最もメジャーなVRゴーグルの1つ、Oculus Quest 2(画像はイメージです)。
画像:Business Insider Japan
「会社の同期」とは不思議な存在だ。同じ年に入社しただけにも関わらず、同僚よりも親密で、部署や地位が変わっても、同期は同期。薄いようでいて強固な関係性がある。
しかし、新卒で入った会社で、当時の同期と細く長い関係性を繋ぐ時代は、過去のものになりつつある。2019年の転職者数は過去最多の351万人だ。
特に人材流動性が高いのはIT業界で、アプリ開発職である筆者も、例に漏れず複数の転職を経験している。
新卒の頃にいた300人の同期は「元同期」になってしまったが、筆者個人としては、同期がいないところで人生には不足もなく、つつがなく日常は続いていくはずだった ── 1年半前、「架空の同期」をつくるまでは。
これは顔も名前も知らない人々を「架空の同期」と呼んで過ごした、1年半の実録だ。
同じ年代、同じ業界、それだけで「架空の同期」に
きっかけは2020年6月、Twitterに投下された、一つのツイートだった。
架空の同期を作りたい!同期が居なくて寂しい人を募集!
転職を繰り返していると同期とのつながりが薄くなっていき、同じ会社には同期と呼べる人が少ない……。そんなことを感じた私と果物リンさんの二人で同期探しをすることにしました。※二人は全く別の会社でIT企業で働いているという共通のバックグラウンドを持っている程度です。
参加条件は1990年産まれ前後で転職などにより同期との縁が薄く同期がほしい人で、バックグラウンドはIT業界で職種は問わないです!
これだけを見ると怪文書でしかないのだが、面白そうだったので3秒後には応募していた。
その後、discord(チャットアプリ)の招待を受け、サーバーに加入。顔も名前も知らない主催者とめでたく「同期」になるまで、わずか20分ほどだった。
実際のdiscordの画面(筆者は「ムラキ」というハンドルネームで参加)。
画像:伊美沙智穂
discord上に存在するのは数件のトピックのみで、ただ気ままに「仕事疲れた」「自転車で30km走った」といったテキストを書き込むだけだ。そこから会話が発展することもあるし、遊びに誘うこともある。まさしく会社の同期のようなゆるい関係性だ。
1年半、誰とも現実で会っていない
さて、突発的に10数人の「架空の同期」ができたという話自体は、面白くはあるが「いいアイディアだね」で終わる話かもしれない。
しかし、真に驚嘆すべきは、このコミュニティが1年半経っていまだに存続しており、毎日アクティブなやりとりが続いていること。
さらに、多い時は毎週のように遊んでいたにも関わらず、常にチャットアプリやVR(Virtual Reality=仮想現実)空間を会場にしていたため、いまだに誰とも現実で会っていないことだ。
イメージし辛い方には、実際に見ていただいた方が早いかもしれない。
これは筆者が「同期」たちとVRChatというサービスの中で「Vket」というバーチャルイベントに参加している写真だ。
架空の同期たちとVRChatの仮想空間で遊ぶ筆者。
画像:伊美沙智穂
VRChatは専用のヘッドセットを装着すると、360度の仮想現実に没入することができるサービスだ。会話はほぼラグ(遅延)がなく、現実世界で友人と遊ぶのと比べても、大きな感覚の差はない。
とはいえ、元々VRだけで集まろうとしていたわけではない。
ヘッドセットを持っていない「同期」もおり、音声通話だけで集まることも多い。2020年はコロナの影響で大人数で集まれなかった世情もあり、気付けば気楽に集まりやすいVR空間で遊ぶことが多かったというだけの話だ。
まだまだユーザーの少ないVRだが、「同期」の募集要件が「IT業界の1990年産まれ前後」だったため、メンバーは新しい技術やイベントに抵抗がなかった。
筆者自身、バーチャルイベントに参加するときは真っ先に「同期」に声をかけており、こうした興味関心が近いことも、コミュニティが継続する一因だろう。
同期は「人生の視座が近くて話しやすい」
今回記事を書くにあたり、数人の「同期」に声をかけて、お互いをどう思っているのか聞いてみることにした。
気軽に集まりやすい場所ということで、VR世界の温泉宿に集合することに。参加してくれたのは「架空の同期」発案者の「KANEさん」と、メンバーの一人である「なのなのさん」だ。
