「資産性ミリオンアーサー」開発プロデューサーの畑圭輔氏。
撮影:今村拓馬
スクウェア・エニックス(以下、スクエニ)は10月、実証実験としてNFTデジタルシール(※)「資産性ミリオンアーサー」をリリースした。
※NFT:Non-Fungible Token(非代替性トークン)。ブロックチェーン技術を使ったデジタル資産の一種。画像や音声など特定のデータを、唯一無二のものとして証明できる。
大手ゲーム開発会社としては初となるNFTシールの発表は話題を呼んだ。初版として打ち出したキャラクターシール全10種は1000枚が即完売(1枚500円)、ミリオンプレスセットと呼ばれる30枚のセット(1万5000円)も200セットが完売している。
ゲーム会社としてのNFT参入にはどんな期待があるのか。「資産性ミリオンアーサー」開発プロデューサーの畑圭輔氏に聞いた。
接点なかった人から「いきなり連絡」
2021年11月25日には第2弾シールの発売も予定している。
撮影:今村拓馬
── 反響はどうでしたか。
畑圭輔氏(以下、畑):もう発表してる内容の通りではあるんですけど、アクセスが殺到しまして、予期せぬ不具合が出てしまい、緊急メンテナンスを入れてお客様にご迷惑をかけてしまいました。
公開直後の反響は我々が想定していた規模よりも大きく“瞬殺”でしたが、総数としてはおおむね予想通りに推移しています。メインの購入者層は、ブロックチェーンや仮想通貨好きな方、そして従来からのミリアサ(ミリオンアーサー)ファンの方ですね。
── 社内からの注目度は?
畑:いろいろなゲームプロデューサーから「話を聞きたい」と。「気になってはいたんだけど、実際プロダクトとして出てみてやっぱり興味ある」と、それまであんまり接点を持っていなかった方からいきなりコンタクトが来たりもしています。既存IP(知的財産権)を管理しているチームからの注目度も高いです。
── スクウェア・エニックス社長、松田洋祐氏からの反応は?
畑:「へぇー、売れてるの?」って、意外とさっぱりしてました(笑)。瞬殺だったことはもちろん喜んでいたのですが、最初の数字だけではなくて、その先のエコシステムをしっかり検証してくれ、と言われてますね。
開発の裏側で「それ、ゲームに使えるのか?」
NFTデジタルシール「資産性ミリオンアーサー」。
撮影:西山里緒
── そもそもスクウェア・エニックスは、いつからNFT(ブロックチェーン)ゲーム(※)への参入を考えていたのでしょうか。
※NFT(ブロックチェーン)ゲーム:ブロックチェーン技術を利用して作られたゲームの総称。NFT技術によって、ゲーム内のアイテムやキャラが唯一無二のものとしてブロックチェーン上に記載されていることが特徴。
畑:始まりは、イーサリアムが流行していた2018年頃ですね。
例年、社長の松田が、スクエニとして注力しなければならない分野やテクノロジーをまとめた年頭所感を出しているんですが、2019年の所感にも「ブロックチェーン」という言葉が入っています。
その関連で、ブロックチェーンが次のビジネスの軸になるかどうかも含めて調査できないかと依頼を受け、部署横断のタスクフォースをつくることになりました。
ただ当初はイベントに行ったり調査レポートを作ったり、プリミティブ(原始的)な活動を中心としていました。
例えば、ERC721(NFTを発行する際に利用されるイーサリアム上の共通規格)ってこうですよとか、経営層に説明して。ブロックチェーンの可能性を探っていた感じでした。
── 当初はゲーム開発以前の、リサーチがメインだったと。
