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- アメリカのカリフォルニア州コンプトン在住のクリスティーンさん(45)は、ベーシックインカムのあるプログラムを通じて3カ月ごとに1800ドル(約20万4000円)を受け取っている。
- この収入保証プログラムは、市が行うものとしてはアメリカ最大のプログラムだ。クリスティーンさんのような所得の低い800世帯を支援している。
- このプログラムのおかげで、クリスティーンさんは車を手に入れたり、信用を取り戻すことができたという。
クリスティーンさんとその娘は1月に新型コロナウイルスに感染した。タイミングは最悪だった。
クリスティーンさんはカリフォルニア州コンプトン在住で、5歳の娘には呼吸器系の持病があり、リスクはものすごく高かったとInsiderに語った。ロサンゼルス郡都市圏交通局のバス運転手として働いていたクリスティーンさんは、無期限の医療休暇を取らなければならなかった。娘も学校に行く選択肢はなかった。
「お金が全くない状態でこの時期を過ごしました。自宅に缶詰状態で、請求書の支払いもできませんでした」とクリスティーンさんはInsiderに語った。
「失業手当もまだ受けていませんでした」
ところがその後、1月にクリスティーンさんは一通のEメールを受け取り、それが全てを変えた。Eメールの送り主は「コンプトン・プレッジ(Compton Pledge)」で、市が今後、彼女に付帯条件なしで3カ月ごとに1800ドルを送るとあった。数年前、薬物中毒の治療を求めていた時にあるEメールリストに名前を書いたことは覚えていたものの、クリスティーンさんはそれがコンプトンのユニバーサル・ベーシックインカムのリストだとは思いもしなかったという。
「わたしが通っている教会の牧師に『これは現実?』と聞いたら、彼は本物だと言ったんです」
コンプトン・プレッジはコンプトンの市長執務室の取り組みで、市が行う収入保証プログラムとしてはアメリカ最大の規模を誇る。これまでに集めた920万ドルのうち、400万ドルを配布済みだ。抽選により、現在コンプトンの低所得世帯800世帯を支援している。対象世帯は2年間、お金を受け取ることができる。
「やっと家賃を払うことができたし、生活必需品を買うためのお金もあります」とクリスティーンさんは話した。
「本当にありがたいことです」
何年も経済的支援を必要とした後の救済
新型コロナウイルスに感染するずっと前、クリスティーンさんは経済的支援を必要としていた。交際相手が走行中の車からの発砲で死亡した後、クリスティーンさんは薬物中毒とウェイトレスとしての長時間労働に苦しんでいた。覚せい剤を作っている男と付き合い始め、自分も使うようになった。その後、妊娠し、男の子を産んだ。
覚せい剤をやめてから5年後、パートナーとよりを戻したが、男はクリスティーンさんを売り始めた。搾取されているように感じ、打ちのめされたクリスティーンさんは男の元を離れ、ホームレスになった。息子はあとから迎えに行くつもりで友人に預けた。しかし数年後、リハビリを終えた頃には息子の養育権を失っていて、息子もクリスティーンさんとの再会に関心がなかった。
ホームレスをしている時に、2人目の子ども(娘)を産んだ。クリスティーンさんはケースワーカーに相談し、地域密着型の非営利団体で支援を必要とする家族に住宅、カウンセリング、その他の社会サービスを提供する「シールズ・フォー・ファミリーズ(Shields for Families)」と呼ばれるプログラムに参加した。
クリスティーンさんがこの団体にいた3年前、アジャ・ブラウン市長(当時)が訪ねてきた。コンプトン・プレッジに応募するためにクリスティーンさんが自分の名前を書いたのはこの時のことだ。
この"お金"のおかげで、クリスティーンさんはなんとか生活を維持し、経済的安定に向かって確実に歩んでいる。
例えば、車を買うこともできた。 クリスティーンさんはこの車を使って、ウーバーイーツ(UberEats)の配達員として近所で稼いでいる。その経済的な経歴のせいで、コンプトン・プレッジが足がかりをくれるまで誰もクリスティーンさんにお金を貸してくれなかったという。
「コンプトン・プレッジのいくらかを貯金に回して、4000ドルを蓄えることができました」
「これだけあれば、誰もこれまでの経済的な経歴を気にしません。車のローンも組めましたし、わたしの信用も改善しました」
コンプトン・プレッジを運営しているグループは、収入保証は政府の生活保護プログラム —— しばしば資金が足りず、付帯条件が付いている —— の問題に対処するには必要不可欠だと主張している。
「収入保証は地域に暮らす不法滞在者や元受刑者への投資にもなります」とコンプトン・プレッジの共同ディレクターであるニカ・スン・シオン(Nika Soon-Shiong)氏はInsiderに語った。不法滞在者や元受刑者の場合、全員が生活保護にアクセスできるとは限らない。
「そうすることで、この国の崩壊した、懲罰的な生活保護の制度の現実に取り組むことができます」とスン・シオン氏は言う。
コンプトン・プレッジのような収入保証プログラムの人気は2021年、アメリカ各地で急速に高まった。年末までに少なくとも11の現金を手渡す実証実験がスタートすると、Bloomberg CityLabは1月に報じている。また、何十人もの市長が今年、「Mayors for a Guaranteed Income」に加わっている。
コンプトン・プレッジからのお金は、受け取る人の他の給付金には影響せず、課税対象にもならない。また、このお金を受け取っても、移民がアメリカ市民になろうとする際に影響を及ぼす「生活保護者」と見なされることもない。
低所得者向け食料購入補助制度(フードスタンプ)やその他の給付金へのアクセスにも影響がないため、クリスティーンさんの可処分所得は増えた。自分の家族を養うだけでなく、クリスティーンさんは「コンプトン・ホームレス・アウトリーチ(Compton Homeless Outreach)」という非営利団体を立ち上げることで、コミュニティーの他の人々を支援している。クリスティーンさんと彼女が通う教会は、コンプトンで生活するホームレスの人々に食べ物や洗面道具などを配ったり、ホームレス生活を抜け出そうとする人々に生活に必要な指導を行うなどしている。
「コンプトン・プレッジを見て『自分で努力しない人をどうして助けるのか?』と考える人もいるでしょう」とクリスティーンさんは語った。しかし、彼女はそれが事実でないことのよい見本だ。
「これがわたしを助けているし、他の人々のことも助けるんです」
(翻訳、編集:山口佳美)