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- いわゆる「大退職時代」が最高潮に達する中、2021年8月に全米で最も高い離職率を記録したのはケンタッキー州だった。
- 同州では、最低賃金が7ドル25セント(約826円)と全米最低レベルだ。離職率の高さには、給与がより高い仕事を探す動きがあるとみられる。
- ケンタッキー州でもうひとつ深刻な問題になっているのが、保育サービスの整備の遅れだ。同州住民の少なくとも半分は「保育砂漠」と呼ばれる、極端に保育施設が少ない環境で暮らしている。
アメリカでは今、あらゆる地域の労働者が、よりよい雇用条件を求めて続々と仕事を辞める動きが起きている。
「大退職時代(Great Resignation)」と呼ばれるこの動きがとりわけ顕著なのがケンタッキー州だ。同州の離職率は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック期間を通して、全米平均を上回って推移していた。特に2021年8月には、その突出ぶりが際立った。同月には、求人件数は減少に転じたものの、失業者1人あたり2件の求人があるという、全米で2位の高い割合を維持していたのにもかかわらずだ。他の州も同様だが、雇用主にとっては、募集をかけても十分な数の働き手を確保できないという苦しい状況が続いている。
アメリカ労働統計局は10月22日、求人数と離職率に関する月次報告「求人労働異動調査(JOLTS)」について、州別データを初めて公表した。これをみると、8月の時点で米国で最も離職率が高かった地域が浮かび上がる。この月、離職率が1位となったのはケンタッキー州で、同州の労働者のうち実に4.5%が仕事を辞めている。
ケンタッキー大学の准教授(経済学)で、ビジネス経済研究センターの所長を務めるマイク・クラーク(Mike Clark)はInsiderに対し、8月にケンタッキー州の離職率が跳ね上がったのは、統計的に見るとノイズの可能性があると指摘する。だが、同州の離職率は、コロナ禍の前から全米平均を上回って推移していた。
ケンタッキー州が抱える問題は、単にコロナ禍による特異例(アノマリー)として片付けられないものだ。ケンタッキー州商工会議所財団は、同州の労働市場は長年にわたり、定年に達する年齢層の労働者が多いことや、オピオイド系鎮痛薬依存症のまん延、労働者のスキルと雇用主の求める条件とのミスマッチなどの問題に直面してきたと指摘する。そして現在、労働力の歴史的なシフトが生じている中で、ケンタッキー州の住民たちは、自分たちのこれまでの仕事が、もはや個々のニーズを満たしていないことに気づきつつある。
ケンタッキー州民の2人に1人が苦しむ「保育砂漠」
Insiderの取材に答えたケンタッキー州経済政策研究所(Kentucky Center for Economic Policy)のエグゼクティブディレクター、ジェイソン・ベイリー(Jason Bailey)によれば、同州が抱える問題のひとつは、家庭内に子どもや要介護者がおり、その面倒を見なくてはならないために働きに出ることができない者が一定数存在することだという。さらに一部には、保育サービスの整備が不十分なことを理由に、仕事を辞める、あるいは就労自体を完全にあきらめざるを得ない者もいるという。
こうした事情から、老人介護や保育に投資することが重要だとベイリーは指摘する。これらの投資には、先ごろ連邦議会を通過した、1兆ドル規模のインフラ投資法案で提案されているものも含まれる。
シンクタンク「アメリカ進歩センター(Center for American Progress:CAP)」がInsiderに述べたところによると、ケンタッキー州では住民の少なくとも半分が「保育砂漠」と呼ばれる状況下で暮らしている。CAPの定義によると、これは「5歳未満の子どもが50人以上住んでいる国勢統計区のうち、保育サービス提供事業者が域内にまったく存在しない、あるいは、子どもの数が認定保育施設で受け入れ可能な人数の3倍を超え、極度の不足状態にある」状況だ。
ある分析では、ケンタッキー州では農村地域住民の66%、最も所得が低い地域の住民の55%が、こうした保育砂漠で暮らしているとされている。
よりよい賃金、福利厚生、労働条件を求める労働者たち
8月に全米で最も高い離職率を記録したケンタッキー、ジョージア、アイダホの3州はまた、最低賃金が連邦政府の定める最低ラインである7ドル25セント(約826円)にとどまる州でもある。
クラークによると、現在は求人件数が非常に多いため、働く側にとっては、賃金や福利厚生、労働条件の面で待遇向上を求めるチャンスになっているという。現在の職場との交渉が決裂した場合でも、自らの条件を受け入れてくれる別の仕事を探すことが可能だからだ。
「つまり現在の状況は、労働者たちが『現在の仕事より賃金が高い、あるいは労働条件がよい仕事にステップアップするなら今がチャンスだ』と考えている、という単純な理由から引き起こされていると考えられる」とクラークは述べている。
一方、ベイリーは新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受けて実施された現金給付などにより、今は手元に貯蓄があるため、より条件のよい仕事が現れるまで「待ち」の状況にある人もいるのではと考えている。「労働者は、適正な賃金が得られず、労働条件が不公平ないし劣悪な場合に、その仕事を辞めている」と彼は指摘している。
働き手の判断にいまだに影を落とす新型コロナウイルス
ベイリーによると、前述したJOLTSの報告データが収集された時期は、ケンタッキー州で新型コロナウイルス感染症の新規感染者数が急増した時期に重なるという。アメリカ疾病予防管理センター(CDC)のデータからも、同州で8月に新型コロナウイルス感染症の感染者数が増加し、9月初頭にピークに達したのち、減少に転じたことが裏付けられている。
11月7日現在のCDCのデータによると、ケンタッキーに住む18歳以上の成人のうち、ワクチン接種が完了した人の割合は62.2%だ。この数字は、全米の成人ワクチン接種完了率である70.1%を下回っている。
ベイリーは、8月に感染者数が増加したことが「各家庭に過大な重圧としてのしかかり」、育児や介護の負担をさらに増大させたとみている。自身の療養に専念する、あるいは家族などの看病をするために、仕事を辞めたり、仕事に就くことをあきらめたりしている人が出ている可能性がある。
一部の雇用主は、新たな働き手を見つけることに苦慮しているが、ベイリーは、今後は雇用主の方針によって状況に違いが出てくると見ているという。
「雇用主が、高い賃金や質の高い福利厚生を提供し、安全で安心な労働環境を整備すれば、難なく応募者を集め、求める人材を確保することができるはずだ」とベイリーは指摘する。
「一方、低い賃金を引き上げず、危険だったり不安定だったりする労働条件を放置するような雇用主は、現在のような労働者優位の売り手市場では苦労することになるだろう」
[原文:3 reasons why Kentucky is the center of the labor shortage]
(翻訳:長谷 睦/ガリレオ、編集:Toshihiko Inoue)