TikTokを運営するバイトダンス、ロブロックスに出資するテンセント……トップはメタバースをどう見ているのか。
REUTERS/Tingshu Wang
フェイスブックが社名を「Meta(メタ)」に変更して3週間。日本でもメタバースを理解するためのイベントが増えているが、世界で一番盛り上がっているのは間違いなく中国だ。
オンラインゲームやVR/ARに関わる企業の株価が異常なほど上昇し、11月はIT大手の第3四半期決算の発表が集中することもあって、決算会見が企業トップのメタバースに対する取り組みを取材する場にもなっている。バイトダンス(字節跳動)やテンセント(騰訊控股)、バイドゥ(百度)などメガITのトップの発言からは、以前からメタバースへの布石を敷いていることが分かる一方で、「あまり騒がれたくない」という警戒心もにじむ。
各社の発言を見てみよう。
テンセント:積極投資も「中国独自の規制」意識
テンセントはメタバースの実現に最も近い一社と見なされている米ゲームプラットフォーム「ロブロックス(Roblox)」に2019年に投資したり、傘下企業で人気ゲーム『フォートナイト』の開発元であるエピック・ゲームス(Epic Games)が今春、メタバースの構築に向けソニーなどから10億ドル(約1100億円)を調達するなど、ゲーム向けのエコシステム作りでは一歩リードしている。
また、中国PR企業最大手「北京藍色光標品牌管理顧問」が今月、メタバース関連のバーチャルヒューマン事業でテンセントと協業を進めると発表しした。
11月10日の決算説明会で、テンセントの劉熾平総裁は
「メタバースは非常にワクワクするトピックで、この分野の技術や能力について深掘りを進めている。実装が期待できるゲーム、ソーシャル、人工知能(AI)のいずれにおいても当社は長年の蓄積がある」
「バーチャルな世界とリアルな世界が融合していくというのは、テンセントが目指す方向でもある」
と述べた。
もっとも、メタバースと相性がよさそうなオンラインゲームは、中国当局が未成年への影響を憂慮し締め付けを強めている分野でもある。
テンセントは任天堂など世界の名だたるゲーム会社と提携している。
Reuters
劉総裁は、メタバースの中国での運営が中国政府によって「承認される」という見通しを示しつつも、
「中国当局はメタバース関連技術の発展を応援しながらも、ユーザーへの提供にあたって規制を設けるだろう。また、規制の内容は海外とは違うものになるはずだ」
と、規制を強く意識していることを示唆した。
バイトダンス:VR企業買収もメタバースとの関連否定
TikTokの成功でグローバル企業になったバイトダンスは、秘密主義、非上場のため他のメガITに比べて戦略が見えにくいが、テンセントとの争奪戦の末にVRデバイスメーカーの「Pico」を買収したことが最近判明し、メタバース進出への布石として注目された。
バイトダンスのプロダクト・戦略副総裁の朱駿氏は今月中旬、中国スタートアップメディア36Krの取材に対し、
「AR/VRはオフィスワーク、学習、動画、エンターテインメントに導入できると期待しているが、『メタバース』と関連付けたものではない。メタバースは大きすぎ、抽象すぎる概念だ」
と慎重姿勢を強調した。
AR/VRについては、「実装シーンをつくり出せるか、ソフト・ハード・アルゴリズムの開発を強化し、ユーザーエクスペリエンスをどこまで向上できるかが鍵」と述べた。
バイドゥ:メタバース実現の課題を列挙
AIと自動運転技術に巨額の投資を続けているバイドゥの馬傑副総裁は今月2日、自社のAI関連イベントで、
「メタバースで一儲けを考える企業は多く、どれが本物か見分けがつかない状態だ。ほとんどの人が将来有望だと思ってはいても、メタバースが何なのかについて共通認識ができていない」
「今は期待値だけが上がっており、来年後半か再来年にはバブルがはじけると信じている。今のブームが去った後に、それぞれの“持ち札”が見えてくる」