畑:2018年には「クリプ豚」や「My Crypto Heroes(マイクリプトヒーローズ)」など初期のブロックチェーンゲームが作られ始めていたんです。
うちとしても時代に乗り遅れてしまうといけない。「本腰入れてやらせてほしい」と経営層に伝えました。
でもそもそも「ブロックチェーンって何ですか」という社員もいますし、仮想通貨のイメージもあるので、なかなか最初はポジティブに受け止められづらかった。
盛り上がっているのは分かるけど、本当にそれがゲームに使えるのか?みたいな冷静な空気感はありました。
── そこから、どうやって「資産性ミリオンアーサー」が立ち上がっていったんでしょうか。
畑:実証実験としてブロックチェーンゲームを作ろうという話はずっとしていて。
IPを乗せないと、我々の実証実験としては引きもあまり良くないのかな、とはいえ既存IPでは難易度が高いのかなと、社内で企画のジャブ打ちをやり続けました。
その中で、2020年の秋〜冬頃から、一気に企画を詰めていきました。企画を作った段階で、ミリオンアーサーでいきたいとは考えていました。
── なぜ「ミリオンアーサー」だったのでしょうか。
畑:シール化したときにデザインのイメージがつきやすかったんです。スピンオフシリーズのちょっとふざけた4コマ漫画で『弱酸性ミリオンアーサー』という作品の新作を今回、NFT化しました。
ブロックチェーン業界って堅いイメージがあるじゃないですか。それを柔らかくしたかったし、新規ユーザーさんもわりと受け入れやすいのかなと。
スクエニだからこそ、業界を盛り上げられる
撮影:今村拓馬
── 基盤のブロックチェーンとしてLINEブロックチェーンを選んだ理由は。
畑:他のブロックチェーンを活用することももちろん可能性としてはありました。
今だとFlow(※1)とか、Polygon(※2)とか、いろいろ先進的なものもあります。それらも検討しましたが、どうしてもUIが分かりづらい印象があった。
(※1)Flow:NBA Top ShotやCryptoKittiesなど、著名NFTゲームを手がけているDapper Labs(ダッパーラボ)が開発したブロックチェーン。
(※2)Polygon:NFTマーケットプレイスの基盤技術として採用されているブロックチェーンの一つ。
私も実際取引所の口座を自分で作って、イーサリアムを買って、メタマスク(※)を入れて秘密鍵を作って……と一通りやってみたのですが、一般の方には難しすぎる。
※メタマスク:イーサリアムやイーサリアム系のトークンを保有・送金などができる仮想通貨ウォレット。
LINEさんと会話していく中で、UIの使いやすさは大事にしているという話がありました。広いユーザー層に届けたいと考えて、LINEさんにお願いすることにしました。
── スクウェア・エニックスと言えば、ドラクエやファイナルファンタジー(FF)をはじめとして、海外で有名なゲームも多いです。海外で展開していくためにすでにグローバルで実績のあるプラットフォームは考慮されなかった?
畑:まずは国内でチャレンジしたかった。NFTに対してネガティブな印象を持たれている方も多いと感じています。
そこで、健全な道筋を我々はちゃんと示していきたい、というのがミッションとしてありました。我々が少しでも道を舗装することで、他の事業者さんも参入しやすくなり、業界全体が健全に盛り上がるのではないでしょうか。
500円という「値ごろ感」
撮影:今村拓馬
── トレーディングシールとして打ち出した「資産性ミリオンアーサー」ですが、こだわったポイントはどこでしょうか。
