今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
会議やミーティングの仕切りがうまい人は何を心がけているのでしょうか。イベントやテレビに引っ張りだこの入山先生がファシリテーションの極意を解説します。
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自分が目立つより、チーム全体の成功をめざす
こんにちは、入山章栄です。今週はBIJ編集部の小倉宏弥さんからの質問にお答えしましょう。
BIJ編集部・小倉
入山先生はテレビやラジオでもご活躍ですし、各種のセミナーや講演会にも登壇されていますが、拝見していていつも感嘆するのは話術の巧みさです。
ご自分が中心となって話すこともあれば、司会として場を盛り上げることもある。何か意識しているファシリテーションのコツなどがあるのですか?
ありがとうございます。確かに人前で話すのは得意なほうだと思いますが、小倉さんにそう言っていただけると嬉しいですね。
僕が一番大事にしているのは、「いまこのメンバーで話している目的は何で、どうすればみんながハッピーになって、チーム全体が成功するのか」という視点です。「自分が」という視点は持ちません。全員の成功を考える、ということですね。
これはきれいごとに聞こえるかもしれませんが、本当に大切です。ですから、たとえばテレビに出演していても、僕は「どうすれば番組の視聴率を上げられるか」を常に考える。もちろん自分が目立ちたくなることもありますが、チームとして成功しないとしょうがない。
僕の発言一つで視聴率が大きく変わるわけではないですが、小さな影響力でも自分はこのチームの成功のために何ができるかを考えて発言をしたり、ときにはあえて発言を控えたりしています。
その意味では、面白い実例があります。
2~3年前に早稲田大学の同僚である内田和成先生の『右脳思考』という本の出版記念イベントが開かれたことがあります。登壇者は内田先生、一橋大学の楠木建先生、そして僕。
本当に著名なお2人との鼎談です。よく考えるとおじさん3人がしゃべるだけのイベントなわけですが、この3人なので日経ホールで立ち見まで出る大盛況でした。
テーマは当然、「右脳思考」です。著者の内田先生は、思いつきやひらめきを重視する右脳派。楠木先生も感性の方で、どう見ても右脳の人。そして実は、お2人には及びませんが「半分ぐらいは僕も右脳派だな」と思っていました。
でもイベント開催の直前の打ち合わせで、ふと「待てよ」と思ったのです。
ここで僕まで右脳派のスタンスをとったら、登壇者の3人が全員右脳派になってしまいますよね。それだと対立の視点がなくなるので、聴衆の方へのエンタメとしては面白くないかもしれない。
そこで事前に、「内田先生、楠先生、僕は今日、左脳派で行きますよ!」と宣言し、本番では、「この2人は右脳派ですけど、僕はかなりの左脳派です」と言うことにして、左脳派の立場で話を盛り上げるようにしました。
もし僕のファシリテーションがうまいと評価していただけるのであれば、それはこんなふうに、その場の全員の目標や、それに対して僕に求められる役割を常に意識しているからではないでしょうか。
会議では「心理的安全性」を確保する
BIJ編集部・常盤
私は先日、ある会議でモヤモヤしたことがありまして。
ブレストが目的の会議だったのですが、「出席すればいいんでしょ」という人から、しっかり準備をしてきた人まで、メンバーに温度差があったんです。
しかもいわゆるファシリテーターがいなくて、あまり盛り上がらないまま、「あと5分しかないから、出てきたアイデアの中からまとめよう」という結論になってしまったんですよ。
もし私がファシリテーターだったら、どういうところに気をつけて会議を回していけば、もっと充実した会議になったのでしょうか?
