REUTERS/Charles Platiau
2013年3月に深センで開かれたITリーダーフォーラムは、BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)の創業者3人が顔をそろえた。スマートフォンの普及によって、メッセージアプリWeChat(微信)がコミュニケーションツールとして急速に浸透し、モバイル決済や配車アプリも徐々に使われるようになった頃だ。
アリババグループはこの年にジャック・マー氏がCEOを退任して会長となり、翌年ニューヨーク証券取引市場に上場する。まさにIT業界が社会のインフラとして存在感を高めつつあったが、中国企業は利益の追求にフォーカスし、社会的責任は重視されていなかった。
政治に目を向ければ習近平氏が同年3月に国家主席に就き、中華民族の復興を目指す「中国の夢」が国民的スローガンになっていた時期でもある。
マーのスピーチからは、国を代表する企業家となり、さまざまなイベントに呼ばれて「ITの未来」「中国の国際化」を語ることを期待されていると自覚しつつ、企業の責任や人生の意義を重視する姿勢がうかがえる。
以下では、同フォーラムでのマー氏のスピーチの抄訳をお届けする。
この世に生まれたのは仕事のためではなく、人生を楽しむため。私は自分にそう言い聞かせています。一生仕事ばかりしていたら、絶対に後悔します。48歳のこれまで仕事=生活でしたが、これからは生活を仕事にしたいです。
ビジネスがどれほど成功しようと、どれだけ尊敬を集めようと、私たちは人生でさまざまな経験をするために生を受けていることを忘れてはいけません。仕事に忙殺されるだけの人生なら、間違いなく後悔するでしょう。
私は70、80歳になって会社の朝の会議に出たくないし、出たとしたら同僚は「出るな」と言いづらいでしょうしね。
昨夜、皆さんとお喋りをしながら(アリババ創業以来)14年の間に経験した面白いこと、過ち、そして出会いった素晴らしい人々のことを思い出しました。そうすると寝付けなくなって、14年間でこんな面白い経験をしたけれど、その後はどんなことがあり、壮大な未来を描けるのだろうと考えました。
2013年。NY上場を翌年に控えた48歳のマー氏は、中国で存在感を増すIT業界のカリスマ経営者として英雄視されていた。
Reuters
私たちは夢追い人です。素晴らしい夢を持って、夢を捨てませんでした。しかし「中国の夢」とは何でしょう。13億人の中国人は13億の違う夢を持っているはずです。いわゆる「中国の夢」は、1つの夢ではありません。13億人が違う夢を持っているから、今日、明日があります。
私は今日、ITの未来については語りません。そういうのは(テンセントCEOの)馬化騰や(バイドゥCEOの)李彦宏が話せばいい。私は彼らより何歳か上ですが、年長者の方が先が見えるとか、イノベーションを起こせるなどとは決して思ってはいけません。
私がここで話すのは、夢を現実にする方法です。実現できない夢は空想、妄想です。最近よく聞く「空論は国を危うくし、実行は国を繁栄させる」の言葉の通りです(注:習近平国家主席は就任時から「空談誤国、実幹興邦」のスローガンを掲げ、実践を重んじる姿勢を示してきた)。
IT企業が長続きするために欠かせない4要素
私はテクノロジーを学んだことがなく、ITはど素人、マネジメント、プロダクトも詳しくありません。しかし最終的に自分にできることを見つけました。それはマネジメント、リーダーシップを通じて、夢を実現することです。私はITクラスタのほとんどの人たちに比べて、そこには時間をかけているのではないかと思っています。
何かアイデアを思いついたら、どう実現しますか。どうやって絵空事でない、実現可能性のあるプランにしますか。大企業の小さな行動は往々にして将来の成長に影響します。企業だけでなく社会の大きな変革につながることすらあります。
馬化騰のWeChat(微信)だって偶然の思いつきで生まれました。(モバイル決済システムの)アリペイ(支付宝)だって、ちょっとしたアイデアが巨大なイノベーションになったわけです。やるかやらないかが、産業と業界の成長、そして国のシステム、政治の改革にもつながるのです。
ある県のトップがこんな話をしていました。世界経済に巨大な危機が発生しました。欧州経済も危機に陥りました。だから私の県の経済も不振です。私はそのトップに聞き返しました。「だから何?」と。
アリババが今日まで存続できた重要な要因は、自分たちのことにフォーカスしたことです。人は公正無私である必要はありません。「私」がない人は「公」もないのではないかと思っています。
ITの発展を振り返り、今足りないのは技術と思想でしょうか。違います。足りないのは技術、思想を現実にする力です。多くの人がITの技術、思想を使っていますが、マネジメントはまだ20世紀のままです。
インターネットには4つの特性があります。「オープン」「透明」「シェア」「責任」です。あなたのマネジメントがこの4つの特性を伴っていないなら、きっと長続きしないでしょう。覚えておいてください。夢があるのは尊い。けれど、夢を持ち続けるのはもっと尊い。それを現実的で、正確な方向に導くのはさらに尊い。優秀な企業、優秀な従業員、優秀なビジネスモデル、どれもマネジメントによって育つものです。口だけではできないのですよ。こういうフォーラムでインプットしたことすら、それほどあなたのためになるとは思いません。
世界をよくしたいなら、まず自分が変わらなければいけない
最近行われたとある国際フォーラムで、中国企業の国際化が議論されました。ここには工場がある、あそこは外国人を招聘している。どこそこは新たな市場を開拓しているなどなど。私は、国際化の思想と国際化事業は別物だと思っています。中国は国際化の戦略や思想を持っている企業は非常に少ない一方、国際事業を手掛けている企業はとても多い。
中国企業の国際化は戦略、思想、体制、人材、カルチャーの国際化です。IT・インターネット業界にいる人も、自分たちがIT・インターネットの思想、カルチャーを有しているか考えてみましょう。つまり「オープン」「透明」「シェア」「責任を引き受ける」の精神があるかどうか。それがあなたの未来を決めるでしょう。
あなたが夢を現実にできないなら、それは空想や愚痴、不満になります。私がこれまで会った中で一番多かったのは不満を言う人です。社会には問題が山積みですが、それは自分と関係のないものですか?