と、現状は一過性のブームだと強調した。
とは言え馬副総裁はメタバースを否定してはおらず、イベントでの発言内容からは技術上の課題やこれまでの動きについて、豊富な知識と強い関心を持っていることがうかがえた。
VRについては「メタバースへの第一の入り口で、メタバースを普及するキラーアプリになるかもしれない」と述べつつ、「メタバースを現実のものにするには、大勢の人々が没入感を維持したまま自由、相互に交流することが可能なコンピューティング能力と、良質なコンテンツを制作するエコシステムを実現しなければならない」と技術上の課題を列挙した。
ネットイース:「スタートダッシュに成功する」と自信
2020年に東京・渋谷にゲーム開発スタジオを開設したり、著名日本人クリエイターの移籍が報じられるなど、日本での動きが活発なネットイース(網易)。同社が手掛けるオンラインゲームはメタバースと親和性が高いが、政府の規制強化で中国でのゲーム開発体制の縮小に動いているとも言われる。
同社の丁磊CEOは今月16日の2021年第3四半期決算会見で、
「メタバースが話題だが、現時点では誰もそこに行きついていない。当社はメタバースに関する技術やルールで、準備を進めている。メタバースが本当に降臨するとき、スタートダッシュに成功する能力がある」
と述べ、上場大手の中では最も積極的な姿勢を見せた。
ビリビリ:美しいビジョンだが時間かかる
ニコニコ動画のような動画共有サイト「ビリビリ(bilibili)」の陳睿CEOは今月17日に行われた第3四半期決算会見で、「今メタバースの参入を発表したのでは遅すぎる」と前置きし、その意図を「メタバースは商品ではなくコンセプト。実はそれほど新しい概念ではなく、フェイスブックやテンセント、ビリビリはその一部を既に実現している。VR、ソーシャル、ゲームなどメタバースを構成するこれらシステムを構築するのに年単位の時間がかかる」と説明した。
陳CEOはメタバースの実現時期について、
「今はメディアあるいは株式市場を賑わせているだけで、具体的なプロダクトの話には至っていない。(メタバースは)美しいビジョンではあるが2~3年では実現しない」
と述べた。
メタバースバブルはIT企業のリスク
中国共産党系メディアは、フェイスブックの社名変更で過熱するメタバースブームについて、冷静になるよう呼び掛けた。
Reuters
株式市場ではメタバースに参入しているIT企業の株価が高騰し、毎日大量に関連記事が出る。だが、動画やゲーム、ソーシャルなどの各業界のリーダー企業のトップは申し合わせたように、現在のブームとは距離を置く発言に終始した。
アリババやテンセント、バイトダンスが「アリババメタバース」「タオバオメタバース」など、「サービス名+メタバース」の商標を申請していることも「参入準備か」と憶測を呼んでいるが、バイトダンスの朱氏は、「Picoメタバース」で商標申請した理由について「Picoブランドがメタバース絡みの投機に巻き込まれないため」と、あくまで防衛措置であると説明した。
背景にあるのは、当局への忖度や規制に対する警戒だ。中国共産党系メディアの経済日報は今月12日、「過熱する“メタバース”株は買うな」と題した記事で、「中国で高騰しているメタバース関連株のほとんどはゲーム会社で、フェイスブックが打ち出したメタバースのコンセプトとはかけ離れている。株価の上昇を狙ってメタバースを利用しているのかもしれない」「個人投資家はメタバースブームに対し冷静になるべきだ」と呼びかけた。
1年にわたる当局のIT業界規制で、中国IT企業の株価は低迷しているが、メタバースに乗じて株価が上がったとしても、新たなリスクの種になるかもしれない。テンセントの総裁があえて「規制」という言葉を出したように、技術に投資しながらも、当局の反応を見極めたいというのが本音のようだ。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。