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いま世界で最も視聴されているコンテンツの一つ、それが『イカゲーム』です。韓国のサバイバルシリーズドラマで、2021年9月にリリースされるやわずか28日間で全世界1億4200万世帯が視聴。驚異的なスピードで世界的ヒット作となりました。
日本国内の映画興行成績歴代1位は『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』ですが、こちらは公開から220日で観客動員数累計2896万人。これでも十分すごい数字なのですが、それすら霞んでしまうほど、『イカゲーム』のヒットは群を抜いているということです。
この『イカゲーム』を独占配信しているのがネットフリックス(Netflix)です。
日本ではアメリカ発の巨大テック企業のことをよく「GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)」と呼びますが、アメリカではこれにネットフリックスを加えて「FAANG(Facebook, Apple, Amazon, Netflix, Google)」と呼び慣らされるほど、ネットフリックスは存在感がある企業なのです。
とはいえ、ネットフリックスが主戦場としているストリーミング配信は今や競合ひしめくレッドオーシャンです。アップルのApple TV+、アマゾンのAmazon Prime Video、アルファベット(グーグルの親会社)のYouTubeとGAFA勢のほか、ウォルト・ディズニー・カンパニー(以下、ディズニー)も2019年に満を持して動画ストリーミングサービスDisney+(ディズニープラス)をスタート。会員数をメキメキと伸ばしています。
このような苛烈極まるストリーミング配信の競争環境にあって、ネットフリックスはいま、トップを独走しています。並みいる競合の追随をかわせる強さの源泉は、いったいどこにあるのでしょうか?
そこで今回は、このストリーミング界の雄・ネットフリックスを、会計とファイナンスの視点から考察していくことにしましょう。
時価総額はディズニー超え
2021年11月、ネットフリックスは時価総額ベースでディズニーを抜きました(図表1)。
コロナ禍の影響が深刻化し始めた2020年4月頃、テーマパークが閉鎖に追い込まれる一方で巣ごもり需要が伸びたこともあり、ネットフリックスの時価総額が一時期ディズニーのそれを上回ったことはありました。しかしその後、ディズニーはDisney+のリリースとコロナ対応が進んだことで株価をまた伸ばし、ネットフリックスを逆転。ところが今回は、そのディズニーにネットフリックスが再びに追いついた格好です。
(出所)investment.comのネットフリックスとディズニーの株価の時系列データより筆者作成。
「ディズニーを抜いた」とさらりと書きましたが、考えてみればすごいことです。
ディズニーといえば、言わずと知れたエンタメ界の老舗企業です。ミッキーマウスはじめ長年の人気キャラクターのライセンスやテーマパークなどの物理資産はもちろんのこと、ピクサーやルーカスフィルムなど名だたる映画製作会社も、またかつてストリーミングの黎明期に覇権を争ったHuluでさえも今やディズニーの傘下なのです(図表2)。
ネットフリックスには実質的にストリーミング配信事業しかない(※1)のに対し、ディズニーはネットワークメディア事業、テーマパーク事業、スタジオエンタメ事業、DtoC事業と4つの事業を抱え、まさに“エンタメ界の総合デパート”とも言うべき存在です。
この違いから、売上高や営業利益ではディズニーのほうがネットフリックスを優にしのいでいるにもかかわらず(図表3)、時価総額ではネットフリックスのほうが上だというのですから驚きです。株式市場はなぜ、それほどネットフリックスを高く評価しているのでしょうか。
ストリーミングの収益構造に歴然の差
株式市場がディズニーよりもネットフリックスのほうを高く評価する理由の一つは、「収益構造の違い」です。どんな点に違いがあるのか、詳しく見ていきましょう。
図表4は、ネットフリックスとディズニーのストリーミング配信の会員数の推移を表したものです。
(出所)ネットフリックスFinancial StatementsおよびディズニーQuarterly Earning Reportsより筆者作成。
ネットフリックスは2007年にストリーミングサービスを開始、2017年に会員数1億人を突破し、2021年には2億人の大台を超えました。
一方、ディズニーはストリーミング配信事業としてDisney+、ESPN+(スポーツ)、Hulu(2019年に経営権を取得)の3つを運用しています。中でも成長著しいのがDisney+で、2019年12月にサービスを開始してからわずか2年足らずで会員数はすでに1.2億人弱(2021年9月時点)にのぼります。これら3つのサービスを足し合わせると会員数は1.8億人弱(同)と、ネットフリックスに肉薄しています。
このように、ディズニーのストリーミング配信を含むDtoC事業は確かに多くの会員数を獲得しているのですが、セグメント別の利益で見ると実は約16.8億ドル(約1900億円)の赤字です(図表5)。
(出所)The Walt Disney Company Reports Fourth Quarter and Full Year Earnings for Fiscal 2021.
