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ネットフリックスはキャッシュを生んでいるか?
前回までで、ネットフリックスが毎年120億ドル(約1.4兆円)以上の巨額をコンテンツの製作や買い付けに充てている様子を見てきました(図表1)。
(出所)Netflix Financial StatementsのConsolidated Statements of Cash FlowsにおけるAdditions to content assetsとChange in content liabilitiesの合計額から算出。
ストリーミング配信でネットフリックスと激しいつば迫り合いを演じているウォルト・ディズニー・カンパニー(以下、ディズニー)が過去に買収したピクサー、マーベル、ルーカスフィルムの3社を合わせた買収額は154億ドル(約1兆7700億円)です。
つまりネットフリックスは、この3社を買収できてしまうほどの金額を、毎年コンテンツ製作につぎ込んでいることになります。
となると、気になりませんか? そんなに大胆にお金を使っていても、ネットフリックスは安定的に利益を出せているのでしょうか。
図表2は、ネットフリックスの5年間の営業利益と営業キャッシュフロー(CF)を示したグラフです。
(出所)Netflix Financial Statementsより筆者作成。
営業利益は継続に伸びています。では営業CFは……と見てみると、驚いたことに営業CFは2017〜2019年まで3年連続でマイナスが続き、2020年度にようやくプラスに転じています。
企業の財務分析をしていると、「営業損益(もしくは純損益)は赤字だけれど営業CFはプラス」というのは時々見かけるものです。その一例が本連載の第49回で取り上げたアマゾンで、同社は純損益が赤字だったものの、営業CFは十分に生み出しており、営業CFの範囲内で積極的に投資を行っていました(図表3)。
(出所)アマゾンの決算書およびStrainerから筆者作成。
しかしネットフリックスはこれとは逆、営業利益は出ているのに営業CFはマイナスという、あまり見かけない形です。
なぜこういう形はあまり見かけないのかというと、理由は主に2つあります。
まず、ほとんどの企業では、現金支出を伴わない「減価償却費」が計上される分、利益は実際の入出金(CF)よりも少なくなるから、というのが一点目。二点目は、通常のビジネスでは売上が立ってから実際に入金されるまでにタイムラグがあり、利益→キャッシュの順番で認識されることが多いからです。
では、営業利益が出ているのに営業CFがマイナスという、このネットフリックスのケースはいったい何なのでしょうか?
そこで試しに、EBITDAと営業CFを比べてみることにしましょう。
EBITDAの詳しい説明は本連載第56回を参照いただきたいのですが、EBITDAとは要するに「金利、税金、減価償却、無形固定資産の償却を控除する前の利益」を表したもの。企業が生み出す本質的なキャッシュフローの源泉を簡易的に把握するためにM&Aの実務の現場などでもよく用いられる指標であり、通常は営業CFとも近しい数字になります。
ところが……。
(出所)Netflix Financial Statementsより筆者作成。
いかがでしょう、営業CFとEBITDAにはかなり大きな差がありますね。この4年間では、その差なんと100億ドル以上です。
一方、EBITDA÷売上高で表現されるEBITDAマージン(売上高に占めるEBITDAの比率、図表4の折れ線グラフ)は60%前後で、営業CFがマイナスの年が続いていた会社とは思えないほどEBITDAの水準が高いことが分かります。つまりEBITDAで見ると、ネットフリックスは売上高の割合に対してもかなり高いキャッシュ創出能力があるということです。
にもかかわらず、EBITDAと営業CFには大きな差があり、営業CFがマイナスの年もあるというのはますます不可解です。
そこで原因を突き止めるために、営業CFがマイナスだった2019年度の当期純利益から営業CFまでの流れを分解してみましょう。
こうして分解してみると、原因は一目瞭然ですね。先にも触れた「コンテンツ投資」は、まさにこの、当期純利益から営業CFに至るまでの過程の途中に計上されます。その金額は実に146億ドル。このコンテンツ投資が大きく響いて、この年度のネットフリックスの営業CFは結果的にマイナス29億ドル近くにもなっていたのです。
ここで疑問に思った方もいるかもしれません。「コンテンツ『投資』というからには、営業CFではなくて投資CFに計上するものなのでは?」と。実際、コンテンツへの投資は全額費用計上されるのではなく、貸借対照表(B/S)に資産計上されたのち、各企業で決めた年数(ネットフリックスでは4年)に応じて償却しています。
それなのに、ネットフリックスがコンテンツ投資を営業CFに計上しているのはなぜかというと、おそらくエンタメ業界の会計基準という理由によるものと考えられます(※1)。会計基準上の制約から営業CFに含めざるを得ないものの、このコンテンツ投資は、実態としては投資CFに含めてもおかしくない項目だということです。
ネットフリックスのコンテンツ投資は120億ドルを超える額です。もしネットフリックスがコンテンツ投資を営業CFではなく投資CFに計上していたら、決算の数字はかなり違った様相になっていたことでしょう。
もしコンテンツ投資が投資CFに計上されたら?
