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コロナ禍をきっかけに東京→岩手に移住。パラレルワークを始めて気づいたこと

株式会社ベストインクラスプロデューサーズ マーケティングプロデューサー/プランナーおよび一般社団法人邑(ゆう)サポート理事 伊藤美希子さん

撮影:柳原久子

東京でマーケターとして働きながら、岩手県の住田町で地域サポートを続けてきた伊藤美希子さん。どちらの仕事にも全力を注ぎ、10年間走り続けてきた。無関係に見えた2つの道筋が、少し前から重なり始め、相乗効果を生みだしている。あふれるバイタリティを支えるのは、どんな時にも動き続ける姿勢だ——。

伊藤美希子(いとう・みきこ)
2005年総合広告代理店入社。プランニング部、デジタルマーケティング部に所属。2012年ツナグ入社、2016年よりベストインクラスプロデューサーズ(BICP)に入社し、マーケティングプロデューサー/プランナーとしてクライアントのマーケティング戦略・活動の支援を行っている。2011年から岩手県住田町に仮設住宅のコミュニティ支援でボランティアに入り、2014年から2018年まで一般社団法人邑(ゆう)サポート理事。 住田町を拠点に、リモートで都市部のクライアント支援を行いながら、邑サポートのスタッフとして地域活性化のサポートも実行する二足のワラジスト。

新卒時代、上司に仕事の基礎を叩き込まれる

伊藤美希子さん

撮影:柳原久子

伊藤さんのキャリアのスタートは、広告会社。マーケティング部に所属し、入社半年後についた上司に基礎から厳しく教えられた。

「中堅の方が退職してしまい、ベテラン上司の直下に数名の若手がいる状態。上司にがむしゃらに食らいついていくしかありませんでした。マーケティングの数字の見方や調査の基本などを叩きこまれました。なかなかキツくて大変でしたが、当時の経験が今の私の土台を作っています

辛くてもふんばれたのは、プロジェクトごとに達成感があって楽しかったから。経験を重ねるとともに上司からも信頼されるようになり、ひとつの山は越えられたと感じた

別部署に異動し新たなチャレンジがスタートしたころ、セミナーに参加したことをきっかけに、コミュニケーション・ディレクターの佐藤尚之さんが立ち上げた新会社の人員募集を知る。「今しかない」と転職を決意した

「さとなおさん(佐藤尚之さんの愛称)が(人材を)募集するのは最初で最後だと思ったんです。結果的にそれは当たっていました。周囲にも心配をかけたと思いますが、行ってよかったです」

負の気持ちをエネルギーに変えて

伊藤美希子さん

撮影:柳原久子

同じころ伊藤さんに訪れた大きな転機が、岩手県住田町でのボランティア活動への参加だった。2011年の東日本大震災のあと、学生時代の先輩が活動していたことをきっかけに、仮設住宅のコミュニティ支援を手伝うことに。3年後、参加していた支援団体「邑サポート」が一般社団法人になると、伊藤さんは理事に就任し本腰を入れて携わっていくことになる

転職後の慣れない仕事と並行して、毎月片道5時間かかる場所での地域サポート。ハードな日々を送るバイタリティは、どこから生まれていたのだろうか。

「二地域でのパラレルワークは想像通り大変でした。でも、東京や都市部だけを見るのではなく地方の生活を知ることで、自分の幅が広がりました。ときには地域の方に叱咤激励を受けながらも、人間としての成長や生き方を教えていただいています。なぜ続けられたのかと問われると、今思えば、住田に通いはじめたころに父が他界したことも少なからず影響しているように思います」

家族が亡くなったことで心にできた大きな穴。それは今でも埋まっていないし、埋めたいわけでもないと言う。ただ、当時は足を止めてしまったら何かに飲まれてしまうような気がしていた。

「当時はどうしようもない負の気持ちを抱えていたのですが、それをエネルギーにして、止まらないようにしていました。うまく言えないのですが……いろいろ動き続けることで、気持ちを落ち着かせていたのかもしれませんね。送り出してくれた会社や家族、受け入れてくれた地域、個人的な感情も重なり合って通い続けることができたのだと思います 」

BICPでの仕事が、住田の事業と重なり合っていく

伊藤美希子さん

撮影:柳原久子

ツナグでは、セミナーやコミュニティ運営、教育事業などに携わった。約4年の勤務ののち、広告会社時代の上司が会社を始めると聞き、プランナーとして関わっていたが、ほどなくしてその新会社BICPへ転職。

住田の仕事への理解を得つつも、新しい仕事との両立のため相変わらずハードな日々が続く。2018年に住田の役場職員である夫と結婚したため、取引関係のある邑サポートの理事は降りることになったものの、決裁権がなくなるだけで仕事は同じように続けた。

結婚生活は別居婚からスタートしたが、コロナ禍でリモートワークが進むと、住田に居を構えることに。そこで伊藤さんは新たなジレンマに直面した。

「身体は住田にあるのに、朝から晩までパソコンの前で東京の人たちと仕事をして『気かついたら一歩も外に出ていない』という日が続いて。せっかく今まで通ってきた住田に住んでいるのだから、もっとこの地域の課題の解決のために動きたいと考えるようになりました

現状のままかフリーランスとして活動するか。さまざまな可能性を模索したが、会社と相談し「住田オフィスを作ろう」ということになった

地域の文脈を大切にしながら事業を進めたい

伊藤さんは、2021年の6月に立ち上げたBICP住田オフィスの責任者になり、 まさに今、事業と地域サポートの両立に挑戦中だ。

伊藤美希子さん

撮影:柳原久子

「地域と企業の仕事は別物だと思っていましたが、最近は近いところも大いにあると感じています。課題を設定して、解決のためにプロジェクトを進めていく——。今までやっていたことは実は交わっていたんだと気づきました。これからは、BICPでも事業と地域サポートを両立できるモデルをつくり、他の場所にも活用できるようにするのが目標です」

地方の中小企業をクライアントにすることは、コストの面でも簡単ではない。また、地域には地域の文脈があり、都市部のやり方をむやみに押し付けるのは得策とは言えない。深い部分で両方の立場がわかる伊藤さんのような人が、今後はますます求められていくのだろう。

「人との関係性を大事にして、筋を通すことを忘れないようにしています。私が今のような仕事ができるのはいろいろな方がくださった縁のおかげ。BICPはもちろんですが、地域づくりでは人のつながりが本当に大切なんです」

地方と都市部どちらか一方を選ぶのではなく、両方を把握してバランスを取ってゆく。それが伊藤さんの生き方なのだ。

MASHING UPより転載(2021年9月22日公開


(文・栃尾江美)

外資系IT企業にエンジニアとして勤めた後、ハワイへ短期留学し、その後ライターへ。雑誌や書籍、Webサイトを問わず、ビジネス、デジタル、子育て、コラムなどを執筆。現在は「女性と仕事」「働き方」などのジャンルに力を入れている。個人サイトはhttp://emitochio.net

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