今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
フェイスブックはなぜ、社名をメタ(Meta)に変更してメタバースという新しいバーチャル空間に乗り出したのでしょうか。その背景には、資本主義の構造が大きく関係していると入山先生は言います。文化人類学者の大川内直子さんの『アイデア資本主義』の考え方も交えながら入山先生が解説します。
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GAFAMの中で、フェイスブックだけが変化してこなかった
こんにちは、入山章栄です。
今回からこの連載の主な司会進行を、BIJ編集部の小倉宏弥さんが務めてくれることになりました。収録の模様を音声で公開していますので、よろしければそちらもお楽しみください。
BIJ編集部・小倉
入山先生、改めましてよろしくお願いいたします。
さて、先日フェイスブックが社名を「メタ」に変更しました。これからネット上の仮想空間であるメタバース事業に本格的に取り組むのだそうですが、果たしてメタバースは今後の本命のテクノロジーになっていくでしょうか。
なるほど……結論から言うと、僕はメタバースの可能性にかなり期待しています。
いわゆるGAFAにマイクロソフトを加えたGAFAMなどIT企業の大手は、常に新しい事業への進出を検討しています。なぜならこの業界は変化が激しいため、いつまでも同じ事業を続けるのが難しい。だからいつも次の主力事業を模索している。
どんどん新しい事業を始めてはそれを成功させているのが、GAFAMの中ではアマゾンやマイクロソフトなどでしょう。
アマゾンはもともとECの会社でしたが、いまの稼ぎ頭はAWSというクラウドサービスです。
マイクロソフトも、もともとはウインドウズ95などパソコンのOSをつくっていましたが、それももはや飽和状態になり、いまはクラウドサービスのAzure(アジュール)へと主力事業を変更しました。これがうまくいっているので時価総額も上がっている。
そんな中、フェイスブックだけはなかなか大きな変化をとらえて対応することができていませんでした。同社がいままでしてきたことといえば、メッセンジャーアプリ「WhatsApp」の買収や、写真投稿SNS「Instagram」の買収です。
もちろんいままでの成功も素晴らしいですが、これらはすべてSNSです。つまりフェイスブックはずっとSNSのテリトリーから出なかった。
しかしもはやSNSも飽和してきています。だからフェイスブックの時価総額は世界ランキングでは7位と、やや停滞気味なんですね。なおかつ最近は「(フェイスブックは)自社の利益を優先している」という元社員による内部告発もあり、社内もゴタゴタしているようです。
フロンティアを開拓すると資本主義が発展する
しかしついにフェイスブックも、メタバースというまったく新しい世界への進出を決断しました。このニュースについて考えるとき面白いヒントとなるのが、先日、僕が日本経済新聞の書評で取り上げた大川内直子さんの『アイデア資本主義』という本です。いま僕の周りでも、かなり注目されている本ですね。
この本によれば、資本主義の本質とは「未来への投資」。目の前にある消費に今持っているお金を全部使うのではなく、一部を貯めておいて未来への投資に回す。それが資本主義の根本だと言えるのだそうです。だとすればそこで大事なのは、「フロンティアが切り拓かれること」だと著者の大川内さんは主張します。
未開の地が切り拓かれれば、そこに投資すべき未来が生まれる。例えば、歴史上それが起きた大きな転換点が大航海時代でした。
航海技術が発達したことで、ヨーロッパからアメリカ新大陸やインドなどに行けるようになった。すなわち地平のフロンティアを切り拓いたわけです。そこには未知のビジネスチャンスがあるから、人々はそれに投資をするようになり、このとき世界初の株式会社である東インド会社が生まれた。
株式会社の仕組みがリスク分散を可能にしたため、資本家たちは航海する船に積極的に投資をするようになったのです。このように、「フロンティアの開拓と資本主義の発展はリンクしている」というのが大川内さんの説です。
ところが、いまや世界中はつながり、人類は地球上を開拓し尽くしてしまった。あとはもう宇宙と海底しか残っていません。そこを開拓するには、まだ技術的な課題やコストが大きいので、いま人間は自分たちの内面に向かっている。
だから現代は内面を切り拓くアイデアにお金がつく時代であり、それが「アイデア資本主義」だと大川内さんは主張します。たしかにそんなふうに考えてみると、テスラやスペースXを率いるイーロン・マスクの一見突拍子もないアイデアに、とんでもない高値がつく現象も説明できるでしょう。
メタバースというまっさらなバーチャル空間
