日本政府は11月5日、「水際対策強化に係る新たな措置(19)について」と題した水際対策における新たな緩和措置を発表した。
概要としては、「ワクチン接種済みかつビジネス往来」などの条件を満たした上で、対象となる国(2枚目の図参照)から入国する人に対して、受入責任者が管理することを条件に、自宅などでの待機期間中に、4日目以降の行動制限を緩和する措置を導入する、というものだ(便宜的にこの記事では、「入国後3日待機+7日行動管理」と呼ぶ)。
従来の水際措置の状況。10日施設待機指定国からの入国時は10日〜14日の待機が必要だった。
出典:厚生労働省
政府は既に、帰国者に対して「ワクチン接種済みなど一定条件を満たせば、最短で10日間の待機に短縮する」という緩和措置を実施しているが、入国後3日待機+7日行動管理は、その緩和策をさらに拡大したものだ。
また、「水際対策強化に係る新たな措置(19)」では観光を目的としない外国人の入国も許可する緩和策を実施しており、一連の措置は外国人も対象となる。
「水際対策強化に係る新たな措置(19)」でのさらなる行動制限緩和の内容。
出典:外務省
「これまで最短10日だった隔離期間が、条件付きでも3日に短縮される」と、制度が運用開始された11月8日前後には各社が報道した。
経済界では新型コロナウイルスの感染者が減少傾向を見せ始めた9月ごろから、経済復興のための政策提言として政府に「ワクチン接種を条件とした隔離期間の撤廃と海外との人流の復活」を訴えて、10日間よりさらに短い緩和を求めてきた。
今回の措置は形式上その声に応えた形だ。しかし、実際には運用上かなりの無理があると、利用を検討している企業関係者らから不満の声が上がっている。
「現実的ではない」新施策のズレ
隔離期間中は公共交通機関が使えなくなるため、自力で移動手段を確保しなければいけない。
撮影:鈴木淳也
「水際対策強化に係る新たな措置(19)」の実施要領が外務省のサイトでPDF形式で公開されているので、実際に制度の利用や検討を考えている方はそちらにきちんと目を通してもらうとして、ここでは11月8日から始まった「入国後3日待機+7日行動管理」の選択にあたって「特定行動のガイドライン」に示された特徴的なポイントを7つ、列挙してみる。
(1) 4日目以降の行動内容は「事前申請」が必要
4日目以降は「特定行動期間」となり、事前に監督官庁に提出して許可を得た活動計画書に沿った行動のみが認められる。活動にあたってはPCR検査で陰性であることが条件で、検査のための検体採取から72時間のみ有効(検査から72時間を過ぎて以降の活動再開には再度検査が必要)。
(2) 日々の活動内容や健康状態に報告義務
健康状態の情報は、企業の受入責任者が監督官庁(業所管省庁)に逐次報告する必要がある。
(3) 公共交通機関の利用の制限
特定行動期間中は国内線の飛行機、鉄道、バス、旅客船、タクシーの利用が可能になるが、「座席指定が可能な場合」という条件がある(タクシーは運転手との空間分離が条件)。また、これらは事前に活動計画書に記されている必要がある。
さらに、特定行動終了後に利用した領収書やレシートは30日間保管しておき、提出要請に備えておく必要がある。つまり、「すべて事前に予約完了しておくこと」が必要。活動計画書提出時点で予約ができていなくても見込み予約を伝え、予約できた時点でその旨を監督省庁に報告しなければいけない。
(4) 「受入責任者」が空港への出迎えをする必要あり
対象者が入国した際には、受入責任者がその場ですぐに合流。行動追跡に必要なアプリ(MySOS)がスマートフォンに導入されているかを確認した上で、隔離先となる待機場所まで行動を共にしなければならない。
(5) 会食後は、参加者全員の健康観察義務
特定行動期間中は待機施設での飲食が基本。だが、やむを得ない飲食店利用や会食は、原則として個室。また、飲酒は最小限、距離を確保したうえでマスク着用、会話も最小限に。活動計画書の報告では、利用店や参加人数を記載したうえで、参加者全員の会食後の10日間の健康観察も行う必要がある。
