企業のデジタルビジネスを総合的に支援するメンバーズは2021年9月、書籍『脱炭素DX すべてのDXは脱炭素社会実現のために』(プレジデント社)を出版した。企業がDXを通じて持続可能なビジネス成長と脱炭素社会創造を同時に実現させることを「脱炭素DX」と定義し、企業経営者やDX推進責任者に向けて、脱炭素DXの企業事例やどのように取り組むべきかをまとめたもの。11月4日、同書の出版を記念して有識者、企業ゲストを招いたオンラインセミナーを開催した。その内容をレポートする。
脱炭素の取り組みは企業の成長力をそぐものではない
セミナーの第一部で「企業の脱炭素の取り組み」をテーマに語る京都大学大学院教授で環境経済学を専門とする諸富徹氏
セミナーは3部構成。第1部は「脱炭素社会と変容するキャピタリズム」と題して、メンバーズとアドバイザリー契約を結んでいる京都大学大学院教授で環境経済学を専門とする諸富徹氏の講演を行った。テーマは「世界や日本の脱炭素政策の最新動向と変革している企業」。諸富氏は、冒頭で次のように強調した。
「気候変動をはじめとする環境問題の対策は企業の成長力をそいでしまうと思われがちですが、すでに脱炭素、あるいは気候変動対策は本格化して30年程度が経っています。フィンランド、スウェーデン、デンマークの北欧諸国をはじめ、カナダのブリティッシュコロンビア州といった国や地域では、GDPは伸び、CO2の排出量は減っている。経済成長とエネルギー消費を切り離すことを意味する『デカップリング』が進んでいます」(諸富氏)
一方、日本はデカップリングが遅れ、成長もせずCO2削減もできていない。「ここをなんとか変えていきたい」と述べ、デカップリングに成功している代表例としてスウェーデンを挙げた。
「スウェーデンではなぜデカップリングできたのか。
1つ目は産業構造の転換。スウェーデンはボルボをはじめ製造業を強みとしていますが、一方で家具製造・販売のIKEA、ファストファッションのH&M、デジタル音楽配信サービスのSpotify、ビデオ会議サービスのSkypeなど、デジタル技術を使ってグローバルに展開する新興企業が次々と出てきています。人口たった約800万人ですが、産業の新陳代謝が速い。
2つ目は、炭素税や排出量取引といったカーボンプライシングを使いながら生産性向上を促している。
3つ目として、先導企業が先んじて脱炭素を進めマーケットを開拓、ドミナントのポジションを早く取る戦略を取っている。
日本はどういう道を行くべきか。脱炭素に選択の余地はないことをしっかり認識した上で、産業構造の転換、新陳代謝は必須。デジタル化と脱炭素をどう同時達成していくか。この分水嶺に立っていると言えます」(諸富氏)
諸富氏は、日本においてデカップリングに成功している4つの事例を挙げた。空調機メーカー大手のダイキンは、磁気冷凍という新技術で消費電力を8割減らし、脱炭素に寄与しながら売り上げを増やした。日立製作所はLumadaというIoT基盤を活用し、空調機などの稼働を遠隔監視し省エネを促すサービスを展開。小松製作所はCO2排出実質ゼロの新工場を稼働。三菱地所はスコープ3(原料調達、あるいは出荷以降を対象)でのCO2削減に乗り出し、ビル建設時にゼネコンに資材などに関する情報開示を要請した。
「XaaS(X as a service)という言葉がありますが、これらは『省エネ・アズ・ア・サービス』。これまでは『環境に配慮すればコスト削減につながる』というところまでで終わっていましたが、新しいサービスを創出して付加価値を高めていくというところへ進み出している。BtoC、BtoB問わず、顧客接点の最大化によって価値創出を行うことがDXの重要な役割だと思います」(諸富氏)
セミナーを主催したメンバーズ 専務執行役員 EMCカンパニー社長の西澤直樹氏はこう指摘した。
「企業が自身のパーパスから脱炭素社会実現に向けた大胆な投資、モノからサービスへの転換をDXを通じて行っていく。これが日本企業がデカップリングをして成長を続けながら炭素を減らしていくための唯一の手法(脱炭素DX)なのではないか」(西澤氏)
サステナビリティと脱炭素はマーケティングでも注目
メンバーズが実施した「気候変動と企業コミュニケーションに関する生活者意識調査」によると、気候変動について「関心がある」と回答したのは63%。以前の調査と比較すると14ポイント増加した。
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第2部では、まず、メンバーズ EMCカンパニー プロデューサーの萩谷衞厚氏から、「気候変動と企業コミュニケーションに関する生活者意識調査」の結果報告があった。2021年9月に1118人を対象に行った調査によると、気候変動問題への関心ついては、「とても関心がある」「どちらかといえば関心がある」の合計が全体の63%を占めた。2年前と比べて14ポイントと大幅にアップしている。
気候変動問題に配慮する商品の購入意向については、「多少高くても(1割程度)そうした商品を選びたい」もしくは「同等の価格ならそうした商品を選びたい」と回答した人が7割弱に上ったが、過去半年以内に実際に購入した人は28%にとどまった。だが、購入者に継続購入意向を問うと「とても思う」「どちらかといえば思う」が96%となった。
