集:川村力)