酒井准教授が開発した、廃棄食材を活用した食べられる素材。白菜(左上)、トマト(左下)、いよかん(右上)、カレー(右下)を粉末にして圧縮した。ほのかにそれぞれの匂いが香っていた。調味料を入れて味を整えることも可能だ。
撮影:三ツ村崇志
ほのかに白菜の匂いが香る緑色のプレートに、まるでカレーのルーのような香辛料の香りが漂う茶色のタイル……。触ってみると、コンクリートのように硬いコツコツとした感触があります。
コンクリートに匂いや色を付けただけかと思いきや、実はこれらの素材はすべて、100%「白菜」や「カレー」だけから作られた素材です。
この素材を開発したのが、東京大学生産技術研究所の酒井雄也准教授です。
白菜やカレーにとどまらず、トマトやいよかんなど、酒井准教授は廃棄食材を使ってさまざまな素材を開発しています。これらの素材は、100%食品から作られているため「食べる」ことも可能だといいます。
「なぜ、食品からコンクリートのような素材を?」と疑問に思う人も多いかも知れませんが、酒井准教授はこの他にも、セメントを使わずに砂同士を接着させてコンクリートのような素材を作ったり、さらにコンクリートがれきをそのまま再利用したりと、コンクリートに代わる新しい素材や、コンクリートのリサイクル方法の研究に取り組んでいます。
実は、いま世界で注目される「脱炭素」の取り組みを進めていく上で、酒井准教授が開発する「コンクリートに代わる素材」の需要が高まってくる可能性があるのです。
日本セメント協会によると、日本で1年間に排出される二酸化炭素約11億トンのうち、少なくとも数%がセメント産業から排出されている計算になるといいます。セメントは、コンクリートの原料として欠かせないものですが、その製造工程で、どうしても二酸化炭素が発生してしまうのです。
日本の二酸化炭素排出量の40%以上を占めるエネルギー部門と比較すると微々たるものかもしれませんが、現代の地球温暖化は、小さな二酸化炭素の排出の積み重ねによって生じた問題です。
世界がこの先、本当にカーボンニュートラルを目指すというのであれば、二酸化炭素の排出量の多いエネルギー産業や自動車産業以外にも、あらゆる産業で今よりも強く脱炭素化が求められることになるでしょう。
そこで11月の「サイエンス思考」では、建築現場での必須資材といえる「コンクリート」が抱える脱炭素化に向けた課題に注目。酒井准教授に、その課題と商品化を目指して開発している新素材について、話を聞きました。
二酸化炭素の排出から逃れられないコンクリートの実情
東京大学生産技術研究所の酒井雄也准教授。
撮影:三ツ村崇志
コンクリートは、砂や砂利、水などをセメントと一緒に混ぜ合わせることで作られる、非常に低コストかつ使い勝手の良い建築資材です。その用途は幅広く、現代の建築現場では欠かせません。
しかし、酒井准教授によると、コンクリートには以下の3つの課題があるといいます。
- コンクリートの材料となるセメントを作るときにCO2が出る点
- 「コンクリートがれき」がリサイクルされておらず、資源が循環していない点
- 世界的な材料不足
コンクリートの材料となる「セメント」は、砂や砂利などの他の材料を接着させる重要な役割を果たしており、コンクリートを作る上では欠かせません。しかし、セメントは炭素(C)を含む石灰石(CaCO3)を原料に製造されることから、製造工程でどうしても二酸化炭素(CO2)が排出されてしまいます。
また、セメントを製造する工程では、1000度以上の高温も必要になります。そのエネルギーを得るために化石燃料も消費されています。
このようにセメントを使用せざるを得ない以上、コンクリートは二酸化炭素の排出から逃れられない運命なのです。
酒井准教授によると、セメント業界では、セメントの代わりに一部「高炉スラグ微粉末」などの原料を混ぜ合わせることで、二酸化炭素の発生量を減らしたセメントの活用などを進めているといいます。
循環していないコンクリート
建物を破壊するときには、コンクリートがれきが必ずと言っていいほど発生する。
Ned Snowman/Shutterstock
酒井准教授が指摘するコンクリートが抱える課題の2点目は、取り壊した建物などから出る「コンクリートがれき」がリサイクルされていないという点です。
国土交通省によると、日本の建築現場で発生するコンクリート塊やアスファルトなどの建設副産物は99%再利用されているといいます。酒井准教授の指摘と食い違うように思えますが、実はこの数字にはからくりがあります。
「再利用率でいうと99%なのですが、コンクリートがれきが循環していないという課題があります」(酒井准教授)
実は、コンクリートがれきの多くは埋立地を作るための土砂として利用されたり、アスファルト道路を作る際に土台として利用されたりしています。
産業廃棄物として捨てられてしまうよりは有効利用できているとは言え、このような「リサイクル」をしてしまうと、新たにコンクリートが必要になる際には再びセメントなどを調達しなければならず、その分二酸化炭素も排出されてしまいます。
また、酒井准教授は、コンクリートの原料となる砂・砂利も世界的に不足しつつあると指摘します。
コンクリートは、砂や砂利、セメント、水を混ぜて簡単に作ることができますが、「質の良い」コンクリートを作るには、ある程度混ぜる原料を選り好みする必要があるといいます。
「いい感じに使える砂・砂利のサイズの分布や、固まった後のコンクリートの強さを考えると、限られた原材料しか使えません。その原材料を採取できる場所が、どんどん少なくなっている状況です」(酒井准教授)
砂や砂利などの原料は、山に生えている木を伐採して、斜面を取り崩すことで確保されています。当然、山を取り崩した分だけ、事業者には植林などによる緑化が義務付けられていますが、成長した木を伐採して若い木を植えたところで、二酸化炭素を元のように吸収するまでには時間がかかります。