そこで思考実験として、ネットフリックスのコンテンツ投資を営業CFではなく投資CFに計上した場合を考えてみることにしましょう。
ここでは、「営業CF−コンテンツ投資」=修正営業CF(コンテンツ投資を含まない営業CF)とします。この修正営業CFと営業利益、EBITDAを合わせて示したのが図表6です。
(出所)Netflix Financial Statementsより筆者作成。
いかがでしょうか。もしコンテンツ投資を営業CFに計上しなければ、ネットフリックスのEBITDAと修正営業CFはほぼ同じ水準になります。これはネットフリックスが、修正営業CF、営業利益、EBITDAのどの水準においても高い利益構造を持っていることを示しています。
これで先ほどの疑問がきれいに解消しました。
ディズニーと比べても、ネットフリックスのEBITDAの大きさは顕著です。EBITDAではネットフリックスのほうが約1.4倍、EBITDAマージンに至っては3.2倍以上もディズニーを上回っています(図表7)。
これらの意味するところは、ディズニーよりネットフリックスのほうがキャッシュを生み出せるビジネスモデルであり、利益構造としても効率的だということです。
ちなみにこのEBITDAマージン、平均的な水準は業界によって当然変わってきますが、日本のサービス企業の上場企業平均で10.6%(※2)、「乾いた雑巾を絞る」と形容されるほどコスト管理に厳しいトヨタで14.1%、いま株式市場の期待が最も高い企業のひとつであるテスラでさえ18.4%です(※3)。
これらと比べれば、19.7%というディズニーのEBITDAマージンも十分に高いことが分かりますが、それすら小さく見えてしまうほど、ネットフリックスが叩き出している63.4%という数字は驚異的なのです。
ネットフリックスの時価総額がディズニーのそれを超えた理由の一つは、このような収益構造を株式市場が高く評価したことが挙げられるでしょう。
コンテンツ投資の資金源は?
ここまでで、ネットフリックスは営業利益も修正営業CFも、年を経るにつれてきれいに成長させていることが分かりました。では、こうして生み出されたキャッシュをどのようにコンテンツ投資に使っているのでしょうか?
図表8をご覧ください。これは、修正営業CF(=コンテンツ投資を含まない営業CF)と修正投資CF(=コンテンツ投資〔による支出〕を含む投資CF)の過去5年間の推移です。あわせて、修正営業CF+修正投資CFで計算される「フリーキャッシュフロー(FCF:企業が自由に使えるお金)」も記載しています。
(出所)Netflix Financial Statementsをもとに筆者作成。
このグラフからお分かりのように、ネットフリックスは投資額に対して十分に大きい修正営業CFを稼いでいるものの、2019年まではそれを超える投資をしています(この中には当然、コンテンツ投資も含まれます)。
ここで、本連載第50回で取り上げたアマゾンの例を思い出しましょう(図表9)。
(出所)アマゾンの決算書およびStrainerから筆者作成。
アマゾンは、2010年代は純利益はほとんど出ていませんでしたが、営業CFは潤沢に出ていました。主な理由は減価償却です。アマゾンはビジネスからキャッシュを生み出す力を十分に持っていたものの(従って営業CFはプラスになる)、多額の減価償却が差し引かれるため利益は減ってしまっていたのです。そしてアマゾンは、利益以上に稼いだ営業CFのほとんどを投資CFに回していました。
このアマゾンの例に比べると、2019年までのネットフリックスはさらにアグレッシブです。すでに十分な営業利益を出しており、それを上回る営業CF(厳密には修正営業CF)以上の投資を毎年していたことになります。
では、営業CFを上回る投資をするために足りない資金をどうしていたのか。決算書を確認すると、借入を通じた財務CFで賄っていたようです。その証拠に、長期借入金の残高は2017年以降増え続け、FCFがプラスに転じた2020年を境に減少しています(図表10)。
(出所)Netflix Financial Statements
なお、ネットフリックスの負債比率(負債/純資産)はディズニーと比べても高い水準にあります。
(出所)Netflix Q3 2021 Financial StatementsおよびThe Walt Disney Company fourth Quarter and Full Year Earnings for Fiscal 2021より筆者作成。
ネットフリックスは、ビジネスモデル的には十分にキャッシュを生み出せるものの、自ら生み出すキャッシュに加えて、借入をしてまでコンテンツに120億ドルを超える投資(ディズニーのコンテンツ投資額の2倍以上)をすることで、良質なコンテンツをつくり続けているのです。
