自分の好きな道を選び、チャレンジし続けている人たちは、どんなパートナーを選んでいるのでしょうか。
パートナーとしての決め手や、リスクをとる決断や心が折れそうなピンチを乗り越える時、どんな言葉が支えになったのかなど、妻と夫にあえて同じ10の質問をすることで掘り下げます。
第9回は、トライバルメディアハウス社長の池田紀行さんと、不妊カウンセラーでハウススタジオオーナーでもある池田麻里奈さん夫婦。
2019年に特別養子縁組で長男を迎えた二人は、どのように支えあってきたのでしょうか。
—— 出会いのきっかけと結婚の経緯は?
夫とは、私が20代後半に働いていた監査法人グループ内の同僚として知り合いました。
付き合うようになって驚いたのは、夫の社交性の高さです。地元の小樽に連れて行っても、すぐに私の友人たちと打ち解けて、いつの間にか輪の中心にいるんです。
思い出に残っているのは、交際1週間目くらいに半ばノリで行った沖縄旅行。3月というのに嵐に見舞われて、石垣島に着くはずだった飛行機は宮古島へ。宿をとるのも大変で、空港は予定変更にいらだつ人であふれていましたが、夫は「土砂降りの沖縄も面白いかもね」と全然気にしていなくて。とれた宿もボロボロでしたが、想定外のオプションを楽しんでいる様子に、「どこでも生きていけそうな人だなぁ」と思えました。
取材はハウススタジオでもある鎌倉の自宅で行なった。
—— なぜ「この人」と結婚しようと思ったのですか?
私自身はそれほど結婚を急いでいなかったのですが、結果的に、出会った翌年には結婚する急展開になりました。
きっかけは、私の最愛の父に末期がんが見つかったこと。小学生の頃に両親が離婚して、シングルファザーとして私を育ててくれた父に余命宣告が突きつけられたことを電話で聞き、涙が止まらなくなりました。この電話を受けたときに隣にいたのが夫でした。泣き崩れる私の肩を抱き、泣き止むまでずっと寄り添ってくれて、優しさに触れました。
その数カ月後に夫からプロポーズを受けたのですが、「お父さんに早く花嫁姿を見せたいと思った」と後から聞きました。父もとても喜んでくれました。
父のことが時期を早めるきっかけになりましたが、結婚相手として彼を選びたいという気持ちももちろんありました。決め手はやっぱり前向きさ。時には「なんでそんなに前向きになれるの?」とちょっと寂しく感じることもあったけれど、日常ではいつも夫のパワーに引っ張ってもらってきたと思います。
生活への不安? 結婚当初に夫が独立したばかりだったからですか? 私は全く気にしていなかったです。むしろ出会ってまもない頃から、「この人は“稼げる力”を持っている!」と直観しました。それは単純に「お金持ち」という意味ではなく、「何があってもどこででも仕事をつくれる人」という意味です。
なぜなら、夫はいつも楽しそうに夢中で仕事の話をしていたから。夫はマーケティングの仕事が大好きで、どこに行っても、何をしていても、マーケッター視点で世の中を見て考えて話す人。コンビニに寄れば「この棚に商品を置くにはね……」と嬉々として話すんです。そんな姿を見て、「絶対食いっぱぐれない人だな」と確信がありました。
「養子縁組考えて」夫に綴った手紙
—— お互いの自己実現を支援するために、大切にしてきたことは?
私自身は特にキャリア志向はなくて、「結婚して子育てする」という平凡な暮らしが憧れでした。でもその“平凡”が決して当たり前ではないことを自覚して、結婚3年目から始めたのが不妊治療でした。
不妊を自覚してから、私にとって人生で最も実現したいことは「子どもを産み育てること」なのだという思いが急速に強くなりました。タイミング療法でも体外受精でもダメで……と不妊治療を続ける中で、「養子をとる選択肢も考えてほしい」という意思は幾度となく夫に伝えていました。
でも、「なぜそれを望むのか」については伝えられていなかったし、私自身も深くは考えられていなかったと思います。
なぜ「産み育てたい」のか。一人ひとり、理由は違います。私にとってのそれを、自分の言葉で手紙に書いて夫に伝えたら、理解してもらえました。手紙にはこんなことを書きました。
「あなたが仕事で成功したり、活躍したりすると、私もすごくうれしい。あなたにも実現したい夢があったように、私にも夢があって、それが子育てなのです。私の体で産むことはもう難しいけれど、子どもを迎えてあなたと子どもの話がしたい。残りの人生を子どもを育てる時間に使いたい。養子縁組を考えてほしい」
夫婦で足並みを揃えて自己実現をかなえるには、相手の自己実現欲求にも理解と共感を示して尊重の意思を伝えることが大事だと思いました。「伝えるための努力」って、本当に必要なんだって。しかも、その努力は絶え間なく続けないと、あっという間にバラバラになってしまう。
せっかく二人で歩むと決めたのだから、楽しい人生にしたいですよね。人生は努力なしでは楽しくならない。楽しく生きるために、私は必死に努力しています。
—— パートナーから言われて、一番うれしかった言葉は?