このようなさまざまな要因から、既存のコンクリートをうまく循環(リサイクル)させることや、コンクリートが使われる用途に使用できるサステナブルな新素材を開発する意味があるわけです。
コンクリートを本当の意味で再利用する
コンクリートがれき(左)を粉末状に加工(中央)して、圧縮したもの(右)。
撮影:三ツ村崇志
理想的なコンクリートのリサイクルは、コンクリートがれきから新たな原料を消費せずに、再びコンクリートを作ることです。
酒井准教授は「まさにそれをやろうとしています」と、100%コンクリートを原料にコンクリートよりも耐久性の強い素材を開発しています。
「作り方にもよりますが、元のコンクリートの3〜4倍の強さを出すことができます。耐久性も既存のコンクリートと同じかそれ以上ということは確認しています」(酒井准教授)
一般的なコンクリートは、セメントと砂利などを混ぜ合わせた液体状の原料を型に流し込み、固めることで作られます。
一方、酒井准教授が開発したこの素材は、コンクリートを粉状に粉砕した上で、常温で100気圧という圧力をかけて成形し、さらに「オートクレーブ」という圧力鍋のような装置で、高圧の水蒸気による処理を施したといいます。
「イメージとして、『堆積岩』が何百万年も海の底で押し固められて作られる工程を、数秒から数分でギュッと作ってしまうようなものです」(酒井准教授)
100気圧という圧力は、一般的な工場などでも作り出すことができるレベルの圧力です。また、オートクレーブの処理をする設備も、コンクリート業界では一般的なものだといいます。
比較的簡単な方法であるにもかかわらず、ちょっとした工夫でコンクリートと同等の強度を持つ建材を得られたわけです。
また、酒井准教授は、この他にもコンクリートがれきの粉末と他の素材を混合させることで、コンクリートのような曲げ強度(曲げに対する抵抗性)を持つ素材も開発しています。
実際、コンクリートの粉に「砂」や「廃木材」などを混ぜた素材を高温(200度程度)でプレスすることで、コンクリートを上回る曲げ強度を持つプレートを開発できたといいます。
「コンクリートがれきの粉末を100%利用する方法と、この方法を使えば、今、地上にあるコンクリートだけで十分に(建築現場で必要なコンクリートは)まかなえるのではないかと思っています」(酒井准教授)
酒井准教授が開発した、白菜のタイル。プレスすれば良いだけなので、装置があれば大きなものを作ることもできる。大きなタイルも、食べようと思えば食べられる。ただし直接口に入れるにはかなり硬かった。
撮影:三ツ村崇志
また、冒頭で紹介した白菜やトマトなどを粉状に加工した「廃棄食材」だけから作られた素材も、コンクリートに匹敵する強度を持つといいます。
「(フリーズドライで)粉状にした白菜を200度程度の高温で圧縮して、タイルを作りました。水でふやけやすいなどの問題はありますが、コンクリートと同等かそれ以上の曲げ耐性を持っていました。白菜しか使っていないので、食べることもできます」(酒井准教授)
実際に利用する際には、撥水加工などが必要になりますが、酒井准教授によると2022年の夏ごろには小物類として販売を計画しているといいます。
このように「粉状に加工した原料を高温でプレスする」という非常にシンプルな工程だけで、コンクリートを上回る強度の素材を作り出すことができるということはシンプルに驚くべきことです。
「野菜の種類によって、物理的な性質に差が出ています。白菜は硬いのですが、トマトなどは少し柔らかいんです。糖分などが粒子の接着に影響を与えているのではないかと考えています」(酒井准教授)
月の砂でコンクリートを作るには?
触媒とアルコールを使って砂を溶かし、コンクリートのような強度を持たせる研究も進めている。砂漠の砂や、月の土(レゴリス)を模した砂でも、コンクリートのように使える素材を作ることができるという。
撮影:三ツ村崇志
ここまで紹介してきた酒井准教授が開発する素材は、「コンクリートがれきを粉末状にして循環させる」という、コンクリートの再利用という側面で開発されたものです。確かに、強度的にはコンクリートに匹敵する面白い素材ばかりでしたが、どれもある程度の圧力でプレスしなければならない以上、「建築現場で型に流し込んで固める」という使い方ができる既存のコンクリートとは作り方が異なります。
そういった意味で、酒井准教授はコンクリートの「代替」として期待できる素材の研究も進めているといいます。
コンクリートを注ぐ様子。
Bannafarsai_Stock/Shutterstock
「コンクリートの代替として私が期待しているのは、砂同士をくっつけて塊にしてしまう方法です。砂とアルコール、そして触媒を入れて240度に加熱してから一晩置くと、砂同士が接着してある程度の強度の素材ができあがりました」(酒井准教授)
酒井准教授によると、ただ原料を混ぜて加熱しただけでありながら、アルコールと触媒の効果で砂や砂利が溶け、接着剤(セメント)的な役割を果たすことで、コンクリートのような強度が実現されているのではないかといいます。
現状では、240度という比較的高い温度が必要になるため、コンクリートとまったく同じように型に流し込んで放っておくだけで作れるわけではありません。しかし、今後の研究開発によって必要な温度が下がれば、現状の建設現場でコンクリートを作るように簡単に取り扱える素材として利用できる可能性があるといいます。
酒井准教授によると、この手法を使えば、通常の建設現場では使用できない粒子の細かい砂漠の砂や、月の模擬土(レゴリス)を原料にして、コンクリートのように使い勝手の良い素材を作ることも可能だとしています。
「月の昼間の温度が110℃になるそうなので、この処理の温度が110℃になれば、月でもコンクリートのような素材を簡単につくれるようになります。それも実現したいですね」(酒井准教授)
(文・三ツ村崇志)