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コロナ危機に隠れ、EU離脱のイギリスに大混乱の兆し。アイルランド国境問題で住民間の「内戦」も懸念

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ジョンソン英首相。コロナ危機のさなかでたどり着いたEUとの離脱協定合意はいま再び暗礁(あんしょう)に乗り上げようとしている。

Justin Tallis/Pool via REUTERS

新型コロナ感染拡大、さまざまなモノの供給制約、それに伴うインフレ高進など、世界を揺るがす問題が相次ぐなか、イギリスの欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)問題のその後をすっかり耳にしなくなった。

実はイギリスでは、行動制限解除後の順調な経済回復が報じられる一方で、大きな混乱に向かって着々と突き進んでいる。

ジョンソン英政権は「北アイルランド議定書」第16条を発動し、同議定書で定めた北アイルランド関連の運営方針をいったん無効化する意向をちらつかせている。

それに対しEU側は、イギリスが第16条発動に踏み切る場合、同国からの輸入品に報復関税を課したり、輸入時の検査強化など非関税障壁を用いたりする可能性を示唆している。

最悪の場合、EUはイギリスとの新たな貿易関係を規定した「貿易協力協定」(2020年12月合意)の効力停止まで視野に入れていると報じられている。

仮にそうなれば、世界貿易機関(WTO)加盟国どうしの一般的な通商関係に回帰することになる。それは要するに、離脱協議のさなかにさんざん指摘された「合意なき離脱」の再来を意味する。

深刻な事態に陥る可能性もあるブレグジットの現在について、Q&A方式で事実関係を整理しておきたい。

【Q1】そもそも「北アイルランド議定書」とは何か?

イギリスのEU離脱交渉における最大の難所とされた「アイルランド国境問題」について、回答として示されたのが「北アイルランド議定書」だ。

国境問題は、アイルランドと北アイルランドの間に物理的な国境(=ハードボーダー)をつくらずに済ませるにはどうすればいいかが争点になっている。

北アイルランドが「イギリスとの一体性」を重視してEUを脱退すると、EU加盟国として残るアイルランドとは分断され、ハードボーダーが出現することになる。

一方、アイルランドと北アイルランドがハードボーダーを回避し、しかもこれまで通りの通商取引を続けるには、北アイルランドがイギリスと一体のEU脱退をあきらめなくてはならない。

もしイギリスが離脱後もEUの規制を受け入れるなら、北アイルランドの望み通り、イギリスとの一体性を確保しつつ、アイルランドと従来同様の通商取引を続け、なおかつハードボーダーの出現を回避することも可能だ。

しかしその場合、イギリスがEUからの完全離脱(=関税同盟および単一市場から抜ける)をあきらめることになり、ジョンソン首相は就任前の公約をご破産にすることになる。

この問題は「ハードボーダー回避」「イギリスとの一体的脱退」「完全なEU離脱」という3つの合意を同時に実現できないという意味で「ブレグジット・トリレンマ」と呼ばれ、これまでも離脱協定の合意を遅らせる元凶になってきた。

国境問題についてジョンソン首相が出した結論は、「イギリスはEUの関税同盟・単一市場から完全離脱するが、北アイルランドだけは部分的に残留させ、ハードボーダーは設けない」というものだった。

それが離脱協定と一緒に結ばれた「北アイルランド議定書」の柱になっている。上の議論に沿って言えば、北アイルランドはイギリスとの一体的なEU離脱を放棄したことになる。

議定書の取り決めに従って、通関手続きはアイルランドと北アイルランドの間ではなく、北アイルランドとグレートブリテン島(イングランド・ウェールズ・スコットランド)の間で実施されるようになった。

ハードボーダーは回避できたものの、グレートブリテン島(イギリス本土)から北アイルランドへの物流は、そのままアイルランド(EU加盟国)への流入が想定されるため、EUの要求する通関手続きが必要になった。

結果として、(同じイギリス)国内にもかかわらず(グレートブリテン島と北アイルランドの間に)物流上の国境が存在する歪(いびつ)な状況が生まれてしまった。

【Q2】なぜイギリスは「北アイルランド議定書」の無効化を主張するのか?

議定書を実際に運用してみたところ、弊害が明らかになったからだ。

上述のように、北アイルランドとアイルランドの間で各種検査など通関手続きを実施しない代わりに、北アイルランドとイギリス本土の間で手続きが求められるようになった。

例えば、イギリス本土から物資を仕入れる北アイルランド企業には、EUの求める食品安全証明の取得が義務づけられた。離脱した北アイルランドを抜け道にして、アイルランド経由で(EU規則に照らして)違法な物資が流入するおそれがあるので、EU側からすれば当然の対応だ。