(6) 仕事でも人との接触は最小限
仕事、研修、オフィスでの活動は可能な限り個室を用い、対人接触を伴う業務は認められていない。もし対面で会議などを行う場合は広めの部屋で距離を確保する。
(7) 買い物の所要時間は15分以内
日常生活必需品の買い出しは必要最小限とし、混雑する時間帯を避けて滞在時間は原則15分以内。
以上を踏まえると、ビジネスで使う企業からすると、現実的ではない点が3つある。
- 公共交通の利用は制限が多く、すべて約3週間前(監督官庁によって多少差がある)の事前申請と、承認が必要
- 企業の受入責任者が、到着時から隔離終了まで、基本的に対象者のケアをする必要がある
- 特定行動期間を除いても、通常の14日間(10日間)隔離よりも実質的な行動制限が厳しい
特に空港到着から待機場所への移動は、通常であれば自主的に行動できるわけで、「入国後3日待機+7日行動管理」ではそれさえもできない(受入責任者の同行が必要)。
「入国後3日待機+7日行動管理」を利用した場合の行動フロー。企業の受入責任者が到着から隔離解除まで、監視用アプリ「MySOS」のインストールと設定まで含め、ケアする必要がある。
出典:
懸念は、まだある。
申請するまで「自分の仕事の監督官庁が分からない」
1つは申請にまつわるプロセスだ。
企業がどの監督官庁に申請するかについては、内閣官房がPDF形式で一覧をまとめている。
が、実のところ実際に連絡を取ってみるまで、自社がどの官庁に所属しているのかが分からないケースも少なくない。
特に、筆者のようなフリーランスや個人事業主は「どこに連絡していいか分からない」といった声が施策発表直後から上がっていた。この件について外務省に問い合わせたところ「明確な切り分けはないが、自分の業務に一番近いと思われる省庁に連絡して確認を取ってほしい」(外務省担当者)という。つまり、「申請を受理した省庁が監督官庁」になる、という流れのようだ。
申請にかかる時間が「3週間程度かかる」
先に書いたとおり、申請に要する時間も長い。
例えば、Shiftall代表の岩佐琢磨氏は、この制度を使って、急ぎの米国出張に対応しようとしたが、「申請受理まで3週間かかる」と監督官庁から聞かされている(その後、出張中に承認され、制度利用ができるようになった)。このほか、申請を試みた事例を人づてに聞いたところ、おおよそ1カ月前後の日程が伝えられることが多かったようだ。
入国直前に飛行機で渡される検疫と隔離に関する説明書。
撮影:鈴木淳也
経済産業省の水際対策担当に確認したところでも「基本的に申請の受理は3週間程度を目安としてお答えしている。審査にそれ以上を要することもあるし、逆により短い期間で済む場合もある」との回答だった。
また、当初監督官庁の連絡先が公開された際に電話番号しか掲載されていなかったことも、混乱に拍車をかけた。十分想像できた事態だが、施策発表後最初の平日となる11月8日は各省庁とも担当部署につながる内線電話がパンク状態になり、まったく電話が通じなかった。
実際、筆者も別の取材の合間に問い合わせを続けても、当日は一度も連絡を取ることができなかった。
その後、何度か連絡をとるうちに外務省と経済産業省にようやく直接質問することができたわけだ。
この連絡窓口に関しては11月12日になって対策がとられ、電話番号のみしか掲載されていなかった経済産業省などの担当部署も、メールアドレスが併記されるようなった。急場の対応だったのかもしれないが、事前準備が間に合わず後手後手に見える感は拭えない。
原則的な隔離の考え方は変わっていない
ここまで読んで分かる通り、「入国後3日待機+7日行動管理」は一般的な緩和措置とは異なり、企業の出張者を含めて恩恵を受ける人は限定的だ。特に、今後も受理に3週間の時間を要するようなことが続けば、事務フローから見ても、受入企業側と監督官庁の負荷が大きく、現実的ではないように見える。