畑:子どもの頃から僕自身がトレーディングシールや食玩が好きでよく集めていたんです。これをデジタル化できたら面白いんじゃないか、というのが構想としてありました。
例えばシールを買うと、フィルムに入った状態の画像が届くんです。それを開封(オープン)することで、LINEのウォレットにシールが入ってくる仕様にしています。
あとは、サイト上で購入したシールを「ホルダー」に貼ることもできるんですが、その時にプレスという機能をつけました。プレスすると自分の名前がブロックチェーン上に記載されて、LINEビットマックスウォレットで確認できます。
シールを交換したり売ったりしても、元々の保有者が誰かは変わらずに記載されます。「デジタルアイテムを唯一無二のものとして証明できる」というブロックチェーンの面白さを取り入れたかったので。
シールを「ホルダー」に貼ると、自分のユーザー名がブロックチェーン上に記載される。
撮影:西山里緒
── 私も実際に購入してみましたが、かなり手軽にNFTが買えるので驚きました。
畑:500円という値段設定も意識しました。コンビニで売られている「一番くじ」とかよりは少し安くして、よくあるガチャの「1回300円」よりは少し高めにしました。NFTアートをより身近な存在として感じてもらえるよう、値ごろ感を意識しました。
── 正式リリース前にキャンペーンとして、LINEブロックチェーン上でカードを100万枚配布したことも大きな話題を集めましたね。
畑:あれはネタですね(笑)。でも「転売して儲ける」という趣旨のものではない、ユーザー同士で交換し合って楽しむものだとしっかりメッセージとして込めたかったんです。そのため、今回配布したものは出品できない仕様にし、そのこともあらかじめ断っている。
最初1枚だけ配ろうか、という話だったんですが、複数枚配ることで余ったシールを交換して、集めたい人が絶対にいるはず。
なので、欲しい人同士で3色揃えてもらうため、ここは3枚ぐらい配り、ユーザーさんがSNSなどを通じて自然にプロモーションしてくれる動きを狙いましたが、狙い通りでしたね。
謎に包まれた「おまんじゅう(OMJ)」とは
撮影:今村拓馬
── 開発で難しかったところはありますか。
畑:インセンティブ設計ですね。他のソーシャルゲームと違って、最初にカードの枚数も値段も決まってしまっている。アイテムを無尽蔵に配れるわけではないので、いかに流通させるか?が今後の発展の鍵となります。
そのためのアイデアはいろいろあるんですが、逆に「純粋に集めて楽しみたい」ユーザーにとって、体験をコントロールする風になってしまうのもいけない。ほどよいバランスで何かできないかなというのは今、考えているところではあります。
── 購入したNFTカードをこれからどう活用させていくか、が重要だと。
畑:「おまんじゅう(OMJ)」という謎のポイントが貯まる仕組みがあるんです。
シールをホルダーに貼っておくと、1日1ポイント(OMJ)貯まるようになっている。ただ、これが何に使えるポイントなのかはまだ明らかにしていないんです。
シールを持っていれば持っているほど毎日OMJの数値が上がるから「これ、大量にカードを持っていた方がいいんじゃないか?」「貼ったほうがいいんじゃないか?」などといろいろ憶測が飛んでいます。
やっぱり適切に購入し、保有してくださっている方が報酬をもらえるようにしたい。一方でこれから二次流通市場がオープンすると、二次市場でシールを仕入れることもできてしまう。OMJというのはシールを長く保有してくださったユーザーさんに対する「総資産カウント」のような位置付けなんです。
── 「OMJ」というのは仮想通貨ではない?