さまざまな財に関してEU規制との適合性がチェックされるので、当然のことながら手続きは煩雑(はんざつ)になる。

イギリス本土の企業にとっては、国内なのに外国のような検査手続きが必要となる北アイルランド企業との取り引きは、時間やコストの面から非効率なものになってしまう。

かくして、北アイルランドへの物流は停滞し、不足する物資も目立ち始めた。

例えば、イギリス本土から北アイルランドに向けた「冷蔵肉」の出荷が難しくなっている。そうした実情を「ソーセージ戦争」と揶揄する言葉も飛び交う。

イギリスとの一体性を重視する住民を中心に北アイルランドが不安定化し、2021年4月にはさながら内戦のような暴動状態に陥った。

こうした混乱の元凶となっているのが議定書であり、それを見直して現実の危機を解消したいというのがイギリスの主張だ。

EUからすればイギリスの身勝手な主張であって取り合う道理はない。

ここまでは、北アイルランドについてEU規制の適用免除期間を設けるようイギリスが申請し、EUもそれを承認する形で問題を後送りしてきた。イギリスはそのような場当たり的な措置にとどまらず、議定書の抜本的な見直しを図りたい考えだ。

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欧州委員会のフォンデアライエン委員長。イギリスの身勝手な「北アイルランド議定書」抜本見直し要求には妥協しない態度をみせている。

Olivier Matthys/Pool via REUTERS

【Q3】イギリスは議定書をどのように見直したいと考えているのか?

論点は多岐にわたる。

例えば、イギリスは議定書の見直し協議が続く限り、EU規則の適用免除期間を継続するよう求めている。EU側には到底受け入れられない。因縁をつければ効力を停止できるかのような誤解を与えかねないからだ。

またイギリスは、本土から北アイルランドに向かう物資のなかには、EU加盟国であるアイルランドに流入する心配のないものも多くあり、そうした物資を検査対象外とすることも求めている。

EUはその点については容認する考えを示しており、イギリス国内での限定販売を商品に表示することを条件に、食品や動植物の各種検査を免除する意向を10月中旬に伝えている。

生活必需品である医薬品についても、EU規制の複雑な手続きによって供給制約が起きることがないよう譲歩する姿勢を示すなど、その他手続きの簡素化も示唆している。

ただし、議定書の抜本的な見直しを必要としないこうしたEU側の譲歩にイギリスは納得していない。第16条を発動させ、議定書自体の無効化をちらつかせる状況は依然として続いている。

【Q4】「合意なき離脱」に至る可能性もある?

もとより議定書では、第16条の一方的な発動が(イギリスだけでなくEUにも)認められており、発動すること自体は合法的な行為だ。

しかし、あくまで必要な場合に限られ、第16条の発動により議定書が機能不全に陥った場合、発動を受けた側(今回の場合はEU)が何らかの「是正措置」を行うことも認められている。

その是正措置こそ、2020年12月にイギリスとEUが辛うじて合意に至った「貿易協力協定」の停止になるのではと懸念されている。

同協定によって、原産地規則を満たすあらゆる物資について関税はゼロに設定され、企業間の公平な競争条件を担保するための枠組みも担保されている。

くすぶったままの漁業権問題も、同協定によって「2026年までの5年間でEUがイギリス水域における漁業割当の25%を段階的に返還する方針」が定められ、一定の妥結が実現した。

協定は5年ごとに見直しが行われる可変的なものだが、金融市場が懸念していた「合意なき離脱」が回避されたという意味では、重要な取り決めと評価されている。

EUがイギリスへの報復の一環として協定停止にまで踏み込めば、ここまでの苦労は雲散霧消し、事態は「合意なき離脱」に巻き戻ることになる。

パンデミックからの復興プロセスにあるイギリス、EU、双方が回避したい展開だが、協定停止をちらつかせなければならないほど、両者のミゾは深まっている。

【Q5】すぐにも危機的な状況に陥る可能性は?

「貿易協力協定」がいますぐ無効化され、「合意なき離脱」に至るということはない。協定の無効化には12カ月前の事前告知が義務づけられているからだ。

この12カ月の猶予期間中に、イギリスとEUが設置した合同委員会を中心に紛争処理協議・手続きが検討されることになる。走りながら「合意なき離脱」を回避する方法を模索することになるだろう。

しかし、ここまで続けられてきた両者の協議を踏まえれば、その12カ月間も目いっぱい使って直前に合意が交わされる展開が目に浮かぶ。したがって、金融市場は長きにわたって再び「合意なき離脱」をリスクとして念頭に置かなければならない期間に入る。

また、アイルランド国境問題が主な懸案となっているいまの状況では、イギリスとの一体性を主張するプロテスタント系住民(ユニオニスト)と、アイルランド民族の一体性を重視するカトリック系住民(ナショナリスト)の対立がクローズアップされやすい。

先述した2021年4月の内戦に近いような暴動など、社会情勢のさらなる不安定化も懸念される。

イギリスがEUからの離脱方針を国民投票で決定(2016年6月)してから6年を迎える2022年、火種はまだまだくすぶりそうだ。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

(文・唐鎌大輔


唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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