漫画家・東村アキコさん。『東京タラレバ娘』『海月姫』『ママはテンパリスト』など代表作多数。ピッコマで縦スクロール漫画『私のことを憶えていますか』を連載中。
撮影:伊藤圭
日本テレビ系でドラマ化もされた『東京タラレバ娘』や『偽装不倫』など、多数の代表作を持つ漫画家・東村アキコさん。9月には、NFTマーケットプレイス「Adam byGMO」からNFTアートの販売を開始した。著名な漫画家がNFTで作品を直接販売するケースは、国内ではまだ珍しい。
なぜNFTアート販売を決めたのか。東村さんが考えるネット時代の漫画家像を本人に尋ねた。
「NFTに関して特に素晴らしいと思ったのは……」
NFTの魅力は二次流通以降も作家にロイヤリティが入ることだという。
撮影:伊藤圭
── 「Adam byGMO」からNFTアートの販売を始めたことは、NFT界隈では大きなニュースになりました。どのような経緯でNFTを知ったのですか?
私が漫画を描く際に「メディバンペイント」というソフトを使用していて、そのソフトの運営元であるメディバンさんに声をかけていただいたのがきっかけです。その時点でNFTのことは何となく聞いたことはありましたが、ちゃんとは理解していませんでした。
※NFT:Non-Fungible Token(非代替性トークン)。ブロックチェーン技術を使ったデジタル資産の一種。画像や音声など特定のデータを、唯一無二のものとして証明できる。
── NFTでご自身の作品を販売することについて、どのような印象を持ちましたか。
最初に思ったのは「私の絵をデータで欲しがる人が地球上にちょっとはいるかもしれない」ということ。ちょうど、海外の読者が増えてきたタイミングだったんです。
国内で原画展を開催しても日本の人にしか届きませんが、NFTで販売すればグローバルに作品が届き、売り買いができる。それが私にとっては一番の魅力でした。
技術的な話はGMOさんからの説明を受けて、一応理解しました。まだちょっと不思議な世界だなとは思っていますが、「理屈は一旦置いておいて、まずはやってみたい」と思いましたね。
── 販売を始めてみて、反響はいかがでしたか?
すぐに売れたので驚きました。一番売れているのは2万台円の作品で、シリアルナンバーがついているものが10点売れています。他にも8作品出していますが、順調に購入されていると聞いています。
── NFTで作品を販売してみて、ご自身ではどのような気づきがありましたか?
今NFTは、若手アーティストや美術系大学の学生さんたちの間でものすごく話題になっています。私も美大出身なのですが、自分がNFTを始めて、そうした情報が耳に入るようになりましたね。
NFTに関して特に素晴らしいと思ったのは、高度なIT技術で作品データが管理できて、二次流通以降も作家に還元されること。今までそんなシステムがあることは想像もしませんでした。
私には現代アート作家の友人がいます。今まではその友人に対して、自分が描いたアートを売るときに「身を切るような思いをしているのではないか」と思っていたんです。だって後で値上がりしても本人には還元されませんし、描いた絵は手元から離れてしまいますから。
でもNFTなら、どれだけ流通しても作家にロイヤリティが入ってくる上に、作家の手元にはちゃんとデータが残ります。この仕組みは本当にすごいなと思いました。
縦スクロール漫画「WEBTOON」の手応え
WEBTOONの反響は凄まじく、海外のファンが増えるきっかけになった。
撮影:伊藤圭
── 東村さんは韓国発の縦スクロール漫画「WEBTOON」でも作品を発表されていて、NFT同様に新しいプラットフォームに感度が高い作家という印象があります。そもそもなぜ、WEBTOONで作品の掲載を始めたのでしょう。
2015~2016年頃、韓国によく遊びに行っていた時期に、韓国のあるWEBTOONプロダクションの社長に「縦スクロールの漫画を始めてみませんか?」と声をかけていただいたのがきっかけです。
最初はそこまで大きなビジョンがあったわけではなく、「韓国の人にも読んでもらいたいな~」「フルカラーで描けるのは面白そうだな~」という気持ちしかなかったのですが、やっていくうちに縦スクロール漫画(以下、縦漫画)を描く必要性を感じるようになりました。
── 韓国や中国では縦漫画に流行の火が点いていますが、日本の大ヒット漫画家で参入している人はまだ少ないように感じます。
私は流行の船が来るとすぐに乗ってみたいと思うタイプの人間なので、「時代が変わるときに、新しいプラットフォームに作品を載せておかないと怖かった」というのが正直な気持ちです。
── 縦漫画を始めてみて、手応えはどうでしたか?
縦漫画をきっかけに海外のファンが増えたと実感します。それまでは海外の読者の反応が届くことはほとんどなかった。
でも今は、韓国やアメリカ、フランスの方がインスタにコメントをしてくれたり、ファンレターを送ってくれるんです。特に韓国のファンの方は熱狂的なコメントをしてくださいますね。
縦漫画と横漫画はYouTubeとテレビのように、全く別のメディアだと東村さんは言う。
撮影:伊藤圭
── フルカラーの縦漫画は、雑誌などのトーン(白黒)漫画よりも執筆の労力がかかりませんか?