この点は、先述のとおり主力事業のストリーミング配信ですでに45.9億ドル(約5200億円)もの営業利益を稼いで黒字化しているネットフリックスと大きく異なります。
なぜこうも利益構造が違うのか——理由は顧客単価にあります。
顧客単価はディズニーの2倍
図表6をご覧ください。これは、ネットフリックスとディズニーのDtoC事業それぞれの顧客単価(ARPU〔Average Revenue Per User、アープ〕とも呼ばれます)を比較したものです。
(出所)Netflix Q3 2021 Financial Statementsから3カ月間の平均会員数と3カ月間の売上高から計算した数字、およびThe Walt Disney Company Reports Fourth Quarter and Full Year Earnings for Fiscal 2021(2021年10月期の営業利益)に記載のDisney+、ESPN+、Hulu記載の顧客単価とそれぞれの会員数(ただし、HuluのLive TV関連は除く)から計算した数字から筆者作成。
ネットフリックスの顧客単価はディズニーのなんと2倍近くもあります。会員数で比べれば、確かにディズニーはネットフリックスに肉薄しているものの、収益性の面ではネットフリックスが圧倒しているということです。
この違いを生んでいる大きな要因は価格設定です。
ディズニーでは、13.99ドルでDisney+、ESPN+、Huluの3つのストリーミング配信サービスを同時に視聴できるバンドルプランを提供しています。個々に加入した場合の月額料金はDisney+が7.99ドル、ESPN+が4.99ドル、Huluが6.99ドル(最安プラン)であることを考えると、バンドルがお得であることは間違いありません。
ですが、バンドルでの契約については1人が加入したとしても会員数としては3人で計算されていると予想されます。そのため、どうしても顧客単価が低くなってしまいます。
一方、ネットフリックスは8.99ドル、13.99ドル、17.99ドルの3つの月額課金メニューを用意しており、最も安いプランでも、ディズニーの個々のストリーミング配信より高い価格設定になっています。
ディズニーには、ハリウッドが長年かけて築き上げてきたヒット作品群があります。ネットフリックスはそうした過去の遺産を潤沢に持っているわけではないのに、なぜDisney+より強気の価格設定ができるのでしょうか?
