左からクラウス・マティスン、マフズ・アハメッド、リンジー・マッコーミック、ロバート・ロカシオ。
Marianne Ayala/Insider提供
コロナ禍が始まって数カ月。ボストン コンサルティング グループ(BCG)のマネージングディレクター兼シニアパートナーのデボラ・ロヴィチ(Deborah Lovich)は、会議冒頭で部下に次のように語りかけた。
「夫の喘息がかなり悪いんです。麻酔専門医なんですが防護具がなくて、喘息を抱えたまま手術に携わっています。そのせいで私もストレスがたまっていて、いつものように機嫌よくしていられないことがあるかもしれませんが、許してくださいね。みんな調子はどう?」
これはただのポーズではない。BCGのレポートによると、コロナ禍の中、同僚に満足しつながりを感じられている人は、声に出してそう言う確率が3倍高く、生産性もコロナ禍前と同じかそれ以上であるという。
テクノロジー、サプライチェーン、社会正義に関する問題に対する人々の意識が変化するなか、CEOの職務内容の意味合いも変化しつつある。
経営幹部は組織の重要な意思決定を行い、それによって業績の45%に貢献しているが、ここ数年で起きた出来事(警察官の暴行による黒人男性ジョージ・フロイド氏死亡事件や、新型コロナによる景気後退、2020年の大統領選挙、アジア系ヘイト、2021年1月の米議事堂襲撃事件など)により、CEOたるもの財務的な業績にのみフォーカスしていたのでは足りなくなっている。
コロナ禍が与えた影響について、サステナブルなパーソナルケアブランド、バイト(Bite)の創業者兼CEOリンジー・マッコーミック(Lindsay McCormick)は、こう表現する。
「CEOが統率するという幻想は打ち砕かれました。スローダウンして基本に立ち返らなければいけませんでした」
リーダーシップの専門家は、CEOは業績を高めつつ、持続可能性も担保するために新たなスキルを身につける必要があるという。一例を挙げれば、増加傾向にあるリモート社員を統率する能力や、在庫調達の遅延や炭素排出目標への対応力などだ。
また、コミュニケーション力や共感力といったスキルに長けていなければ、優秀な人材に魅力を感じてもらえず自社に引き留められなかったり、新型コロナウイルスがもたらした変化に対して間違った戦略を導入してしまうリスクがある。
同質性も長年の課題だ。2020年時点で、S&P500企業のCEOのうち89%が白人であり、女性CEOは31人しかいなかった。一方、ジェームズやマイケルという名前のCEOは40人もいた。
そこでInsiderは、さまざまな社会事象に対応するうえでCEOに不可欠となるスキルにはどのようなものがあるか、専門家に話を聞いた。
利益を追うよりビジョンを示す
話を聞いたCEOのうち複数が、金儲けよりも重要度を増しているのは幅広い事業のミッションのほうだと話す。マッコーミックも次のように指摘する。
「ただ低コストなだけの製品なんて誰も求めていません。投資先の企業が社会に貢献しているのか、知りたいのはその点なんです。このことは、これからCEOになる人たちにぜひ覚えておいていただきたいですね」
社会や環境にも貢献する大きなパーパス(存在意義)を仔細に示せるCEOは、従業員の協力を得られる確率が53%高い。これがひいては売上を21%高め、離職率を抑える効果があることが分かっている。
「人間は社会的な生き物です。あれをしろ、これをしろと言うだけではダメなのです」と言うのはコロンビア・ビジネススクールのメイベル・エイブラハム准教授(Mabel Abraham)だ。「しっかりと理由を説明して、心から協力したいと思ってもらう必要があります。組織の一員として、正しい方向に動いている、正しいことをしていると納得してもらわなければいけません」
自分と価値観を同じくし、かつ給与を支払ってくれる組織に勤めたいと考える人は増えている。なお、自分の仕事、職業、キャリアに意義があると考えるアメリカの成人の割合は、2017年の24%から17%に低下している。
しかし、サステナビリティやダイバーシティの強化といった課題を、マーケティングのためだけに持ち出すのはやめたほうがいい。顧客は企業の本気度を知りたがっているからだ。「企業のDNAにしっかり組み込まれていないといけません」と前出のマッコーミックは言う。
自らしっかりとコミュニケーションを行う