さて、ここからが僕の論考ですが、もうひとつのフロンティアは、コンピューター技術によって生まれたバーチャル空間と言えるのではないでしょうか。そしてGAFAはこのバーチャル空間の中で圧勝し、日本企業は勝てなかった。
しかし、SNSなどのバーチャル空間はスマホというデバイスに限定されており、ある意味で飽和しつつあります。だから重要なのは、これからの第2回戦です。
スマホ上のSNSの戦いがデジタルにおける第1回戦だったとすれば、これからはネットとリアルを融合させるIoTでの戦いになる。デジタルのフロンティアを切り拓く第2回戦です。
そこで勝利を収めるには「リアル」が強くないといけない。IoTはものがネットにつながることなので、ものづくりが強くないといけないからです。
そう考えると、世界でものづくりが強いのはドイツと日本ですから、これからのデジタル第2回戦では、日本企業にも大いにチャンスがあると僕は考えています。
さて、フェイスブックに話を戻しましょう。フェイスブック改めメタは、IoTに強くありません。ものをつくれないし、ものづくりをしたいわけでもない。でもSNSはもう飽和している。
そこでザッカーバーグは、メタバースというVR(バーチャル・リアリティ)に打って出ることにしたのではないでしょうか。
いままでわれわれにとってバーチャル空間とは、パソコンやスマホの中にあるものでした。しかしVRゴーグルやヘッドセットから見える世界のほうに人々を移せば、そちらに新しい空間をつくれる。
おそらくザッカーバーグは完全に「メタバースというまっさらなバーチャル空間」のフロンティアを切り拓いて、そこのプラットフォーマーとして圧勝するという構想を描いているのだと思います。
今後はヘッドセットの改良がカギに
BIJ編集部・小倉
なるほど。表面的にはかなり大きな賭けに見えましたが、むしろこれからの有望な投資先を他に先んじて取りにいったということですね。
その通りです。フェイスブック改めメタが、いまさらアマゾンと同じクラウドサービスなどを始めても仕方ない。それにメタバースの世界でライバルが現れるとしたら、GAFAMの中ではアップルかグーグルくらいでしょう。
ただし問題は、われわれの可処分時間が限られていることです。人間には1日24時間しかないので、どれだけリアルからメタバースのほうに人々を連れてこられるかがポイントになる。
でも徐々に「メタバースのほうが便利だよね」となれば、会議もメタバースで行われたりして、パソコンのほうのバーチャルからメタバースのほうに奪っていけるかもしれない。
どこかのタイミングで一気にその流れが来たら、その時点でメタバースを全部押さえているプラットフォーマー企業が勝つ、というのがザッカーバーグの描く長期計画でしょう。
BIJ編集部・常盤
さきほどアップルやグーグルの名前が出ましたが、GAFA以外の会社がメタバースに参入してきて、あっという間に追いつかれたりしませんか?
その可能性はあると思います。僕は技術に関しては素人ですが、メタバースを制するポイントは、いかに使いやすい器材を開発するかではないでしょうか。
僕もオキュラスの古いヘッドセットを持っていますが、使いにくいし、着けたときの見た目も今ひとつ。特に眼鏡をかけていると装着感がよくありません。
これは僕の個人的な意見ですが、VRの普及の一番の壁は、「人は根本的にヘッドセットをつけたくない」ということ。アクセサリーや眼鏡などは別として、人間はよほどのことがない限り、体に余計なものをつけたくないんですよ。
ただしこれから技術改善が進み、眼鏡と大差ないくらいの装着感や見た目になれば、たぶん一気に普及する可能性があるでしょうね。
BIJ編集部・常盤
ザッカーバーグは、「メタバースは向こう10年間、利益を生まないかもしれない」と言っています。それだけの投資ができる体力のあるうちに、新しい種をまこうということでしょうか。
そういうことです。この領域がとれればプラットフォーマーになって一人勝ちできるので、10年間は赤字覚悟で勝負を賭けている。
逆に言うと、SNSが完全に飽和状態になった今、ここで勝負をかけないと、時価総額も伸びないしこれ以上儲からない。もちろん失敗するリスクもありますが、打ち手としてはむしろ当然でしょう。ザッカーバーグは新しいフロンティアを切り拓きに来たのです。
BIJ編集部・小倉
なるほど。新しいフロンティアを開拓しない限り、資本主義社会では伸びていかない。だからこそフェイスブックはメタバース空間に乗り出したんですね。まさに現代の東インド会社と言えるかもしれません。
入山先生、ありがとうございました。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小倉宏弥、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。