世界をより良いものにするために動くか否か。他人を変えたいならまず自分が変わらなければ。世界をよりよくしたいなら、自分をよりよくすること。人を助けたいなら自分を助けましょう。
経営者は、マネジメントを強化しなければなりません。この4、5年、数えきれないほどIT、インターネットのフォーラムに参加しましたが、残念ながらIT企業のマネジメントについて聞くことはほとんどありませんでした。どうやって組織、カルチャー、人材をうまくマネジメントするのか。
人材はマネジメントによって育つと言いましたよね。生態系に決定的な影響を及ぼすのはトラやライオン、象ではありません。企業は優秀なバイスプレジデントを招聘すると嬉しいようですが、生態系を決める要素は微生物です。企業が良いベースをつくれるかは、一般社員の採用にかかっています。中国の教育の水準だって大学の数や大きさではなく、小学校教育にかかっているでしょう。
友達付き合いもマネジメントのうち
IT企業に携わる仲間たちは、普通の人を採用して、非凡な人に育てることを心掛けなければいけません。採用は大変重要です。WiFiは世界を変えるでしょう。そのことに異論はないですよね。ビッグデータ時代は人間の生活を変えるでしょう。それも異論なしでしょう。でもどうやって変えるのですか。小さいことから、自分から、そしてあなたが採用した人から始めるのです。そうすることでしか夢は実現しません。
私が最も恐れるのは、ライバル企業がマネジメント、組織、カルチャー人材に力を入れ、これらを競争力とすることですよ。こういうフォーラムに来て大局を話す人ってのは、経営をしたことがないか、経営ができない人です。最もたくさん登壇した教授、エコノミスト、官僚を思い出してごらんなさい。誰か今、経営をやっていますか。企業の本質を考えてみましょう。政府に不満があったとき、「もっと管理を厳しくしろ」と言ってはだめです。企業が倒産するのはイノベーションや人材が足りないのではなく、マネジメントの思想が欠落しているからなのです。
2021年10月、ジャック・マー氏はオランダで久々にカメラの前に現れた。
Reuters
そしてカルチャー。カルチャーって何でしょう。社内報とか文章を書くとかそういうものは企業カルチャーではありません。企業カルチャーというのは、言語化した内容に深みが必要なのです。人材を金を稼ぐロボットにしてはいけません。私たちに必要なのは、従業員を魅力的な人にすることです。魅力的だったら友達がいるでしょう。友達がいる人は商売も自然と上手になります。友達付き合いだってマネジメントのうちです。
では、社長ってどんな存在でしょう。私はマクロベースの法則、原理は語りません。語るのは実際に経験した、技術を全く分からない人が商売をする方法、普通の従業員が昇進していくステップです。マネジメント、カルチャーが優れていて、その背後には大きな理念がある。本物の経営哲学がないと、企業を大きくすることなんてできません。
マネジメント能力の高い人に潜む毒
欧米のマネジメントの水準は非常に高いです。日本の細やかなカルチャー、マネジメントも尊敬に値します。中国のほとんどの企業は現在、欧米から少し学んでいます。明日は日本から学ぶでしょう。その先は歴史や故事から学ぶかもしれません。つまりマネジメントの体系には標準がなくて、混乱しています。しかし中国の大きくて深い文化の中から、感じ取れるものはたくさんありました。
皆さんに言いたいのは、中国には老荘思想という理想のリーダーシップがあります。儒家思想は、私たちがマネジメントを強化するのに最良の教科書です。仏教は人としての道を教えてくれます。リーダーシップ、マネジメント能力が高い人は、必ず毒をはらんでいます。だから仏教の思想で解毒するのです。
あなたが自分の企業に深みを出したいなら、カルチャーや品性が必要です。そういうものがあってこそ、企業も商品もサービスも味わいが出て、人は楽しく働けるのです。真面目に生活し、楽しく働きましょう。私は真面目一辺倒の仕事は特に嫌いです。仕事は真面目にやりすぎなくていい。楽しく働けばいいのです。楽しいから自分を変革できるのです。まじめにやるとKPI、プレッシャー、愚痴不満が積み重なるだけです。それじゃあロボットになってしまう。
しつこいですが最後に言わせてください。口を酸っぱくして言っていることです。私たちは空気、水、食品の安全性を気にしているでしょう。人類や中国にとってGDPで世界で何位ということより水がきれい、空気がきれい、食べ物が安全ということがよほど重要です。ちょっと貧乏なくらい、いいじゃないですか。
これ以上GDPの成長を求めなくてもいいはずです。必要なのは「グリーン」でしょ。良い環境があって私たちは健康でいられるのだから。企業が成功すると、不健康になりがちです。不健康の重要な兆候は、話が長くなることですよ。人に聞かせるつもりなのに、みんな聞きたくない。ご静聴ありがとうございます。
(翻訳/構成・浦上早苗、写真・VCG/VCG via Getty Images、連載バナー画像デザイン・星野美緒)