左から筆者・なのなのさん・KANEさん。
画像:伊美沙智穂
KANE「最初のきっかけは友人と「私達、転職しすぎて同期がいなくなっちゃったよね」という話をしたことで。いないなら作っちゃえばいいんじゃないかと思って、Twitterで募集をかけたんだよね」
「ないならつくる」という発想自体が飛び抜けているが、実はKANEさんは「架空の同期」以外にも複数のコミュニティを主催している。
ゲーム仲間の募集やオンライン勉強会の開催など、オンラインでのコミュニティ運営に慣れているそうだ。しかしそれほどコミュニティがある中で、なぜ「同期」という存在にこだわったのだろうか。
KANE「同期って、年齢や業界が近いから、人生への視座が近くて話しやすいとか、そういうイメージがある。中途同期なんて言葉もあるけど、やっぱり年齢も職種もキャリアも違うし。説明なしに雑多にいろんなことを話せる、みたいな存在が欲しかったというか」
なのなの「それはわかるかも。私はもうそろそろ中堅で、最近は組織構造を考えたり、意思決定をする立場になってきたんだよね。自分の会社だけのことを見るより、他の会社ってどうなんだろうと思うことも多くて。そういうところで同期から助言をもらいたいな、ということはたまに考えてる」
「よく取材記事で見るポーズをとって!」という無茶振りに応えて、いわゆる「ろくろを回す」ポーズをとってくれるなのなのさん。
画像:伊美沙智穂
最後に、いまだに会ったことのない「同期」たちに、今後対面する機会を持ちたいかどうか尋ねてみた。
KANE「それこそ何か、リアルでしかできないことがあるってタイミングじゃない? 美味しいご飯を食べられる店があるとか、行きたいイベントがあるとか。『架空であること』も『バーチャルであること』もあくまで手段の一つであって、現実より優れているとか劣っているとかはないんだし」
「本当の会社の同期である」ことと「架空の同期である」ことの間に本質的な隔たりはない。「現実で会う」ことも「VRで会う」ことも、どちらも当たり前に存在する選択肢の中の一つに過ぎないと、「同期」たちは語った。
未来の世界で、真に求められるコミュニティとは?
先日、大手IT企業のFacebookが「Meta」に社名を変えたことが大きな話題となった。
語源である「メタバース」は、SF小説スノウ・クラッシュに登場した仮想世界で、「Meta(超越した)+Universe(宇宙)」からなる造語だ。本書が発表されたのは1992年。偶然にも、同期会のメンバーはその前後で産まれた世代だ。
小説が世に出てから30年弱。バーチャルリアリティやオンラインイベントの発展、デジタルネイティブと呼ばれる世代の台頭で、現実は小説の世界に近付きつつある。いずれはどんな姿にもなれるし、どこにでも行けるようになるだろう。
労働環境も変化している。
転職や副業がカジュアルな選択肢としてとらえられ、複数の企業や職業に並行して所属することも珍しくない。育児・介護休業など、プライベートと業務を両立する制度も徐々に整備されている。新卒一括採用・終身雇用がメジャーだった頃と比較すれば、キャリアパスは今後ますます多様化していくだろう。
とはいえ、どんなに世界が変わっても、人と人の交流自体に大きな変化はないはずだ。会話がチャットになろうと、姿がアバターになろうとも、身近な人々に悩みを相談し、泣き、笑い、親密で安心できる関係を築くことは変わらない。
「メタバース」は単なる空間のことではない。仮想世界の中で、利用者が他者と交流し、経済活動をし、既存の世界を再構築しながら生きていく ── その営みの全てを指す言葉だ。
「同期」という枠組みを「同じ年代・同じ業界で視座が近く、話しやすい人々」と広くとらえたKANEさんのように、より本質的な意味を見出したコミュニティが、これからの世界で求められていくのかもしれない。
(文・伊美沙智穂)
伊美沙智穂:1993年生まれ。立教大学卒業、株式会社NTTドコモの法人営業部を経て、現在は株式会社CasterのUIデザイナー、Business Insider Japanライターのほか、個人でもWEBメディアを運営するフルリモート・パラレルワーカー。1児の母。新しい仕組みやテクノロジーが大好きで、育児や家事、仕事など、積極的に生活に取り入れている実体験を元に記事を書きます。