畑:仮想通貨ではありません。いわゆる「ステーキング(※)」と呼ばれる仕組みに近いのですが、それによって(LINEが開発した)仮想通貨のLINKが増えるわけではなく、あくまで我々独自のものですね。
※ステーキング:対象となる仮想通貨を保有し、ブロックチェーンのネットワークに参加することで報酬を得ることができる仕組み。(DMM.Bitcoinブログより)
これは特許出願中でして、今後「資産性ミリオンアーサー」ならではの目玉としてお披露目できればいいかなと考えています。
ミリアサの知見、他のゲームに応用したい
撮影:今村拓馬
── 今後、ゲーム会社として、「資産性ミリオンアーサー」をどう発展させていく考えですか。
畑:当面は、11月25日の第2弾シールの発売、そして第3弾と新しいものを投入していくつもりです。
それが市場にバーンと行き渡ったときに、意外ともう流通しないのか、ちゃんと弾ごとにマーケット上で流通するのか。そこにOMJが関わってきたらどうなるのか。何をどれぐらい投じたらエコシステムとして回るのかを知見として貯めたい。
それが事業的に継続できるのであれば、その次の4弾、5弾という話はもちろん検討はしたいんですが、ここはチーム内でもよく意見が割れるところで。
「売れているんだから、次すぐに投入しましょう」という声もあるんですが、違うと。このビジネスは利益ファーストじゃない、エコシステムファーストだから、と伝えています。
── では収益化については「資産性ミリオンアーサー」単体でというよりも、NFTゲーム全体での収益化を考えている感じでしょうか。
畑:ひとつのサービスとして続ける可能性ができれば、やりたいなって思いはもちろんあります。
一方で売上高は発行数が決まっているためもう世の中に開示されてしまっています。その範囲中で開発・運営はしなければいけない。だからこそすぐの利益追求ではなく、ここで培った考え方やユーザーとの対話が資産になると思っています。
ここには我々が商品企画をする上で必要な知見がたくさん詰まっている。そこをまず貯めるっていうのが、経営層とも握っているミッションです。
それをF2P(フリー・トゥ・プレイ)だったり、MMO(マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン)だったりのゲームに、エッセンスとしてもし加えることができたら、ゲームの可能性ももっと広がると思うんです。
── 今ブロックチェーンゲーム界隈だと、GameFi(ゲーミファイ※)も流行してますよね。
※GameFi(ゲーミファイ):ブロックチェーンにおける金融の仕組みをゲーム化したもの。ユーザーはゲームをプレイすることで仮想通貨などの報酬を得ることができる。Play to Earn(プレイ・トゥ・アーン)とも呼ばれる。
畑:ファイナンスの考え方がゲームとミックスするというのは面白いと思います。
でも、時間はあるけれどお金がない人と、お金はあるけれど時間がない人の間でグローバルに契約し、高騰したNFTを借り受けてゲームし、その結果得たゲーム内通貨を投資家に返す……という現象も起こっています。
日本だと賛否が分かれると思いますし、ネガティブに見られてしまう可能性もちろんあります。慎重に、知見を少しずつ入れて検討したいなと思っています。
最近だとYouTuberやブロガーの方々がゲームを取り上げて、許諾の範囲でゲームの攻略をやってくださっています。このような活動を支援できる座組みをゲーム内で用意できれば、それもある種の「GameFi(ゲーミファイ)」と言えるのじゃないかなと考えています。
YouTuberやブロガーさんの活動からゲームをやってみようと思う人がいる、それを何かしら、ちゃんと還元できる仕組みをブロックチェーンなどの技術を使ってできたら、ファイナンスとはいえなくとも、新しい革命が起きるのかなと思うんです。
── 今後、どんなIPがNFT化していくのでしょうか。ドラクエやFFなどのゲームのNFTも、ファンは待望してると思います。
畑:今回は「資産性ミリオンアーサー」だから良かったかな、と思っているんです。若干おふざけ感がありつつ、新しい技術を使った取り組みをするというのは、ミリアサはいろいろやってきているので。
ただ一方で、既存の有名IPをそのままポンとはめると、どこか「あれ?スクエニちょっと、トレンドに乗っかっただけじゃないか?」という感じが出てくるかもしれない。
ブロックチェーンは可能性のある技術ですが、マイニングで大量の電力を使うことによる、環境面での問題も懸念されています。ここはものすごく慎重にやらないといけない。ちょっとずつ、ちょっとずつ、ですね。
── まだ次のIPの企画とかは出てないですか?
畑:今はそこまでちょっと考える余裕がない(笑)。まずはしっかり知見として貯めて、社内にフィードバックをするっていうのが、私の使命ですね。地ならししてから、開発部門などと一緒に、よりゲーム性の高いものを作っていければと思っています。
(取材・文、西山里緒)