アップルのティム・クックCEO。
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2021年4月のアップルのプライバシーポリシー改定により、モバイル広告市場に激震が走った。これによって、フェイスブック(Facebook)、スナップ(Snap)、ユーチューブ(YouTube)などのプラットフォームの新規顧客獲得コストがさらにかさむことになったのだ。
「アプリのトラッキングの透明性(ATT:App Tracking Transparency)」という新たなプライバシー保護機能が導入されたことにより、アプリの開発者はユーザーに対し、他社のアプリやウェブサイトを横断して自分のアクティビティを追跡することを許可するかどうかを尋ねなければならなくなった。
ほとんどのユーザーが「トラッキングしないように要求」を選択するため、広告主はターゲットとするオーディエンスの情報やキャンペーンが有効だったかどうかを知るデータを、以前ほど入手することができなくなった。
ゲームやネットショッピングなどの他のアプリに広告を掲載したり、「リターゲティング」(訳注:過去に広告主のウェブサイトを訪れたことのあるユーザーに対して、広告ネットワーク内の広告掲載面に対して再度広告主の広告を表示させること)などの広告手法を利用して新規顧客を獲得しようとする企業は、特に深刻な打撃を受けている。
Insiderは最近の決算発表資料をセンティオ(Sentieo Inc.)の調査ツールを使って分析し、どの企業が最も大きな影響を受けたか、また、それらの企業がマーケティング戦略をどのように変化させているかを分析した。
モバイル広告のコストが上がった
オンラインデート大手のマッチ・グループ(Match Group)、ゲーム販売企業のエレクトロニック・アーツ(Electronic Arts)やロビオ(Rovio)、時計メーカーのモバード・グループ(Movado Group)、フィットネス機器メーカーのペロトン(Peloton)、フリマアプリのポッシュマーク(Poshmark)、アーティストらの作品を販売するマーケットプレイスのレッドバブル(Redbubble)、自宅で歯列矯正ができるキットを販売するスマイルダイレクトクラブ(SmileDirectClub)、ネットショッピングのザランド(Zalando)……。
これら企業の幹部は、第3四半期のモバイル広告環境がいかに厳しく、破壊的で、競争的なものになったか(言い換えればより高価になったか)を決算発表で語った。
ラグジュアリーファッションのオンラインマーケットプレイスを展開するファーフェッチ(Farfetch)の最高顧客責任者、ステファニー・フェア(Stephanie Phair)によると、同四半期の売上高に占める需要創出(マーケティング費用)の比率は「予想をはるかに上回る」クリック単価の値上がりのため、当初計画していたよりも高かったという。
他にも、家具を中心とした家庭用品などのオンライン販売を手がけるウェイフェア(Wayfair)の広告が純売上高の10.1%を占め、前年同期の9%から増加した。同社の最高財務責任者(CFO)によると、iOSの変更が「部分的に」影響したという。
ファッションフリマアプリのポッシュマーク(Poshmark)やソーシャルゲームのジンガ(Zynga)などは、今回のアップルのプライバシーポリシー改定で広告費を削減したが、いずれも再び広告費を増やす可能性がある、あるいはすでに増やし始めていることを示唆している。
ワインのオンライン販売のネイキッド・ワインズ(Naked Wines)は、「現在の成果に見合った水準」まで広告支出を削減したと述べた。モバイルゲーム会社のダブルダウン・インタラクティブ(DoubleDown Interactive)は、同四半期の販売・マーケティング費用を前年同期比で18%削減した。
「モバイルユーザーの1インストール当たりの広告コスト(CPI)は夏の間、上昇傾向にあったため、この時期の広告支出にはより慎重になっていました」とダブルダウン・インタラクティブのCFO、ジョセフ・シグリスト(Joseph Sigrist)は11月の決算発表で述べた。
メディアミックスの変更を検討する広告主も
アップルのプライバシーポリシーが改定されたことで、フェイスブックやモバイルアプリの広告などでの新規ユーザー獲得が困難になったため、メディアミックス(複数のメディアの組み合わせ)の多様化を模索している広告主もいる。
「我々には少なくとも3つから5つの新しい媒体があります。(中略)それらの媒体が前四半期に大きく伸び始めたことから、これらのほうが効果が高いと見ています」と、遠隔医療を提供する会社のライフMD(LifeMD)のCEO、ジャスティン・シュライバー(Justin Schreiber)は述べた。
調査中の決算発表資料によると、アップルの検索連動型広告プロダクト「サーチアド(Search Ads)」は、マッチングアプリのバンブル(Bumble)や上述のファーフェッチといった企業が出稿する場所のひとつだった。
バーンスタイン・リサーチ(Bernstein Research)のアナリストたちは11月上旬に、アップルのプライバシーポリシー改定は、同社の広告事業に年間10億ドルの追加収入をもたらす可能性があると見積もっていた。アップルのサーチアドの価格を1クリック当たりの料金で比較すると、第2四半期にすでに67%上昇しているとバーンスタインのアナリストは指摘している。
それ以外にも、同様のプライバシー保護機能を導入していないモバイルOS「Android」の広告に目を向けた広告主もいる。
「Androidに出稿してユーザーを獲得しようとする動きが少し活発になってきています。これがAndroid側での広告費上昇につながっています」と、バンブルのタリク・シャウカット(Tariq Shaukat)社長は言う。
他媒体への出稿を検討している企業は他にもある。ファーフェッチはYouTubeと提携してインフルエンサーを活用したマーケティングに投資することを発表し、スマイルダイレクトクラブはテレビ広告の比重を増やした。
「テレビ広告の比重を増やすことでエイデッド・アウェアネス(訳注:「助成想起」ともいう。「特定ブランド名や製品名を知っていますか?」という質問に対して「はい」と答えられること)とアンエイデッド・アウェアネス(訳注:「純粋想起」ともいう。「このような製品やサービスで、頭に思い浮かぶブランド名を挙げてください」という質問に対してブランド名が挙がること)の両方が高まります。
これはまた、売上1件ごとに支払いを行うのではなく、高収入の顧客を含む消費者全体に向けて我々の基盤を築くことに焦点を当てた長期的な戦略でもあります」と、スマイルダイレクトクラブのデイビッド・カッツマン(David Katzman)CEOは語った。
これを機会と捉える広告主も
企業の中には、今回のアップルのプライバシーポリシーの変更は、競合他社と比較して自社に有利になる可能性があると投資家らに示唆するところもあった。
ゲーム会社のアクティビジョン・ブリザード(Activision Blizzard)、宿泊施設のオンライン予約サービスのブッキング・ホールディングス(Booking Holdings)、前出のバンブルなどはいずれも、大規模なデータドリブン型マーケティングのさまざまなメリットについて言及している。
アクティビジョン・ブリザードのキング・デジタル・エンターテインメント(King Digital Entertainment)部門プレジデント、ヒューマン・サフニーニ(Humam Sakhnini)は、「iOS端末の広告識別子(IDFA)に関する方針変更によって業界のダイナミズムが変わり、それによって生まれた市場機会に乗じることができた」と述べた。
大手家庭用品メーカーのクロロックス(Clorox)は、他の消費者財メーカーと同様、決算発表でアップルのプライバシーポリシーの改定について直接言及はしなかったが、同社CEOのリンダ・レンドル(Linda Rendle)は11月初めに行われたバーンスタイン運用意思決定会議(Bernstein Operational Decisions Conference)で、変更には周到に準備していたと語った。
レンドルCEOは同社が広告への投資から得た利益に言及し、「費用はかかりましたが、実際のところ広告のROIは上がりました」と話している。
(翻訳:渡邉ユカリ、編集:常盤亜由子)