その答えを探るために、ネットフリックスの投資戦略に目を向けてみましょう。
映画製作会社3社を買収できる投資額
図表7は、過去5年間にネットフリックスがどのくらいコンテンツ製作に資金を投じてきたかを示したものです。驚くことに、過去4年では毎年120億ドル(約1.4兆円)以上の投資を行っています。ディズニーですら2020年度のコンテンツ投資は約54億ドルですから、ネットフリックスはその倍以上を毎年継続的に投資し続けていることになります。
(出所)Netflix Financial StatementsのConsolidated Statements of Cash FlowsにおけるAdditions to content assetsとChange in content liabilitiesの合計額から算出。
「コンテンツに毎年120億ドル(約1.4兆円)の投資」と言われてもピンとこないかもしれません。ですが、過去にディズニーが映画製作会社を買収した際の金額と比べてみてください。
- ピクサー:74億ドル(2006年)
- マーベル:40億ドル(2009年)
- ルーカスフィルム:40.5億ドル(2012年)
- 20世紀フォックス:713億ドル(2019年)
つまりネットフリックスは、ここ数年ではピクサー、マーベル、ルーカスフィルムの3社を買収した額に近い金額を毎年コンテンツ製作に充てているということです。
なぜネットフリックスはそれほどの巨額をコンテンツに投じるのでしょうか? このことを考えるうえで、同社の足跡を簡単に振り返っておくことにしましょう。
「他社のコンテンツだけでは勝てない」
ネットフリックスの創業は1997年、DVDの宅配レンタル事業として出発しました。DVDレンタルの借り放題というサブスクモデルの導入が功を奏し、上場にまでこぎ着けました。
しかしネットフリックスには、DVDの宅配レンタル事業が長く続かないことが分かっていました。創業間もない頃はまだVHSビデオ全盛の時代でしたが、2000年代に入るとVHSは急速にDVDに置き換えられました。それと同様、DVDも近い将来ストリーミング配信に置き換わる——それがネットフリックスの読みでした(※2)。
DVD宅配レンタル事業からストリーミング配信へと経営リソースの配分の舵を大きく切ったのは2007年のこと。初代iPhoneが発売された年であり、その前年にはグーグルがYouTubeを買収しています。当時のネット回線は今のように安定しておらず、ストリーミング配信が今日のように普及すると確信していた企業は、ネットフリックスを除けばおそらくほとんどなかったでしょう。
ストリーミング配信の開始当初、ネットフリックスが扱っていたのは映画のみでした。契約上、新作映画は劇場公開から1年経たないと配信できず、ネットフリックスで配信できる期間も契約により1〜1年半ほどでした(※3)。
「ネットフリックスじゃ最新の映画が観られない」「以前は観られたあの映画がもう観られない」……ユーザーがそう不満を漏らすのも当然です。
そこでネットフリックスが目をつけたのが、ケーブルテレビの配信権(ストリーミング動画配信権)の獲得でした。
ケーブルテレビが持つドラマ等のコンテンツ配信権を得れば、ネットフリックスはコンテンツを増やせます。ケーブルテレビ局にとっても、ネットフリックスに古いエピソードを配信してもらえればドラマが再注目され、最新エピソードが放送されるとテレビの視聴率が上がります(この現象は「ネットフリックス効果」と呼ばれるまでになりました)。まさにWin-Winの関係です。
しかしこの関係も長くは続きませんでした。映画スタジオやケーブルテレビが、ストリーミング動画配信権のライセンス料を引き上げたり、自らストリーミング配信を手がけたりするようになったからです(※4)。
他社のコンテンツを流しているだけでは、早晩勝てなくなるに違いありません。コンテンツを持っているメディア企業がストリーミング配信事業に乗り出してくれば、ネットフリックスは一気に劣勢に立たされてしまいます。
こうしてネットフリックスは、オリジナル作品でも戦う戦略へと舵を切りました。2013年のことです。
コンテンツ製作で重視する3要素
オリジナル作品を製作するにあたり、ネットフリックスが重視した点は3つあります。データの活用、製作の裁量、圧倒的な資金です。
1. データ活用でヒットメーカーの嗅覚だけに頼らない
ネットフリックスは、コンテンツの製作に視聴者データを生かしています。これは、誰がコンテンツを観ているのか詳細につかめないテレビ、ケーブルテレビ、映画とは決定的に異なります。
例えば、ネットフリックスのオリジナル作品の1作目は『ハウス・オブ・カード』という政治ドラマです。
ネットフリックスは、これまでに収集した膨大な視聴者データから「ユーザーは政治ドラマに関心が高い」ことが分かっていました。
