イラスト:iziz
シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。今回は小学生のお子さんを2人育てている中間管理職の女性からのお悩みについて、佐藤優さんにお答えいただきます。さっそくお便りを読んでいきましょう!
IT企業に勤め、中間管理職をしながら小4と小1の子どもを育てております。
上の子どもには中学受験の準備をさせようとは思ってはいるのですが、中学受験塾の説明会などに行くと、結局やっていることは志望校の出題傾向や解き方のテクニックを教えることなのだと気付きました。つまるところ、「レベルの高い学校教育」なのだなと思っています。
ただ、本当に子どもに学んでほしいことは、正解のない世界で、自ら解をつくっていく方法です。コロナによるDX推進や世界的な脱炭素の影響もあり、日本でも産業の入れ替わりが起きていると感じます。世界の複雑性もどんどん高まっている。そんな中で、力強く生き抜いていける子どもを育てるには、親はどうしたらいいのでしょうか?
共働きのため世帯年収は1500万円以上あるのですが、中高から海外留学させられるほどではありません……。子どもは活字よりもYouTubeなどに触れる機会が多いためか、活字は苦手で、その分音声や視覚的な認識能力の方が高いように感じます。
(カーテンさん、40代、女性)
受験勉強では生き抜く力はつけられない
シマオ:カーテンさん、お便りありがとうございます! 確かに今は、先行きが不透明で、将来の予測が困難な「VUCA」の時代だなんて言われますものね。
佐藤さん:カーテンさんがおっしゃるように、受験塾でそのような力をつけるのは無理でしょう。塾というのは基本的に受験に合格させることを目的としているものですから、そこで世の中を生きる知恵まで得ようとするのは、八百屋で魚を注文するようなものです。
シマオ:では、どうしたらいいんでしょうか?
佐藤さん:そこがなかなか難しい問題で、一つは収入の制約です。もし、世帯収入が3000万円あるというなら、解決は比較的簡単なのです。
シマオ:どういうことでしょう?
佐藤さん:家庭教師をつけるのです。それも大学生のアルバイトなどではなく、若くして大学の助教レベルになっている優秀な人に希望を伝えて、独自のプログラムを組んでもらう。やっていた勉強法や、どんな本を読み、どのような考え方をしてきたのかを教わるのです。ただし、交通費を入れて、週2回でざっくり月15万円くらいが相場なので、1年でだいたい200万円が塾代とは別に必要になります。
シマオ:それは一般家庭ではかなり厳しいですね……。しかも、世帯収入3000万円なんてごく一握りのお金持ちですよ! カーテンさんの1500万円でも十分豊かな家庭だと思いますが、そういった方向けにもできる方法を知りたいです。
佐藤さん:個別指導塾に通うという手があります。ただし、これはその指導塾のマネージャーに裁量があって、かつ力量のある先生が在籍していることが前提となります。まず、その教室の室長さんにカーテンさんの問題意識を伝えて、受験のためだけではないカリキュラムを組んでもらえるかどうか。そして、講師をしている大学生などの中から、本当に教えるのが好きな人がいるかを確認してください。それならば、1時間半で6000円くらいとして、週2回通えば、年間60万円くらいになります。
シマオ:それくらいなら、何とかなるかもしれませんね。でも、いい先生かどうかってどう見分ければいいんでしょうか?
佐藤さん:まず、行き当たりばったりでない学習計画をちゃんと出してくれるかどうかです。それから、子どもが前のめりに勉強をするようになるかどうかで、すぐに分かるはずですよ。あとは、頭の回転の速い人にありがちなのですが、子どもに対してイライラしないかどうかです。子どもの思考のペースに合わせた指導ができるかどうかは大切です。
中学受験は「予防接種」のようなもの
元国会議員の鈴木宗男さんは、選挙活動をしていた時に、突然ビンタをされたことがあるという。
イラスト:iziz
シマオ:なるほど。受験とは別の目的を持った学習計画を立てることが大事なんですね。そもそもなんですけど、世の中を強く生きていくために「中学受験」って有効なんでしょうか?
佐藤さん:中学受験をどう考えるかは、親子の価値観次第なので正解はありません。ただし、「強く生きる」という観点のみから考えれば、「公立中学から高校受験をするよりも、中高一貫校の方が大学受験に有利」という単純な見方には私は懐疑的です。
シマオ:どうしてですか?
