AWSが次に狙うのは、230兆円のメディア・エンターテインメント業界だ。
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クラウド技術が企業の間で広く普及するにつれ、クラウドサービス大手各社はこれまで導入が遅れていた業界に次なる大きな成長機会を見出す——アナリストたちはそう予想している。International Data Corporation (IDC)のクラウド担当アナリストであるナディア・バラード(Nadia Ballard)は、「このような業界に特化したクラウドやプログラムが、次の競争の鍵を握っています」とInsiderに語る。「これが新しく、ホットで注目すべき分野なのです」
世界最大のクラウドプロバイダーであるアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)が、4月にメディア・エンターテインメント(M&E)業界向けのプログラムを開始したのもそのためだ。このプログラムは、PwCの予測では2022年に6.7%の成長が見込まれ、2兆ドル(約230兆円)規模のこの世界的な業界を取り込むための大きな一歩となる。
メディアやエンタメ企業の多くは、いまだに古い生産システムやハードウェアを使用しているため、この業界をクラウドへ移行させること自体が大きなチャンスとなる。しかし、ガートナー(Gartner)社の最近のレポートによると、コロナウイルスの流行の際にクラウドの導入を余儀なくされたM&E企業の約3分の1は、物理的なサーバーに戻ることになると言われている。そのため、クラウド大手各社が勝利を勝ち取るためには、この業界はますます重要になっている。
AWSは独自のツールを構築し新しいビジネスチャンスを狙うことで知られているが、今回はパートナー企業主導のアプローチをとっていると、AWSのイマーシブ・テクノロジー部門の責任者であるカイル・ロッシュ(Kyle Roche)は言う。
AWSは、M&E業界で人気のあるコンサルティングやオートデスク(Autodesk)、 アドビ(Adobe)、 テラディシ(Teradici)など、業界をリードするサービスを提供する500以上のパートナー企業と提携している。ロッシュによれば、AWSはこれらのパートナー企業の製品とともに自社製品を売り込むことに重きを置いていると言う。
時価総額720億ドル(約8.2兆円)を誇るオートデスクのCEOであるアンドリュー・アナグノスト(Andrew Anagnost)は、「パートナー企業は、M&E業界の従業員が同じ部屋にいなくても高品質なエフェクトや制作物を作り出すことのできる分散型ワークモデルなど、さまざまなサービスを提供しています」と言う。
IDCのバラードは、AWSが業界をリードするソフトウェアメーカーと提携することも賢明な方法であるとし、AWSのようにM&E分野の新参者が参入する際には、業界で人気のあるツールとの抱き合わせが効果的だと言う。
AWSの最も近い競合2社を含む他の大手クラウドプロバイダーも、M&Eビジネスを狙う。
Google Cloudは2018年にM&E業界をターゲットにし、クラウドベースのファイルストレージソリューションと、それらの顧客のためにロサンゼルスに新たなクラウドの拠点を立ち上げた。マイクロソフトも2017年からM&E業界をターゲットに、Azureクラウド上で構築されたソリューションを提供しており、2020年にはM&Eの専門家を対象とした初の業界カンファレンスを立ち上げている。
AWSも、この分野に向けた独自の製品をリリースしていないわけではない。M&E関連のツールの多くは、クラウドベースのアニメーションプラットフォームを提供するニンブル・コレクティブ(Nimble Collective)などの買収により、AWSのプラットフォームに統合されている。グーグルやマイクロソフトも、業界のスタートアップ企業を買収したり、業界をリードするソフトウェア会社と提携したりしている。
ロッシュによると、AWSのツールはクラウドの基盤など「ソリューションの原始的な部分」に焦点を当てているのに対し、パートナー企業はより具体的なM&Eの顧客ニーズを満たす専用のソリューションを提供しているという。「これはパートナー企業にとって、AWSの従来のサービスとのギャップを埋める良い機会となります」
しかし、大手クラウド企業のパートナー企業にとっては、AWSのプラットフォームやツールと連携しているとはいえ、今後AWSが目をつける分野によっては競合関係になる危険もはらむ。
アナグノストは以前Insiderの取材に対し、こうしたことは近年M&E業界ではよくあることなので、オートデスクがAWSと競合することについて特に心配はしていないと語っていた。「プラットフォーム・プロバイダーのすべてが、何らかの形で我々と競合することになります」
ロッシュもまた、AWSがパートナーと競合することによる影響をそこまで気にしてないようだ。「我々は市場での選択肢を増やしたいと思っています。それがAWSのM&E向けプログラムに込めた狙いでもあります」と述べる。
AWSは2020年、それぞれの業界特有のビジネスチャンスを見越して、金融サービスや製造業などの業種別に営業チームやクラウドアプリストアを再編した。また、ヘルスケアや金融サービスなどの規制分野を対象とした業種のクラウドも構築しているが、M&E向けのクラウドはまだ存在していなかった。競合他社も同じ業界を狙っており、クラウドアナリストのマリベル・ロペス(Maribel Lopez)は2021年を「業種別クラウド元年」と呼んでいる。
(翻訳・編集:大門小百合)