ビル・ゲイツ率いる気候変動問題専門のベンチャーキャピタルが、電気自動車(EV)の将来を左右する技術を持つカナダのスタートアップに出資した。
Shutterstock.com
マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ率いる気候変動対策専門のベンチャーキャピタル(VC)ブレークスルー・エナジー・ベンチャーズ(Breakthrough Energy Ventures)が、あるスタートアップのシリーズAラウンドでリードインベスターを務め、総額1000万ドル(約11億円)の資金を提供した。
電気自動車(EV)業界が間もなく直面する問題、すなわち車載電池の原材料不足という深刻な事態を解消するために、同スタートアップが大きな役割を果たす可能性があると踏んでの出資だ。
ブレークスルー・エナジーのほか、カナダの起業家向け銀行BDCの投資部門(BDCキャピタル)も出資に加わった。
資金提供を受けたのは、カナダ・バンクーバーに本拠を置くマングローブ・リチウム(Mangrove Lithium)。EVの動力源となる車載電池に必要とされる膨大な量のリチウムを、より迅速かつ安価に精錬(せいれん)・生産する手法の開発を進めている。
市場調査会社ガイドハウス・インサイツ(Guidehouse Insights)のよれば、車載用リチウムイオン電池のグローバル市場は、2024年までに2210億ドル(約24兆3100億円)にふくれ上がるとみられる。
自動車メーカー各社が生産ラインをガソリン車からEVにシフトさせ、リチウムイオン電池への依存度が高まるにつれ、マングローブのような、よりサステナブルで費用対効果を高めるリチウム精錬技術が熱視線を浴びるようになっている。
同社のサード・ダラ最高経営責任者(CEO)はInsiderの取材にこう語っている。
「実際に何台のEVが公道を走るようになるかは原材料次第だと当社は考えています。現時点では、経済合理性のあるコストで生産できるリチウムの量は十分ではありません。リチウムをどこでどれくらい確保できるのかという問題がこれからボトルネックになるでしょう」
米ブリティッシュコロンビア大学内のプロジェクトからスピンオフして、2017年に設立されたマングローブは、実はリチウムの採掘やバッテリー製造そのものには関わっていない。
その代わり、電気化学的な精錬技術を用いて、車載電池のカソード(正極)やアノード(負極)に使われる原材料(炭酸リチウムや水酸化リチウム)を製造する、いわば中間ステップの最適化に注力している。
ダラCEOが考えるビジネスモデルは、上流でリチウム採掘を手がける企業に上記のような精錬技術をライセンス供与するもの。
マングローブと同じくブレークスルー・エナジーが出資するスタートアップのライラック・ソリューションズ(Lilac Solutions)などと協業しつつ、EV向け車載電池メーカーへのライセンス供与、最終的には自動車メーカーにまで供与先を広げていきたい考えだ。
市場のそもそもの成長ポテンシャルとは別に、原材料であるリチウムの需要が急速に高まることで昨今の世界的な半導体不足のような供給危機が起こるのではとの懸念が、リチウム精錬技術にビジネスチャンスをもたらしている。
また、中国の車載電池メーカーへの依存度を引き下げたいと考える、アメリカやヨーロッパの自動車メーカーの思惑も追い風になっている。
ビル・ゲイツVCの視点
ブレイクスルー・エナジー・ベンチャーズは、EV普及拡大のゆく手を阻む課題の数々を解決しようと、複数のスタートアップにこれまで総額20億ドル(約2200億円)を投資してきた。
例えば、航続距離700マイル(約1100キロ)の実現を目指すEV向け車載電池スタートアップ、アワ・ネクスト・エナジー(Our Next Energy)のシリーズAラウンド(総額2500万ドル)でもリードインベスターを担った。
また、全固体電池の研究開発を進める米クアンタムスケープ(QuantumScape)や、長時間の蓄放電が可能な「鉄空気電池」を開発する米フォーム・エナジー(Form Energy)にも出資している。
今回、マングローブのダラCEOは同社のビジョン説明用に使っているプレゼン資料をシェアしてくれた。秘密保持契約に触れるセンシティブな部分もあるため、Insiderが編集してお届けする。
4つのポイントに要約
Courtesy of Mangrove Lithium
マングローブは自社ビジネスを主要な4つのポイントに要約。同社の技術がEVの未来にとって重要と言える理由、技術によって解決しようとしている課題、同業他社よりも優れたソリューションと言える差別化要因、同社の取り組みが最終的に何の役に立つのか、いずれも端的に説明する。
これから起きる問題
リチウムの供給不足により世界の電気自動車(EV)普及台数は3億5000万台に達するまでにボトルネックを迎える(左図)。
Courtesy of Mangrove Lithium
リチウム精錬への投資がなければ、EV向け車載電池メーカーや自動車メーカーは将来的に供給上の深刻なボトルネックに直面するという。
マングローブ・エナジーにできること
緑の点線で囲った部分が、電気化学的加工による炭酸リチウム(Li2CO3)、水酸化リチウム(LiOH)の精錬・製造プロセス。
Courtesy of Mangrove Lithium
マングローブ・エナジーは、リチウムイオン電池のサプライチェーンにおける電気化学的な精錬プロセスにおいて大きな役割を果たせると強調する。
従来技術の問題
Courtesy of Mangrove Lithium
マングローブは従来のリチウム精錬技術の抱える課題を指摘。コストの高さ、プロセスの複雑さ、さらには車載電池製造の妨げになる品質問題など。
差別化ポイント
すぐ上のスライドと比較すると、炭酸リチウムおよび水酸化リチウムを製造するプロセスが(マングローブの加工技術により)単純化され、短縮されていることがはっきりみてとれる。
Courtesy of Mangrove Lithium
自動車メーカーのEVシフトが進めば進むほど、EV車載電池にふさわしい高品質なリチウムへのニーズは高まっていく。マングローブのアプローチは、従来の車載電池向けリチウムの精錬方法に比べて低コストでシンプル、しかも処理時間を短縮できる。
実際のオペレーション
Courtesy of Mangrove Lithium
加ブリティッシュコロンビア州バンクーバーにあるマングローブの実証プラントでは、さまざまな採掘業者から提供を受けたリチウム原料を使って精錬・製造のテスト中。その知見は2022年稼働予定の商業プラントで活用されることになる。投資家は実証プラントの見学が可能。
(翻訳・編集:川村力)