国の男性育休推進に先駆け、スタートアップが充実の福利厚生を打ち出している。育休ガチ勢のCEOらを取材した。
撮影:Timer提供/竹下郁子
男性育休や産休を国が後押しする改正育児・介護休業法の施行を2022年に控え、スタートアップも男性育休制度の拡充に力を入れ始めた。
育休を取得するCEOも増えている。2021年だけでも、大学時代にグノシーを起業し現在は経理のDXシステムなどを開発する「LayerX」CEOの福島良典さん、業者への発注から見積もりまでを一括で行えるBtoBプラットフォーム・アイミツを提供する「ユニラボ」CEOの栗山規夫さんなどが約1カ月間の育休を取得している。
「(育休制度の充実は)後続のスタートアップへの挑戦状」と語る、育休ガチ勢のCEOたちに話を聞いた。
組織で初の男性育休、苦労したのはお金
10X・CEOの矢本真丈さん。2児の父で2度の育休取得をしている。
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育児休業を取得する男性は1割強、その期間も半数が1週間以内という日本にあって(「男性育休白書2021」積水ハウス調べ)、男性育休取得率100%のスタートアップがある。
小売業のEC立ち上げ支援プラットフォーム・Stailer(ステイラー)を開発する「10X(テンエックス)」だ。
男性も入社直後から育休が取得でき、実際の取得期間も平均5カ月と長い。
さらにパートナーが妊娠・出産した場合は、準備金として最大70万円を前払いで支給している。事実婚やパートナーが同性の場合も対象だ。
背景には同社CEOの矢本真丈(まさたけ)さん(34)の苦い体験がある。矢本さんは2児の父親で、2度の育休取得者でもある。初めて育休を取ったのは2014年。当時、働いていたNPOで男性が育休を取得するのは矢本さんが初めてだった。自ら法律を調べ、団体の中で制度をつくるところからのスタート。中でも苦労したのは、お金のやりくりだ。
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「当時は育休を取る男性は今よりはるかに珍しかったのですが、『権利だし、組織に迷惑をかけるかもしれないけれど、それも織り込んだ上での制度』という理解をしていたので、思い切って取得しました。
そんなストロングスタイルで育休に突入したものの(笑)、育児休業給付金が振り込まれるのが遅くて、収入が少ない中での育休はすごく大変でした。
だから自分が社長になったら、まとまった金額を、しかも前払いで支給したいと思ったんです。まずはキャッシュフローを助けなきゃと。そこはある種、会社がリスクをとらなきゃいけないなと」(矢本さん)
育児休業給付金の初回の振り込みは通常、出産から約4カ月後だ。スタートアップで働く若い世代の貯蓄状況を考えると、70万円が手元にある状態で出産準備ができるのは大きな安心だろう。
「休む人の分をカバーしない」という意思決定を
提供:10X
10Xの従業員は役員含めて37人(2021年11月時点)。2021年には3人のエンジニアが、1月おきに立て続けに半年間の育休に入った。
・企業規模が小さい
・従業員が少なく、代替要員の手当ができない
・男性育休を取得する従業員以外の負担が大きくなる
などの理由がある(「男性育休白書2021特別編」積水ハウス)。10Xはどうしているのだろうか。
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「誰かが抜けるからその分をカバーするという発想よりは、より優先度をシャープにしていく機会と捉えています。会社としてできることは当然少なくなるんですけど、その中でやるべきことを適切に検討したり、優先順位をつけることに集中します。今まで15できていたことが12になるけれど、その12に全力を注ごうという考えです。
ギャップの3はできなくなるので大胆な意思決定が必要ですが、それこそがトップがやるべき仕事だと思っています」(矢本さん)
とはいえ、仕事の属人性を排除し、透明性を上げる工夫は欠かさない。特にエンジニアなど専門性の高い業務では、プロダクトの仕様や意思決定の背景などを極力ドキュメント化。「1人しか知らない」ような仕様を無くし、誰もが引き継いだり対応できるようになっている。
会社全体でも、数週間ごとのプロジェクト単位でメンバーを割り当てて仕事を回しているため、出産など早くから予定が分かる変化には対応しやすい仕組みだ。
2週間? いや、半年でしょう。
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人員や金銭的な問題に次ぐ男性育休の課題といえば、「制度があっても風土がその利用を許さない」ことだ。
そうした事態を防ぐため、10Xでは矢本さん自身が社員の背中を押している。
これまでも転職活動中に妻の妊娠が発覚した男性には「子育てを後押し」することを約束し、入社後すぐの育休取得を承諾。第一子で2週間の育休を申し出た男性には、より長期の取得を勧めてきた。
「特に第一子の場合、初めての子育てで大変なので長期の取得をおすすめしています。
子どもさんの人数やパートナーさんの意向、ご実家の支援が得られるかなどもたずねて、本人が2週間と希望していても『いいですね。でも半年くらい取ってみてもいいのでは?』と提案してみたり」(矢本さん)
妻はフルタイム正社員、CEOもワンオペ育児
提供:矢本真丈さん
普段から社員に「仕事と家庭で迷ったら家庭を優先して欲しい」と伝えている矢本さんだが、自身の働き方もそれを体現している。第二子の育休が終わると同時に10Xを起業。CEOとして働く今も、フルタイム正社員の妻と交互で週2〜3日のワンオペ育児をこなす。
「子どもができると、これまでとコントロールが全く変わるんですよね。保育園の送り迎え、夕飯、お風呂、寝かしつけ……スケジュールはまず子どもの用事でブロックが入って、その間に仕事をする。これは子育てに限らず介護などでもそうですよね。
社員に自分ではどうにもできない要因ができた時、いいパフォーマンスができるように多くの選択肢を用意することが会社として大切だと思っています」(矢本さん)
