撮影:伊藤圭
日本の製造分野における課題、まずは部品調達の部分での多重下請け構造の課題解決を目指すキャディ代表取締役CEOの加藤勇志郎(30)の印象を一言で言うなら、「成熟」だろうか。
あまりにも大きな山に登ろうとしているにもかかわらず、必要以上の気負いは感じられず、「やるべきことをやっているだけ」と泰然としている。創業してからのつらかった経験を聞いても、
「だいたい常につらいですよ。それが普通みたいな感じなので」
と話すが、顔はそれほどつらそうではない。とにかく淡々としているのだ。その姿からは一瞬30歳という年齢を忘れそうになる。
社内MVP表彰で1分号泣
キャディは高い成績を収めた社員を定期的に表彰しているが、2021年の表彰式では、加藤が普段は見せない顔を見せた。
提供:キャディ
広報を担当する浅野麻妃(34)はこう話す。
「外から『すごく会社が成長しているね』と評価されても、未来のことを語るときも、加藤が淡々として見えるのは、目指しているところが非常に高いところにあって、まだ自分たちは到底そこには到達していないという、今立っているところを冷静に見ているからだと思います」
ただ、と浅野が教えてくれたのは、「淡々」とは程遠い加藤のエピソードだった。
キャディでは四半期に1度、その期のMVP社員を表彰している。ビジネス部門の社員には加藤が、テクノロジー部門の社員にはCTOの小橋昭文(31)が、それぞれ選ばれた社員に手紙を書き、表彰の場で読み上げる。2021年3月に選ばれたのは、創業して4人目に入社した社員だった。彼が初めてMVPに選ばれ、加藤は手紙を読んでいるうちに声を詰まらせて号泣し、1分ほど手紙が読めなくなってしまったという。
先の浅野は社員が15人ほどの時期に入社した。まだオフィスは倉庫の一角のような場所で、キャスターがついた椅子がコロコロ動いてしまうぐらい床は傾斜していた。入社の面接後、加藤と食事に出かけた際に、浅野は聞いた。
「加藤さんは町工場の強みを生かしての変革を目指していますが、人生をかけてやりたいことは何ですか?」
加藤は少し考えた後、こう答えた。
「僕は人のポテンシャルを解放したいんです」
人間が根本的に持つ価値や可能性に共感する加藤の言葉は、浅野が入社を決める大きな動機になったという。
教育による格差は本質的ではない
マッキンゼー時代の加藤(写真中央)。社内では3年で辞めて起業する、と公言していたが、マネージャーとして後輩の育成にも力を入れていた。
提供:キャディ
加藤は新卒で入社したマッキンゼー・アンド・カンパニー時代も、自身が勉強して身につけた圧倒的な金融やビジネスの知識を同僚や後輩にも惜しみなく伝え、新人を一人前にする役も買って出ていたという。
「人の可能性って、育つ環境によって全然変わりますよね。例えばマッキンゼーの元同僚たちを見ると、子どもの教育にすごくお金をかけている。すると優秀になるし英語も話せるし、将来一定の収入はある程度約束される。
でも、そこでできる格差って本質的ではないなと思っているんです。恵まれた環境でなくても、才能を持った人は必ずいる。そういう人の才能を引き出したり、見つけてあげられるようなことはやりたいと思っています」
加藤には、もし自分があの時に親が必死で「大学に行って」と言わなかったら、という思いがある。音楽を続けていたとしても、出会いに恵まれず、売れないことだってある。いい音楽を作っていたとしてもだ。
19歳の時に、タイやカンボジアなど東南アジア4カ国を1人で旅した時に感じた、生まれた国によって選択肢に格差ができるという現実も心の中に残っている。
誰かの苦手な部分を、別の誰かが補完する。その組み合わせで潜在力を発揮できる会社や人は大勢いるし、そのことこそ社会を豊かにすると加藤は信じている。それが今は町工場の底力、潜在力の解放という部分に注力する原動力になっている。
キャディによって町工場は新たな販路を広げ、技術力を伸ばし、ビジネスを拡大しているだけではない。これまで町工場が苦手としていた仕事のデジタル化などが一気に進み、打ち合わせや営業をZoomなどでするようにもなった。売り上げが伸びれば、当然給与にも反映できる。働き方や待遇に変革が起きたことは、何より働く人たちの誇りも呼び覚ましている。
1回目に登場してもらった京都市の溶接工場、株式会社MAの本原晃伸は、これまで自分たちの地域内でつながっていた同業者とのネットワークが、キャディがハブになることで一気に全国に広がったという。
「人の採用はどうしている?とか、今は遠く離れた九州の同業者と経験を共有したりと、いろんな地域の経営者と話ができるようになりました。本やネットなどで見る情報は成功した人の話。オンラインで、みんなどんなことに困っていて、どんな工夫をしているのかという『いま』の話が聞けるのがありがたいです」(本原)
製造業の「痛み」集中を避ける
キャディが取り組む製造業の課題は、町工場だけでなく発注者側にも及ぶ。加えて、その範囲は国内にとどまらず、グローバル展開も見据える。
撮影:伊藤圭
さらにキャディは町工場だけでなく、上流のメーカー側の仕事の変革も呼び起こしている。
いまキャディが注力しているプラントや装置など大規模な特殊加工品は、何千点という部品を一気に発注しなければならない。ここのコストや手間を減らすには、いかに発注する前に、情報を整理し、デジタル化しておくことが必要か、ということも分かってきた。
「一口に情報といっても、設計図面から価格情報、発注書などはそれぞれの部品で生じてくる。どれだけ優れたアルゴリズムを私たちが構築しても、そもそもこうした情報が書いてなかったり整理されていなかったりすると、金額の出しようがない。この1、2年はこうした情報の交通整理に向き合ってきました」(小橋)
これまで製造現場には多くの「暗黙知」があった。データ化されていない暗黙知の集合体であった日本の製造業は、これまで何万点にも及ぶ部品数になっても熟練の社員や職人たちによる暗黙知の「すり合わせ」で成立していた。だが、それでは後継者不足に悩む町工場などでは持続可能な体制は作れない。
キャディはこうした日本の強みであった製造業の暗黙知をデータに落とし込むことで、持続可能でどこかに「痛み」や「負担」が集中することのない世界をつくろうとしている。それが町工場だけでなく、製造業全体のポテンシャルを解放するのだと信じて。
2021年8月に調達した80.3億円で、調達額は累計約100億円になった。巨額の資金調達をした先には、グローバルでの展開も見据えている。2022年には東南アジアに拠点も設ける予定だ。日本の製造業の復活だけでなく、グローバルで製造業が抱える課題の解決もすでに目指している。
(敬称略・完)
(文・浜田敬子、写真・伊藤圭)
浜田敬子:1989年に朝日新聞社に入社。週刊朝日編集部などを経て、1999年からAERA編集部。副編集長などを経て2014年から編集長に就任。2017年3月末で朝日新聞社退社し、4月よりBusiness Insider Japan統括編集長に。2020年12月末に退任し、フリーランスのジャーナリストに。「羽鳥慎一モーニングショー」や「サンデーモーニング」などのコメンテーターや、ダイバーシティーや働き方改革についての講演なども行う。著書に『働く女子と罪悪感』。