佐藤さん:世知辛い世の中で生きるために求められるのは「非認知スキル」、すなわち学力では測れない部分が大きいからです。それを身につけるためには結局、世の中の多様な人たちの中で揉まれる経験が必要になってきます。
シマオ:非認知スキルというのは具体的にどのようなものなのでしょうか。
佐藤さん:シマオ君も就職してから分かったと思いますが、世の中にはいろんな人がいますよね。言葉で通じる相手もいれば、そうでない人もいる。
シマオ:たしかに。突然高圧的に出てきて、手に負えないお客さんとかいますよね。
佐藤さん:そういう人にどう対応するか。元国会議員の鈴木宗男さんは、選挙活動をしていた時に、突然ビンタをされたことがありました。それに対して鈴木さんは怒ることなく、その人の手をギュッと握って目を見つめ、「鈴木宗男です」と言ったそうです。
シマオ:それはすごいですね……普通は慌てるかキレるかしてしまいますよね。そういう人間としての力が非認知能力ということですね。
佐藤さん:はい。中高一貫校に入るということは、早くから周囲が同質的な人間になるということです。それでは多様な人間と交わる経験をすることがなかなかできません。学力だけの人間はいざとなると弱い。それは私の経験からも言えることです。
シマオ:じゃあ、中高一貫校より公立中学の方がいいってことですかね。
佐藤さん:もちろん、中高一貫校のメリットもあります。日本の中高のカリキュラムは無駄が多いので、中高一貫校なら中学のうちから高校のカリキュラムを始めることができます。そうすれば大学受験にも余裕を持って臨めますし、高校時代に好きなことに打ち込むこともできる。公立中学のように、多様な人が集まる場所には当然トラブルも起きます。対して、比較的同質な人の集まりである一貫校であれば、そうした人間関係に煩わされる確率が低くなることは確かでしょう。
シマオ:うーん。悩みますね……。
佐藤さん:中学受験というのは「予防接種」のようなものなんですよ。一貫校に入れば、社会に対する「免疫」となって一定期間は守ってくれる。ただし、自分で「抗体」をつくった訳ではないので、いずれ効果は切れ、そこに直面しなければならない。公立に行けば、自然と社会に対する免疫力がつくけれど、「感染」のリスクもあるということです。どちらにしても、いずれ大人になれば免疫力をつけなければいけません。
親として伝えるべき最も大事なことは?
シマオ:結局、カーテンさんのお便りにも書いてあるとおり、「正解のない世界で、自ら解をつくっていく」ためには、これを身につければOK!とはいかないということですね。
佐藤さん:もちろん、基礎的な学力をおろそかにしてはなりません。非認知スキルはその上に立って、体験や読書などで身につけるものですから。
シマオ:あくまで土台は基礎的な学力なんですね。そちらを身につける上で、いい方法はありますか?
佐藤さん:これについては基本的な教材に取り組み、高校の教科書レベルまでを欠損なく身につけることが目標です。カーテンさんのお子さんが自分で積極的に取り組むことができるようなら、公文式のような受験とは関係のない基本の勉強を続けるのもよいかもしれません。公文と言うと算数・数学のイメージですが、国語の教材も非常によくできていますから。
シマオ:そうなんですね! 最後になんですが、佐藤さんは、親が子どもに伝えるべき最も大切なことは何だと思われますか?
佐藤さん:家庭を通じた歴史です。生まれた国の歴史があり、父親・母親の歴史がある。お父さんとお母さんがどう知り合ったのか、どういう風に生きてきて、人生において何を喜び、何を後悔したのか。そういった価値観を伝えることが最も大切だと思います。
シマオ:たしかに! そういう話を聞くと、自分がどうして生まれたのかが分かって、自己肯定感につながりますよね。
佐藤さん:はい。なので、実はとても重要なことなんです。そして、それは親子関係を相対化することにもつながります。
シマオ:といいますと?
佐藤さん:難関校の生徒のお母さんは2つのパターンに分かれます。子どもに対してそこそこ頑張って好きなことをすればいいと言うお母さんは、自身が高学歴であることが多い。いい学校を出て、いい就職をしたけど、出産・育児もあってどこかで限界を感じているのです。一方、子どもの尻を叩いて勉強させるお母さんは、自分や夫にさほど学歴がないということがコンプレックスになっていることが多いと感じます。
シマオ:極端なんですね……。
佐藤さん:本当はその真ん中くらいの感覚が良いのですが、バランスを取ることはなかなか難しいようです。いずれにせよ、親の子どもへの思いというのは、親自身の価値観が投影されます。そのことに親も子どもも自覚的になって損はないでしょう。
シマオ:ありがとうございます。教育の問題は一筋縄にはいきませんね。カーテンさん、いかがでしたでしょうか。お母さんとしていろいろ悩みは尽きないと思いますが、ご参考になりましたら幸いです。
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。それではまた!
※この記事は2021年12月1日初出です。
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。