約25年間、ニューヨークを拠点に政治や性的マイノリティーなどを取材してきた北丸雄二氏。
REUTERS/Thomas Peter、横山耕太郎撮影
「男性どうし、女性どうしの結婚も認めるべきだと思いますか?」
NHKが2021年3月に実施した世論調査では、同性婚に賛成と答えたのが57%、反対が37%。過半数を上回る、約6割が同性婚に賛成していた。
世界に目を向ければ、2001年にオランダで同性婚が法制化されたことを皮切りに、ヨーロッパなどで拡大。2019年にはアジアで初めて台湾が同性婚を認めており、主要7カ国(G7)のうち同性婚を認めていない国は日本だけだ。
日本では自治体が「パートナーシップ制度」を定める動きが広まっている。Marriage For All Japan によると、日本では2021年10月現在、全国130自治体がパートナーシップ制度を導入している。
ただパートナーシップ制度は、自治体の制度で、法的な拘束力はなく、戸籍上は他人。所得税の配偶者控除が受けられないなど、結婚とは大きな違いがあるのが現状だ。
世界では拡大している同性婚、日本でも世論調査では賛成が多いのに、なぜ法制度の本格的な議論にまで発展しないのか?
東京新聞ニューヨーク支局長などを勤め、2021年8月に『愛と差別と友情とLGBTQ+ 言葉で闘うアメリカの記録と内在する私たちの正体』(人々舎)を発売したジャーリスト・北丸雄二さんに聞いた。
北丸雄二:毎日新聞で主に社会部記者を経て、東京新聞(中日新聞東京本社)に移り、1993年からニューヨーク支局長を務めた。1996年に独立。2018年に帰国するまで、25年にわたりニューヨークを拠点に取材活動を続けてきた。翻訳家としても活躍し、ミュージカル『ボーイズ・イン・ザ・バンド』などブロードウェイの日本公演台本の翻訳なども手掛けた。自身もゲイであることをカミングアウトしている。
「同性婚は多数派の問題」
アジアでは台湾で最も早く同性婚が認められた。
REUTERS/Tyrone Siu
「日本で同性婚が議論されない理由の一つは、同性婚と言えばセックスなど性モラルの問題だと思われてしまうことにあります。だから同性婚の話になると、『なぜ人のSEXの話を聞かないといけないのか』と眉をひそめてしまう人も多い」
北丸さんはそう指摘する。
「同性婚を認めるかどうかは、性モラルの問題ではなく、国の在り方の問題です。
選択的夫婦別姓も同じですが、今の制度を壊すのではなく、今ある制度の上にマイノリティーを尊重する制度を設けるかどうかということ。法律を変えれば実現できる課題で、その意味では多数派がどう考えるかの問題なのです」
北丸さんは著書の中で、性的マイノリティーの問題は、それがそのままマジョリティーの問題だと指摘している。
カミングアウトしてわかることは、カミングアウトした自分の“正体”というよりもむしろ、カミングアウトされた相手の“正体”の方なのかもしれません。
その相手が、LGBTQ+のことをどういうふうに考えているか、とか、人権とか差別とか社会正義とかいうものを(そして愛も)どう考えてきたのか、といった生き方の正体……すごく挑発的な言い方ですが。(『愛と差別と友情とLGBTQ+』より)
エイズ禍で可視化されたゲイ
アメリカではオバマ政権下だった2015年、連邦最高裁が同性婚を認める判断を下した。
REUTERS/Kevin Lamarque
北丸さんは1993年に東京新聞のニューヨーク支局長に就任。
以後25年にわたり、性的マイノリティーがアメリカ社会にどう受け入れられてきたかを目の当たりにしてきた。
「私がアメリカに渡った1993年は、80年代に始まったエイズ禍がまだ猛威を振るっている時代でした。
ニューヨーク市はアメリカでもっともエイズの影響を受けた都市で、1994年はエイズに関連する病死者が8000人を超えました。でも不思議なことに、ゲイ・コミュニティは盛り上がっていました」(北丸さん)
ゲイ・コミュニティは「エイズ」という大義名分をテコに、社会的に、政治的に攻勢を強めます。93年6月のストーンウォール記念イヴェントのスローガンは「Be Visible(目に見える存在になれ)」でした——80年代、ゲイであることに加え、「エイズに罹患する人たち」という属性を付与されたことで二重の差別を受けたゲイ・コミュニティには、再びクローゼット(ゲイであることを隠している状態)に籠(こ)もろうとする傾向が芽生えました。けれどそれではエイズ禍と戦えなかった。エイズ禍との主戦場は、病院の中だけでなく社会と政治の表舞台でもあったからです。そこでもう一度原点に戻って「カム・アウトせよ」と訴えることが必要となった。(『愛と差別と友情とLGBTQ+』より)