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「気候変動問題に配慮した商品の提供は生活者のニーズであり、サステナビリティの訴求は、マーケティングやビジネス成果の観点からも注目すべき取り組みであると言える。企業はこれまで以上に分かりやすい情報発信が必要。商品購入者の継続購入意向は特にファッション関連の商品に関してその傾向が顕著で、他人への推奨意向も高い。我々の仮説ですが、日用品、食料品よりもファッションのような趣味嗜好姓の高い商品は、気候変動問題に対応することでよりビジネス成果につながるのではないか」(萩谷氏)
次に、サステナブル・ブランド国際会議 アカデミック・プロデューサーで今回の調査を監修した駒沢大学経営学部教授の青木茂樹氏から、調査結果をもとに「企業が期待されていること」として、マーケティングの観点からサステナビリティをどのようにブランディング活用していくべきか解説があった。
青木氏は、企業が脱炭素に取り組む際の戦略として、公的機関によって承認された「ルールだから」取り組むデジュールスタンダード、早期参入し市場支配力を高めるデファクトスタンダードという考え方があると説明。さらに「目指すべき世界、パーパスを支える思想的背景を、企業や業界にとってのスタンダードとする考え方」を「デスピリタススタンダード」と定義する。
例えば、無印良品やAppleのPCに見られるミニマリズムは、生活雑貨やPCデザインのデスピリタススタンダードと言えるだろう。また、ファッション業界おいて、サステナビリティはトレンドだ。気候変動問題に配慮したファッション関連商品の購入者は、知人に商品を勧めたり話したりするナラティブコンシューマーが育ちやすい。このようにいかに消費者を動かしていくかが企業のエンジンになると語る。
例えば、スポーツ用品メーカーのアディダスは、海洋環境保護団体NGOパーリー・フォー・ザ・オーシャンズと連携し、海洋廃棄物や違法に設置された漁網を再利用した繊維を使ったシューズを販売。リサイクル技術という機能的価値に、NGOと連携するという情緒的価値を付加し、サステナブル価値につなげた。リサイクル開発を行う日本環境設計は再生素材を使ったTシャツを販売。さまざまなアーティストとコラボしてブランディングを行った。
「売上を上げることとソーシャルインパクトをいかに高めるか、両睨みで狙っていく。サステナブル・マーケティングの考え方への展開が求められている」(青木氏)
デジタル活用で電力を民主化、イノベーションで世界を変える
従来の電力市場は、大手電力会社が供給する「中央集権型」の仕組みだった。現在はイノベーションによって、個人や企業など様々な人が電力の売り手となり、買い手がそれを選択できるようになっている
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第3部は、「脱炭素DX実践企業の事例紹介」として、社会課題解決型のマーケティング業務を担当し地球温暖化防止コミュニケーターでもあるメンバーズの我有才怜氏と、UPDATER(旧・みんな電力)COO専務取締役の三宅成也氏によるセッションが行われた。
日本では2016年に電力小売が自由化され、個人が地域の大手電力会社以外からも電力会社を選ぶことができるようになった。みんな電力はその生産者と買い手をつなげるしくみを構築している。約8割が化石燃料、約2割が再エネで発電している。
そのしくみを実現したのがDXだ。みんな電力が開発したプラットフォーム「エネクション2.0」では、買い手はどの発電所から電気を買うか予約できる。その予約に基づき、発電量と需要量を30分単位でマッチング。「ENECTパワープール」に集約された再エネ電力を分配する。ここでブロックチェーンの技術を用いている。
「いままでは大手電力会社が供給する、中央集権型の仕組みだった。イノベーションによって、いろいろな人が売り手となり発電した再エネをいろいろな人が買うことができる。民主的な分散型ビジネスがみんな電力の事業です」(三宅氏)
我有氏は「分断されていた生産者と利用者をデジタルでつなげ、見える化していく上で、生産者と消費者の双方に共感してもらい、ともに電力民主化のプロセスに参画してもらうことが重要」と感想を述べた。
「脱炭素は国家的、社会の問題ではありますが、みなさん一人ひとりの行動が変わらなくては意味がない。我々は再エネなど脱炭素化型のライフスタイルを提供し、“意味や価値のある”電力を増やすことでお金の流れを変え、脱炭素に向けて社会も変わっていく流れをつくりたい」(三宅氏)
このセミナーで紹介した事例の詳細や経営に生かせるヒントは、書籍『脱炭素DX すべてのDXは脱炭素社会実現のために』に詳しく紹介されている。転換期をチャンスととらえ、脱炭素社会へと向かいながらいかに企業成長につなげるか。課題を先送りにする余地はもうない。
メンバーズは2020年に「VISION2030」を発表し、気候変動・人口減少を中心とした社会課題解決への貢献を宣言した。2021年6月には子会社メンバーズエナジーが非FIT太陽光発電所を建設。また、2020年度の自社の事業活動に伴う使用電力について、再生可能エネルギー100%を実現している。さらに、有志企業とともに「ゼロカーボンマーケティング研究会」を設立。炭素削減と企業の持続的な成長の両立を目指したマーケティング活動およびモノやサービスのデジタル化を実行するための有志各社による意見交換、ナレッジシェア、実践の場として脱炭素に向けて活動している。