「3日間隔離への短縮」というキーワードに踊らされて、経済界の望む緩和策を導入したように見える一方、実際には「ほとんどの人が利用したがらないような仕組みになった」というのが、今の時点の実態ではないか。
本件に関する外務省への取材で、担当者は「制度の建て付けとして、あくまで既存の検疫体制の枠組みのままで、新しい管理体制を追加したもの」だと語った。つまり、日本への入国時の検疫と隔離にまつわる施策の原則は、従来の「14日間隔離が基本で、ワクチン接種が完了している者に対して条件付きで最短10日間への短縮を認める」というものから、実は一切変わっていないのだ。
監督官庁は企業からの申請や報告で状況を把握するだけなので、実際の管理を企業の受入担当者に任せたという形だ。
見方を変えれば、厚生労働省としては現在の「14日間隔離」の対応を変えることなく、役割や責任の一部を、省外に振り分ける形で制度を維持している……ということになる。
フリーランスでも3日間隔離の申請は可能
筆者の周辺では、企業組織のように出張者をケアできる人員が確保できないケース、例えばフリーランスや自営業者のような立場で3日間隔離の申請はできるのか?という疑問も多かった。
外務省と経済産業省に確認した範囲では、制度上「問題なし」との回答だった。
通常のケースであれば、帰国者をケアする受入責任者を確保して、空港からの付き添いに加え、受入担当者に日々の報告を実施することになるが、フリーランスなどの場合は、それをすべて帰国者本人が行う形でも問題ないとしている。
つまり、「公共交通機関を使わない」というこれまで通りのルールを守れるのであれば、14日間(10日間)のとき同様のパターンでも問題なく、さらに事前にPCR検査または抗原検査を受けることで72時間の(事前の計画書に沿った)自由行動が可能になる。
グローバル経済のなかでの日本の立ち位置
羽田空港での海外からのフライトの降機後、案内に沿って検疫所へと向かうところ。
撮影:鈴木淳也
11月8日以降、アメリカでは入国に際してワクチン接種完了が義務付けられるようになった。これまで往来が自由だった日本人にはむしろ規制が加わるが、逆に渡航に制限のあった欧州在住者にとっては、ワクチン接種さえ完了していれば自由渡航が可能になった。
今後は、欧米間でのビジネス往来の活発化が予想される展開だ。
この1年で日米間を5往復以上している、ある海外在住の日本人渡航者は、「日本側の受入体制は徐々に手慣れてスムーズになってはいるものの、紙ベースかつ、データがコンピューターに入力されずに使い回しもされていない。何度も同じ情報を政府に提出しなければいけない煩雑さ、人海戦術で物事を解決しようという効率の悪さはなんとかならないのか」と、行政の縦割りの弊害を指摘している。
筆者はいまの政府の対応には2つ問題があると考えている。
1つは企業側から不満の声が相次ぐなかで、ビジネスの現状をきちんと把握しているのか疑問があり、誰のための制度なのかわかりづらい状況になっていること、2つめは「経済再開に向けた現実的な舵取りをどうするか」のリーダーシップを政府が示せていないことだ。
日本は今やOECDでトップクラスのワクチン接種率であり、11月11日時点で全人口の75.2%が2回目の接種を終えている。
にもかかわらず、欧米主要国に比べて厳しい規制を取り続けている。医療体制の違いなど、単純にワクチンの接種率だけで判断することはできないものの、このような状況が続けば、欧米間で回復基調にある経済活動に遅れを取ることにも繋がりかねない。
コロナ禍突入から3年目が見えつつある現在、現実的な感染リスクの状況を見極めながら、「グローバル経済を踏まえた経済活動」とのバランスを考えた検疫体制・入国体制へと施策を考え直す段階にきているのは明白ではないか。
(文・鈴木淳也)