カラーを塗るのが嫌いでなければ、労力はそこまで変わりません。私はトーンで描く場合、「このコートの赤は62番かな?」というように、カラーを脳内で白黒に変換しているんです。しかもその対応関係を、新人アシスタントさんに覚えてもらう必要がありました。
でもフルカラーの場合はその変換作業をする必要がないですし、私も「赤いコートは赤で塗ってね」って言えばいいから楽なんです(笑)。
── 編集者がいない状況で漫画を描く場合、作品の方向性などで相談できずに困る方も中にはいるのではないでしょうか。
そうですね……。誰に何を言われようが作品の内容は変わらず、締め切りも守るタイプの作家ならできると思います。でも、一緒にストーリーを練ってくれたり、描けないときに励ましてくれたりする編集者を必要とするタイプの作家は難しいかもしれません。
漫画家の性格によって向き不向きはあると思うので、「全ての漫画家が縦漫画を描くべき!」とは思わないですね。
── 東村さんは、今後は縦漫画を中心とする活動にシフトしていくのですか?
両方できればと思っています。私は漫画雑誌に育ててもらいましたし、この仕組みで業界が後輩に恩返しできることもまだまだあると思うので。これからも雑誌の連載は続けていきます。
── 雑誌だとさまざまな連載が同じ誌面に載っていて、そこで少しずつ成長する作家も多いイメージですが、縦漫画だと「育ててもらえる」機会が少ない。仕組みの違いは大きそうですね。
まだ発展途中の段階なので、今はそうですね。現状ではやっぱりものすごく大ヒットする作品は、横漫画(雑誌や単行本の漫画)から生まれることが多いですよね。
仕組みの違いだけでなく、縦漫画には「〇巻」という区切りがないので、描きながら「ここってどういうシーンだったっけ?」って振り返りづらいんです。だから伏線を張り巡らせたようなややこしいストーリーが作りづらくて、するすると読める内容になってしまう傾向はあるかもしれません。
絵にしても、スマホサイズでちょうどよく見える絵って、漫画用紙のB4で見ると密度が低く見えてしまうんですよね。
でも横漫画だったら、どれだけでも濃厚に作家の世界観を詰め込める。『鬼滅の刃』みたいな大ヒット作だって生まれます。
横漫画と縦漫画は、どちらが優れているというわけではなくて、テレビとYouTubeのように、全く違うメディアだと思っていただいた方がいいかもしれないですね。
目標は「プロデュースした漫画の映像化」
撮影:伊藤圭
── 今後、縦漫画と横漫画のそれぞれで挑戦したい作品を教えてください。
横漫画では、ここ10年ぐらいずっと描いていなかった、ギャグ漫画を描きたいです。私がギャグ漫画を描いていた時代にコアなファンになってくれた方たちに恩返しがしたいので。
縦漫画では自分も描きながら、作品プロデュースもしていきたいと思っています。今すでに、私の会社でプロデュースした『26番目の殺人』という漫画をピッコマで連載しています。目標は韓国で映像化し、世界中に配信する事です。
── なぜご自身でプロデュースした作品を韓国ドラマにしたいのですか?
韓国ドラマは撮影のスケールが大きくて、映像美へのこだわりもすごい。
セットでもロケでも影も蛍光灯感も全然ないんです。大型スクリーンで流しても遜色ないクオリティで、画面の密度が高い。
自分たちの作品をそんな映像で見てみたいな、と。
また、海外で映像化する場合は、その国に合わせて作品を一部変更する作業が発生します。そうした作業を通じて、世界へ作品を届けることについて勉強もさせてもらっています。
漫画でも、例えば「男女が出会ったその日のうちにホテルに行く」設定は、日本ではOKでも韓国ではダメなんですよ。
実際に、縦漫画で日韓同時配信している『私のことを憶えていますか』では、日本と韓国で異なる絵を出している箇所が複数あります。
日本の漫画家の才能を後押ししたい
「日本には面白い作品が読みきれないほどたくさんある。読者と繋げる仕組みを誰かが作らなければ」(東村さん)
── 東村さんは少女漫画家として活動されて20年になります。この20年で少女漫画のヒロイン像にはどんな変化がありましたか。
私が高校生の頃に読んでいた漫画から大きく変化したと思います。
私は講談社漫画賞の審査員をやってるので、最近の少女漫画は一通り読みますが、今のヒロインって、みんなすごく「いい子」なんですよ。可愛くて料理もできて、でもちょっと天然で恥ずかしがり屋。
私たちの世代だと、そういう子って脇役というか、何なら敵でした(笑)。
かつての典型的なヒロインは、おてんばで男勝りで、木登りとかするような子。みんなが憧れるかっこいい男の子に一人だけ「あんた、何さ!」みたいなことを言って、「おもしれー女……」って思われたり(笑)。今のヒロインは、靴が片方脱げたまま帰っちゃって、「ああ、なんてことしちゃったの……」と感じる子を、男の子が「あの子面白いな」って見守るのが典型。
── (笑)。少女漫画の理想の男性像はどうでしょうか。
理想の男性像は、今も昔も、韓国など国境を越えても変わらない気がします。一言で言うと「王子様」。スペシャルな人が、なぜか普通の自分を好きになってくれるという構図は、同じです。
── 縦漫画ではプロデュースを手掛けたい、とおっしゃっていましたが、危機感があるからこそ後進を育てたい思いがあるのでしょうか。
韓国の縦漫画のスタンダードは「フルカラー、週1更新」です。
さらに言えば、多くの韓国の作家は週2で更新しています。週1の私は「サボリ魔」と言われるくらい。それくらいスピード感があります。
日本にはまだ世に知られていない、面白くて漫画になっていない原作もいっぱいあると思うんです。それを漫画にしていくことも、日本の才能をグローバルに発信することにつながるのではないのでしょうか。
もし縦漫画を描きたい先生がいたら、応援したいと思います。ウェブサイトのお問い合わせから東村アキコ事務所までご連絡ください(笑)。