これは日本企業の会議であるあるですよね。まず、ファシリテーターはきちんと決めたほうがいいですね。これからの時代はただの司会だと存在価値がない。
でもファシリテーターは不可欠です。もしファシリテーター役がはっきり決まっていなければ、常盤さんがその場で立候補してもよかったかもしれません。
次に、僕が会議でファシリテーションをやるときにとても大事にしているのは、「あまりしゃべっていない人にしゃべってもらう」こと。出席者が5人、10人といたら、どうしても半分くらいは静かにしているものですが、僕がファシリテーターならそういう人たちこそ遠慮なく、指名します。
特に、「今回はあまり準備してなさそうだな」とか、「モチベーションが低そうだな」という人がいたら容赦しないで指名する(笑)。黙っている人ほど、多数派とはちょっと違う、面白い意見を持っていることも多いからです。
とはいえまずは、会議の冒頭ではちゃんと準備してきてくれた人の話を聞くことも多いです。ただしこの人の話を聞きすぎると、結局、特定の人ばかりが偏って話すことになったり、他の方々は黙ってしまいます。だからある程度聞いたら、
「なるほどね……で、〇〇さんは、これどう思います?」
と黙っている人にいきなり話を振る。名指しされた人は準備していないからドキッとして、アワアワしつつも何かしゃべるんですよ。
このとき大事なのは、アワアワしゃべっていることを、ものすごく一生懸命聞いてあげることです。
その人にしてみれば、準備していなくて恥ずかしいし、まさか指名されると思っていないから、たいしたことも言えない。そんなときに、「今そんなことはどうでもいいでしょう。あなた、心の準備してなかったんでしょ」などと言って恥をかかせると、もう次から何も言わなくなってしまう。
だからそういうときこそファシリテーターは、「なるほど、なるほど」と言って熱心に聞く。するとその人は心理的安全性を感じるので、しゃべっているうちに何かしら言いたいことが出てきて、「準備してこなくてすみません。でも私はこう思います」としっかり話し出します。
つまり、話し手の心理的安全性を確保することで、多様な意見を引き出すことができるわけです。
お手本は「アメトーーク!」の蛍原徹さん
心理的安全性を理解するうえで、今一番分かりやすい例がテレビ番組の「踊る!さんま御殿!!」と「アメトーーク!」です。最近、僕はダイバーシティに関する講演でもこの話をよくします。
実は、ことファシリテーションという観点では、「さんま御殿」は最悪なんですよね(ファンの方、すみません!)。
もちろん「さんま御殿」は番組としてとても面白いですし、視聴率もいいのかもしれません。芸人やこれから売り込みたいアイドルなど、多様な人たちも揃っている。しかし彼らは全員、「さんまさんに指名されないと発言できない」「面白いことを言わないと、次から指名してもらえない」のです。
明石家さんまという圧倒的に強いプレーヤーが中心にいて、その周囲を他の人たちが取り囲み、それぞれがさんまさんと一対一で放射状につながっている、一対一でつながりたい、という図式です。
これでは、「さんまさんに指名されなかったらどうしよう」「面白いと思われなかったらどうしよう」となるので、心理的安全性が低いんですよね。だから、ゲストの間の横の連携も弱い。
一方「アメトーーク!」は、司会を務めていた雨上がり決死隊の宮迫博之さんが問題を起こしていなくなり、コンビの片割れである蛍原徹さんが一人で司会をすることになった。
そこでみんな、「ホトちゃんだけで大丈夫か」と心配したわけですよね。
でも、いまあの番組で何が起きているかというと、こんな感じです。
例えば、小藪千豊さんが何か面白いことを言ったら、ホトちゃんは、「ん~~~~」と受け止めて、「ザキヤマ、どう思う?」とアンタッチャブルの山崎弘也さんに振る。ザキヤマが何か面白いことを言ったら、「ん~~~~、竹山、どう思う?」と今度はカンニングの竹山さんに振る。彼がしているのは、ある意味でほぼそれだけなのです。
でもそのおかげで芸人さんたちは厳しいツッコミを受けずに済むから、高い心理的安全性が確保されている。だからホトちゃんを経由せずに、勝手に芸人さん同士で横の掛け合いすら頻繁に起きる。
その結果、番組全体がより面白くなったし、おそらく視聴率もそれほど下がらないから、番組が存続しているわけですね。
「なるほど」は世界最高のパワーワード
BIJ編集部・常盤
あの番組をそういう目で見たことがありませんでしたが、確かにそうですね。もしかしたら蛍原さんは、偉大なるファシリテーターということになるのでしょうか。
その通りです。現代のダイバーシティを求める時代に必要なのは、全員参加型で、心理的安全性の高いファシリテーションです。つまり、ホトちゃんのような、自分がしゃべりすぎずに出席者の発言を引き出すタイプのファシリテーターです。
その点、日本には世界に類を見ない最高のパワーワードがある。それは「なるほど」。ファシリテーターは、「なるほど」さえ言っていれば、どうにかなるんです。
「なるほど」という相槌は、相手の発言内容について何も価値判断をしていない。でも「あなたのおっしゃりたいことは、よく分かりましたよ」というメッセージを伝える言葉です。
実際、僕もファシリテーターをしていると、たまに「ん?」と思う発言はあるものです。しかしそんなときでも、「ああ、なるほどねえ!」といって耳を傾けていると、相手は「入山先生が私の意見に価値を認めてくれた」と思って、もっとしゃべってくれる。
僕の周りの優れたイノベーターや経営者は、全員、「なるほど」ばかり言っています。それは多様な意見を受け入れたいからに他なりません。だから「なるほど」の豊かな組織は強い。みなさんもぜひ、このパワーワードを活用してみてください。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小倉宏弥、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。