このデータをもとに、映画『ファイト・クラブ』や『ソーシャルネットワーク』で知られるデイビッド・フィンチャー監督に「ネットフリックスの予測アルゴリズムを使えば、多くの視聴者にアピールできる」と言って製作を依頼しました。その結果、『ハウス・オブ・カード』はネットフリックスのオリジナル作品として見事に大ヒットしました(※5)。
このように水物と言われるような映像コンテンツも、一部のヒットメーカーの嗅覚に頼るのではなく、データ分析を駆使することでヒットの確率を高めることができます。一説によると、ネットフリックスの従業員7000人のうち実に半数がデータ分析の専門家とも言われています(※6)。
2. 現場に裁量を委ねて信頼関係をつくる
ハリウッドでは通常、お金の出し手がコンテンツに対していろいろと口出ししてくるものです。自分のお金で好き勝手なことをされた挙げ句に鳴かず飛ばずの作品をつくられては困りますから、当然と言えば当然です。
しかし、ネットフリックスはコンテンツ製作に際して、基本的に現場に口出ししない方針です。『ハウス・オブ・カード』をフィンチャー監督に依頼した際も、「試作品の製作なし」「口出ししない」が条件だったそうです。
お笑い芸人の又吉直樹氏による芥川賞受賞作『火花』がネットフリックスで映像化されたときも同様だったと言います。吉本興業は『火花』の映像化を、テレビ局でも映画会社でもなくネットフリックスでやると決めた理由として、「グローバルに展開できる」「本当に自由にできる」「原作者である又吉氏の好きにやれる」という点が大きかったと話しています(※7)。
ネットフリックス自身は視聴者データから得られる知見を提供しつつ、クリエイターの力を信じて現場に委ねる。その信頼関係がヒット作の誕生に一役買っているのです。
3. 圧倒的な資金量でコンテンツの質を担保
「データを活用し」「現場に裁量を委ね」たうえで、ネットフリックスが行うのは「圧倒的な資金量の提供」。この3つが揃ってこそネットフリックスは魅力的なコンテンツをつくれます。
例えば、先述した『ハウス・オブ・カード』の総製作費は2シーズン計26話で1億ドル(110億円以上)と言われています。1時間ドラマどころかハリウッドの予算感から見ても異例の予算規模ですが、同作品は狙い通り大ヒットしただけでなく、エミー賞やゴールデン・グローブ賞も総なめにする快挙を成し遂げました。
これら3つの要素に特徴づけられるコンテンツづくりに加えて、ネットフリックスはディズニーと大きく異なるコンテンツ戦略もとっています。
ディズニーは主にハリウッドを製作拠点にしたコンテンツ製作体制を敷いているのに対し、ネットフリックスは世界各国のプロデューサーと連携し、製作拠点も世界中にあります。その結果、日本発の『火花』『全裸監督』、韓国製作の『イカゲーム』のように、世界各地の地域性・ローカル性・言語に特徴づけられる多様なコンテンツで世界中のユーザーを惹きつけることに成功しているのです。
なお、ネットフリックスのコンテンツ投資額が初めて100億ドルを超えた2018年には、約700ものオリジナルコンテンツがリリースされています(※8)。
ここまでで、ネットフリックスが惜しげもなくコンテンツ投資を行っている理由が分かりました。でもこんな疑問が湧いた方もいるかもしれません。「コンテンツ投資の資金の源泉はどうしているのだろう?」と。
この点については、次回詳しく探っていくことにしましょう。
※1 ネットフリックスは今やストリーミング配信が旗艦事業ですが、DVDの宅配レンタル事業も継続はしているようです。「『DVDレンタル』は終わらない? Netflixの宅配サーヴィスを、いまも200万人が利用している理由」WIRED、2020年9月22日。
※2 マーク・ランドルフ『不可能を可能にせよ! NETFLIX 成功の流儀』サンマーク出版、2020年。
※3 Joe Nocera「ネットフリックス 野望の階段(2)独自コンテンツの幕開け」NewsPicks(New York Timesより転載)、2016年7月16日。
※4 ジーナ・キーティング『NETFLIX コンテンツ帝国の野望:GAFAを超える最強IT企業』新潮社、2019年。
※5 大原通郎『ネットフリックス vs. ディズニー ストリーミングで変わるメディア勢力図』日本経済新聞出版、2021年。
※6 大原通郎『ネットフリックス vs. ディズニー ストリーミングで変わるメディア勢力図』日本経済新聞出版、2021年。
※7 「【『火花』対談】なぜ、ネットフリックス×よしもと、なのか(前編)」NewsPicks、2016年7月13日。
※8 Todd Spangler, “Netflix Eyeing Total of About 700 Original Series in 2018,” Variety, February 27, 2018.
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。