アメリカでは今や、ネットフリックスで観られるコンテンツの実に40%がオリジナル作品です(※4)。ネットフリックスのオリジナル作品はネットフリックスでしか観られません。「ここでしか観られない」魅力的な作品をネットフリックスが世に送り出し続けるかぎり、“エンタメ界の王者”ディズニーといえども簡単にネットフリックスの牙城を崩すことはできないでしょう。
そしてこの強みがあるからこそ、ネットフリックスはディズニーより高い月額料金であっても世界で2億人もの会員を獲得することができるのです。
未来の市場を開拓し続けるネットフリックス
VHS全盛の時代にDVDの宅配レンタルを始め、DVDの全盛時代にはストリーミング配信をスタート。そしてストリーミング配信が普及し始めた頃には、圧倒的な資金力を用いてオリジナル作品への投資を行う……。このようにネットフリックスは、常に市場の一歩先を読んだ事業戦略を進めてきました。
スタートアップの世界では、新規事業において「Product Market Fit(PMF)」という考え方があります。これは、想定する顧客がプロダクトを熱狂的に欲しがるような状況を達成することを言います(※5)。
このPMFの発展型が「Product Future Market Fit(PFMF)」です(※6)。PMFはすでに存在している市場にプロダクトが受け入れられることを言いますが、PFMFはまだ明確には存在していない、潜在的な市場においてプロダクトが受け入れられることを言います。
PFMFを達成した近年の例としては、スマートフォンが世の中に広く普及する前にプロダクトの開発を始めたウーバー(Uber)やエアビーアンドビー(Airbnb)が挙げられます。より最近の例では、電気自動車のテスラやメタバースに舵を切ったフェイスブック(現メタ)なども、まさにPFMFを狙っていると考えられます。
ネットフリックスの過去の事業展開を見ていると、同社はまさに、過去20年以上にわたってPFMFをやり続けてきた企業だということに気づきます。
ネットフリックスがDVDの宅配レンタル事業を始めた当初、DVDのタイトルはわずか800本程度にすぎませんでした。VHSのタイトルは数万本以上あるにもかかわらず、です。ネットフリックスはこのとき、DVDがPMFを達成する前であることを逆手に取って、「すべてのDVDのタイトルが揃っている」というブランディングを行いました。
その後、ネットフリックスはDVD宅配レンタルで上場するも、自らの事業のカニバリゼーションとなるようなストリーミング事業を、まだ高速ネット回線が普及していない2007年に始めます。2013年にはオリジナル作品の製作にも着手。その後の快進撃は——みなさんもよくご存知のとおりです。
さて、ネットフリックスは次なるPFMFをどの領域で狙っているのでしょうか?
その手がかりになりそうなのが、図表12に示したアメリカにおけるテレビ視聴時間の構成です。
※ストリーミングの内訳金額は、単位未満を四捨五入しているため内訳の計と合計に誤差が生じている。
(出所)「Netflix FINAL-Q3-21-Shareholder-Letter」をもとに編集部作成。
これを見てもお分かりのように、確かにネットフリックスは快進撃を続けていますが、視聴時間でいうとテレビ放送やケーブルテレビよりはるかに少ないのが現状です。逆に言うと、ネットフリックスにはまだまだ伸びしろがあるということです。
ネットフリックスは、自らの戦う市場を「時間」と捉えています。この「時間」という市場では、テレビ以外にもSNSを見る時間、TikTokを見る時間、読書の時間、ゲームをプレイする時間もすべてが横一線の競合です。実際、2021年10月にフェイスブックが世界的な接続障害に見舞われて数時間のサービス停止を余儀なくされた際、ネットフリックスへのエンゲージメントは14%も上がったといいます。
ここから予想されることは、ネットフリックスは今後、「未来の時間の使い方」をPFMFさせるように事業展開を進めていくだろうということです。
“エンタメの王者”ディズニーの時価総額をも超えた今、ネットフリックスは「時間」という市場で、GAFAを筆頭とするテックジャイアントたちを向こうに回してどんな戦いを繰り広げていくのか。
私たちの時間の使い方や消費生活をも変えていく可能性を秘めた、ネットフリックスの次の打ち手に注目です。
※1 Netflix, "Overview of Content Accounting," Investor Relations, January 2020.
※2 「EBITDAマージン」『ザイマニ』を参照。
※3 トヨタは2021年3月期、テスラは2020年12月期の決算数値をもとに計算。
※4 “Netflix Originals Now Make Up 40% of Streamer's Library in the U.S.,” 16 August 2021, COLLIDER.
※5 田所雅之『起業の科学』日経BP、2017年。
※6 田所雅之『起業大全』ダイヤモンド社、2020年。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。