エイズ禍を経て、ゲイの当事者たちが差別に対して声を上げたアメリカ。
そして’90年代の半ばからは、今度はビジネス界がゲイをターゲットにし始めたと北丸さんは言う。
「当時、ゲイの人々が高い年収を誇っているとして注目されました。そして大企業を中心に、ゲイの人々を対象にした広告を発表するなど、マーケティングを本格化させました」(北丸さん)
タイムズスクエアのアパレル店のディスプレイ。2019年6月撮影。
REUTERS/Shannon Stapleton
アメックスは顧客の財形部門にゲイとレズビアンの担当員を置いてゲイの老後の資産形成などきめ細やかな相談に乗り始めました。アメリカン航空は94年からゲイ専門部門を作ってゲイ・イヴェントへの格安航空券の提供やゲイの団体旅行割引販売などを企画し成功します。(『愛と差別と友情とLGBTQ+』より)
ビジネス対象としても注目された性的マイノリティーたちは、その後メディアでも積極的に扱われるようになったという。
ブロードウェイの演劇やミュージカルには、いやTVドラマでもハリウッド映画でもニュース報道でも文学でも音楽でも、そしてマーケティングやビジネスや政治でも、いたるところにLGBTQ+の人物が登場するように“演出”が施される社会になっていった——それは、アメリカの人々の『努力』でした。(『愛と差別と友情とLGBTQ+』より)
北村さんは「アメリカ社会ではエイズとの闘いを経て、ビジネスやメディアがLGBTQ+に注目したことで、社会としての認知が進んできた歴史があります」と話す。
差別は多数派が取り組むべき問題
人々舎から出版された北丸さんの著書。
撮影:横山耕太郎
2015年に同性婚が認められたアメリカ。一方、日本では同性婚の議論が進んでいないのが現状だが、北丸さんは「10年前では信じられなかった変化が起きている」と話す。
「テレビドラマでも性的マイノリティーが当たり前のように描かれるようになり、メディアの扱いを見ると『ここまで来たのか』という感慨があります。少し前までは、メディアが性的マイノリティーを差別的に扱うことは珍しいことではありませんでした」
2015年に渋谷区と世田谷区が初めて制定したパートナーシップ制度は、全国の自治体に拡大。2021年3月には、北海道の同性カップルが起こした訴訟で、同性婚を認めないことは「憲法が保障する法の下の平等に反する」とする司法判断を札幌地裁が示した。
ただ性的マイノリティーの存在が見えるようになった今だからこそ、北丸さんは「マイノリティーの問題をきちんと言葉にして議論しないといけない」と強調する。
「アメリカは徹底的に言語にするという文化があります。一方、日本ではエッセイなど、情感や日常を切り取る言葉は豊かな一方で、公的な場で議論するような文化が少ないと感じています。
余談ですがニューヨークで生活すると、ただサンドウィッチを食べるだけでも、パンの種類はどれか、肉はどれか、野菜は何をいれるかと聞かれます。とにかく言葉にして話さないといけない社会なんです」(北丸さん)
北丸さんは日本でも、「公に議論する言葉」を育てる必要があると指摘する。
「『公の議論』と言ってもそう大げさなものではありません。その素地は、公の空間で声を出すこと、程度のことです。(中略)通りや駅や地下鉄で、すなわち公的空間で、赤の他人がひょっとしたきっかけで声を出します。ぶつかって「あ、失礼(Sorry)!」。「すみません(Excuse me)、通ります!」と発語します。それはもう習慣です。(中略)でも「公の議論」というのは案外、そういう『街なかで見知らぬ人に対しても声を出す』、というレベルの余裕から始まるのだと思うのです。
そうやって『公の領域』での言葉になれていないと、必然的にそこから発展して『公の議論』をする人間たちがやかましく思えてきます。」(『愛と差別と友情とLGBTQ+』より)
「日本で同性婚が議論されない原因は、同性婚に限らずそもそも日本では議論することが嫌われてしまうことも理由だと思っています。
日本には同性婚だけでなく、ジェンダーギャップの問題、日本に暮らす外国人差別の問題など、根深い差別が残っています。こうした差別と立ち向かうためにも、公の場で議論するという素地を作らないといけません。
小さなことではありますが、例えば、バスで乗り合わせた人に普段から声をかけるとか、学校や職場などでためらわずに発言するとか、まずは公共の空間で声を発すること。そこから日本が変わると思っています」(北丸さん)
(文・横山耕太郎)