10Xの会議などの推奨時間は、保育園の送り迎えにも対応しやすい午前10時から夕方5時までとしている。
前出の最大70万円の出産準備金のほかにも、子どもの病気に対応する5日間の特別有給休暇や、認可保育園に入園できなかった場合に認可外保育園との差額を支給するなど、育休復帰後のサポート体制も整えている。
女性に偏る家事育児に会社として介入すべき
Timers社長の田和晃一郎さん。今年、育休を取得した。
撮影:竹下郁子
男性に1カ月間の育休取得を義務づけ、その期間は勤務時と同じ100%の給与を補償しているのがTimersだ。
子育て女性向けのシッター付きオンラインキャリアスクール「Famm(ファム)ママ専用スクール」などを手掛ける同社社長の田和晃一郎さん(35)は、義務化に踏み切った理由をこう説明する。
「子育て中の女性に、より柔軟性のあるキャリアを、もっと選択肢のある人生を提供したいという思いでスクール事業を立ち上げました。でもそのためには男性も変わることが必要だと、Fammのスクールを運営する中で気づいたんです。
妊娠・出産を機に育児や家事などの負担が女性に偏っている現状に、会社として積極的に介入すべきだと」(田和さん)
もともと義務化は7日間だったが、全員が最短1カ月、最長で3カ月の育休を取得していた。
Timersでは育休を取得した社員に対し、スタイなどのグッズを送っている。
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田和さん自身も2021年7月に第一子となる長男が誕生し、7月から8月にかけて1カ月間の育児休業を取得。
出産直後の妻をサポートする中、義務化の期間は7日では短すぎると気づき、2021年12月から現在の制度に更新した。
「CEO自ら育休というと驚く人もいるかもしれませんが、逆に代表や役員が率先して取らないとダメだと思います。男性育休を義務化したのも僕自身が取得したのも、男性が家庭に入ること、育児家事に従事することがこれからの日本社会に必要なんだと伝えたかったという部分も大きいです」(田和さん)
育休の代替要員は子育てで働けない女性に
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抱える従業員は約70人。育休中は仕事を役員らに割り振り、育児に集中していた田和さん。しかし全てを権限委譲することはできなかったため、
「通常より意思決定など業務のスピードが遅れるリスクもありましたが、そこは許容すべきことだと割り切っていました。仕事に支障が出るリスクが少しでもあるから育休を取れません、では社会は変わっていきませんから」
と話す。
社員らの育休中は、エンジニアなどの専門職は同じ技術を持つ人を新たに採用することが多い。一方で、ある程度オペレーションが組まれて作業する非専門職の場合は、子育てでキャリアを中断したものの、在宅でなら働きたいという女性を積極的にオンラインワーカーとして登用している。
「育休で抜けている人のリソースを、育児のために労働市場に戻れない人に補ってもらう。この循環に意味があると思っています」(田和さん)
社長が育休。そのとき取引先は?VCは?
提供:田和晃一郎さん
CEOが育休を取ることに対して、周囲の反応はどうだったのか。
田和さんによると、「社員、取引先、VCともに賛同してくれた」そうで、共働き正社員の妻は「『ありがとう』とも言ってくれましたが、むしろ『そういう時代だし、当然だよね』と」。
一番驚いていたのは両親で「『今はそんなことができるんだ』という反応でした」と語る。
育休中は料理をすべて担当するのに加え、妻と1日交代で「夜勤」に。一方が夜泣きやミルクに対応することで、夫婦共に寝不足になるのを防いだ。復帰した今もこの2つは変わっていない。
子育てしやすい風土づくりのためには、仕事だけでなく「家庭の業務」も職場で当たり前にシェアされていることが大切だといい、自身も従業員全員がチェックできるカレンダーに月曜から金曜まで「18:30〜沐浴」と入力。以降の仕事の予定は基本的にブロックしている。
男性育休ガチ勢がマジョリティになるしかない
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これから男性育休が普及するにはどうすればいいのか。
前出の10XCEOの矢本さんは丸紅、NPO、スマービー(現ストライプインターナショナル)、メルカリ、そして起業と、大企業からスタートアップまでさまざまな組織で働いてきた。そんな矢本さんの答えはズバリ、「大企業で働くのをやめてもいいんじゃないですか」。
「いわゆる制度と風土問題ですが、長年続いてきた風土を変えるって相当難しいですよ。
だからスタートアップに限らず、僕たちみたいに男性育休を推奨する風土を持った会社が大きくなるしかない。僕たちが子育てしやすい職場環境を維持しながら事業も成長させて、そんな会社が日本のマジョリティになることでしか解決しないと思います」(矢本さん)
男性育休の拡充は後続のスタートアップへの挑戦状
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ここ2〜3年、日本のスタートアップのカルチャーは急速に変化していると矢本さんは言う。変化の理由は、より良い人材を採用するためだ。
「これは後続のスタートアップへの挑戦状でもあるんです。後に続く会社は既存の会社を越えていかないと、絶対にいい人を採用できないので。
男性育休もそうですけど、今、スタートアップは互いに横を見ながら、福利厚生など働く環境のハードルを上げ合う、すごく良い状態になっていると感じます」(矢本さん)
10Xに入社を希望する人の多くは、事業内容や組織の成長フェーズが主な理由だが、今後は働き方やカルチャーを入り口にして関心を持つ人も増えて欲しいという。
男性の家庭進出が進めば、当然、働き方も変わる。そのことに気づき、受け皿を整え始めたスタートアップ。
彼らが牽引する男性育休の流れは、大企業に、また今後の採用・人材流動性にどんな影響を与えるだろうか。
(文・竹下郁子)