多くの組織において、CEOは公開書簡を出したり、大規模な会議に出席したり、社員に対する暴力事件に対応する際などに、コミュニケーションの責任者という役割も担っている。
ある調査によると、コミュニケーションスキルが低いと、士気の低下、プロジェクトの未完、業績目標未達、売上低下などを招くという。また、コミュニケーションのまずさによって、大企業なら1年あたり平均6420万ドルの損失、中小規模なら42万ドルの損失を招くおそれがあるという研究もある。
マッコーミックは、複雑な情報を面白く、かつ詳細に伝える自身の能力こそがCEOとして最も重要だと考えている。メディア取材や有料の講演を行うだけでなく、人気テレビ番組「シャークタンク(Shark Tank)」にも出演したほか、YouTubeのコンテンツ制作も行っている。
マッコーミックは、自身が現場主義なのはテレビ業界で働いた経験があるからだという。バイト社の動画マーケティングは外注することもできたが、恋人や共同創業者が撮影した動画を自ら編集することにした。「お客様のために、私の理想通りの動画を作りたいんです。これは私にとってとても大事なことなんです」
フィードバックに耳を傾ける
国境や業界をまたいで事業展開する組織が増えるなか、リーダーは労働環境や関連するトレンドを深く理解し、知識にギャップがあるならそれを認識しなくてはならない。有能なリーダーとは担当するさまざまな領域やプロセスの概略をつかんでいるものであり、最高のCEOとは率直で実行可能なフィードバックの価値を理解できるものだ。
CEOが「コマンド・アンド・コントロール」型のメンタリティを脱して真に組織を支えようとするなら、安心してフィードバックを受けられる環境を作る必要がある、と多くの専門家が指摘する。
定期的に全社会議を開催するのもいいだろうし、グラスドア(Glassdoor)やリンクトイン(LinkedIn)に書き込まれたコメントを読んだり、オフィスアワーを設けたりするのもいいだろう。ある分析によると、パフォーマンスにフィードバックを与える文化が根付いている企業はそうでない企業に比べ、複数の財務指標で2倍の差が出る。
マッコーミックは、バイト社の最初の製品となった歯磨きタブレットに対して家族や友人が寄せてくれたフィードバックは、耳が痛い内容ではあったが改善ポイントを知るうえで重要だったと語る。
「『こんなの毎日使いたくない』など手厳しいことも言われましたが、自分のエゴやプライドを傷つけずに受け止められたのは、テレビ業界で自分の仕事をさんざん酷評され慣れていたからでしょうね」とマッコーミックは笑う。
謙虚になる
CEOという仕事は、進むべき道筋を示し、社内の利害やその他の力関係を理解しなければ務まらないものだが、「CEOは最高権力者である」という考えではそのことに気づけない。人が耳を貸す人物にこそ、いわゆる「インフォーマルパワー」が宿るのだ。
北欧で不動産業を営むNREP社のクラウス・マティスンCEO(Claus Mathisen)にとって、謙虚さとは、自分が答えを知らないときに正直であることだ。
例えば、NREPは2028年までにカーボンニュートラルを達成するという野心的な計画を掲げている。「目標を達成できるか分からないというところはしっかり認め、社内でもそう言わなければならないと思います。そのうえで、当社にはスキルのある社員、正しい目標、正しい価値観があるのだから、課題解決に貢献できるはずだと信じるのです」
真の共感と敬意を示す
共感とは、他者のニーズを思いやり、理解し、それを取り込むことだ。共感があることで、事業はさらにうまくいく可能性がある。共感力の高い幹部がいる職場は、よりイノベーティブで意欲も高まるという。ワークライフバランスもとれ、バーンアウトを経験する可能性も低い。女性が辞めにくくなる点も特筆に値する。
ディスィズ(DISYS)やシグネチャーコンサルタンツ(Signature Consultants)などのIT関連サービス・人材紹介事業を手がけるマフズ・アハメッドCEO(Mahfuz Ahmed)は、共感力のおかげで、どうすれば社員が家族のケアをしやすくなり、彼らがさらに能力を発揮できるかを理解できたという。アハメッドは子育て中の社員が多いことに気づき、最近、休暇日数の上限を撤廃した。
実績を認め、それに見合う報酬を与え、社員を信頼することで、CEOはより大きな共感と敬意という企業文化を育むことができるのだ。
(翻訳・カイザー真紀子、編集・常盤亜由子)