不妊カウンセラーとして活動していくときに、実名で顔を出して発信していくことに少し迷いがあったんです。私だけでなく夫にとってもナイーブな情報を公表することになるし、人前で話せる自信もなくて。
夫に相談すると、「君の体験を話せるのは君しかいない。誇りをもってすればいい」と背中を押してくれました。「この活動は、同じ悩みを抱えてつらい人のために始めたいと言っていたよね。世の中の全員に理解してもらおうなんて思わなくていい」とも。以来、“自分にできること”をやればいいんだと、肩の力を抜いてチャレンジできるようになりました。
また、夫も同じように使命感を持って積極的に発信している姿勢は心強いですね。夫を変えてくれたのは息子です。息子が夫の前に現れた途端、彼のスイッチが入ったのが分かりました。
ある日の食卓で、「彼が大人になったときのためにも、特別養子縁組で子どもを迎えることが当たり前の社会にしたい。ビジネスで培った知識や経験を、これからは社会的養護のために使っていきたい」と宣言したのにはびっくりしました。
息子が来るまでは、夫はあくまで私の自己実現をサポートするスタンスだったのに、今はもう自分の意思として向き合っています。子どものパワーって、すごいですね。
保育園は退園し自主保育サークルへ
DIYでリフォームした家の前には広々とした庭と小道が続いている。
—— 日頃の家事や育児の分担ルールは?
最近定着してきたのは、「家事は一気に、二人でやる」という方法。夕食を終えたら、「さぁ、始めよう」と二人とも立ち上がって、食器洗いや片付け、洗濯物の整理、子どもの寝かしつけなどなど、一斉に協力してやるんです。同時にやると「私はやっているのに、ゴロゴロして……」とストレスを溜めることもありません。「まだ座らないで! 終わっていないよ」と注意することもありますが(笑)。
—— 子育てで大切にしていることは?
息子が心から楽しめること、好きなことを何よりも大切にしたいと思っています。「世間がこうだから」とか「皆と一緒じゃないと」と縛られる必要はない。
実は、うちの息子は保育園がどうしても合わないタイプで。試行錯誤の結果、思い切って通っていた保育園を退園して、近隣の家庭と合同で子どもたちと一緒に過ごす「自主保育」のサークルに入ることにしたんです。仕事の調整も大変ですが、なんとかやりくりしつつ、夫婦で協力しています。本人が本当に楽しそうに遊び切って、ぐっすりと眠る姿を見ながら、「この選択で良かったね」と話しています。
養子として育つ彼は、生まれながらにしてマイノリティ。普通に生活する中で、「自分は人と違う」と感じる出来事がたくさんあるはずです。「みんなと同じであること」にこだわらずに、違いを肯定的に受け取れる力を備えてほしい。
私自身もまた、不妊治療を経験して「平凡や普通なんてどこにもない。私だってマイノリティなんだ」と実感し、自分なりの幸せを模索した経験があるからこそ、そう願うのだと思います。
対話の時間は“予約”しておく
—— 夫婦にとって最もハードだった体験は? それをどう乗り越えましたか?
不妊治療の期間もつらかったですが、実は子育てが始まってからの生活の劇的な変化にも、最初はうまく対応できませんでした。
私はカウンセラーとして「夫婦のコミュニケーションを大切に」と言っている立場なのに、自分のこととなると、正直、あまりうまくいかなくて。
今はリモートワークが増えて夫が家にいる時間が増えましたが、当初は家で子育てする孤独や消耗を私が一人で抱える時間が長く、夫婦のすれ違いが起き、一回ぐちゃぐちゃになって空中分解したことがあったんです。
関係の再構築のために必要だったのは「きちんと言葉にすること」。「私は今、こんなことに困っている。だから、こうしてほしい」と具体的に伝える。そして、やってくれたら「ありがとう。○○してくれて助かった」とまた具体的に伝える。この繰り返ししかないですね。「後で言えばいいや」ではなく、違和感はすぐに口にするのがコツだと思います。
加えて、じっくり話し合いたいテーマがあるときは、あらかじめ“予約”しています。例えば、「保育園の送り分担について相談したいから、土曜のお昼に時間ある?」というふうに。すると落ち着いて聞いてもらえるし、解決に向かうことが多いです。
—— これからの夫婦の夢は?
息子が来てくれたことで、私の夢はほとんどかなったなぁと思っています。4年前から念願だった海のそばに移住もできましたし。
あえて夢を描くとしたら、いつか三人でマリンスポーツをしたいです。平凡な風景かもしれないけれど、それが本当に贅沢で幸せなことだと実感しています。
妊娠7カ月で経験した死産
—— あなたにとって「夫婦」とは?
同じ未来を描く同志であり、仲間。どんなに小さな組織でも、決め事をするときには全員の意見が一致するのは難しいですよね。でも、夫婦というたった二人の最少単位の人間関係だったら、ちゃんと向き合えば理解できるはず。せっかく好きで一緒になったのだから、向き合う努力は続けたいですね。
私のお腹に7カ月いた子が死産したときに、「夫婦二人でどんなに強く願って努力しても、どうにもならないことがある」と思い知りました。同時に、それ以外のことは二人でちゃんと話し合えば、なんとか実現できるんじゃないかという気持ちが生まれました。
どこかに行きたいとか、どんな家に住みたいとか、こういう仕事がしたいとか。大抵の願いはちゃんと話し合って計画して努力すれば手に入ると思います。幸せそうな人を見て、「うらやましい」だけで終わらせることがなくなりました。
—— 日本の夫婦関係がよりよくなるための提言を。
言葉の力をもっと大切にしていきたいですね。些細なことでもいいから「ありがとう」「これをやってくれて助かった」ときちんと伝える。これ、仕事ではできていても、家族に対してはなかなかできないんですよね。
もしも周囲との関係がうまくいかなかったとしても、一番身近にいる夫との関係を丁寧につくっていけたら、心の支えになると思います。たった二人の関係に向き合う努力を、私も続けていきたいです。
(▼敬称略・夫編に続く)