「Smart Kitchen Summit」公式サイトより。
出典:The Spoon
フードテックメディア『The Spoon』を主催するマイケル・ウルフ(Michael Wolf)は、人類の日常の中で、最も重要なパートを占める「食」の未来を最も知る人物の一人だ。
彼が2015年から主催するイベント「Smart Kitchen Summit」には、食とテクノロジーの最新のトレンドが集まり、私たちが数年後に口にすることになる「当たり前の食」を知る、ほぼ唯一のチャンスと言っても過言ではない。2020年には日本でも開催されたこのイベントが2021年11月9日・10日にアメリカでバーチャル開催され、ここでも熱い議論が交わされた。
Business Insider Japanは今回、マイケル・ウルフに独占インタビューした。国内メディアのインタビューに彼が答えるのはほぼ初のことだ。
彼が考える未来の我々の食には、どんな世界が広がっているのか?
食とテクノロジーの融合は「必要だった」
フードテックメディア「The Spoon」の創業者で、Smart Kitchen Summitの仕掛け人、マイケル・ウルフ。
出典:取材の模様を筆者キャプチャー
「いかにして、テクノロジーが我々の料理を変化させるのか、議論する必要性を感じたから」
マイケル・ウルフは、サンフランシスコでメディアに携わる仕事をしていた2015年に、フードテックのメディア「The Spoon」を立ち上げた。当時、フードテックという、非常に面白い進化を遂げようとしている領域を報じるメディアが存在していなかったことが理由だった。
ウルフはフードテックに携われることは、非常に恵まれたことだとふりかえる。
一般の消費者がいかに変化していくのか? どのように新しい食を見つけるのか? いかに代替タンパク食品が受け入れられるのか? ── もともとウルフが持っていた興味を追究していくイベントとして、Smart Kitchen Summitが開催されるようになった。
未来の食の最新トレンド
ウルフ氏が立ち上げたフードテックメディア「The Spoon」。
Business Insider Japan
テクノロジーによって食が進化する ── 2021年のイベントでも、非常に多くのトピックが議論されたと、ウルフは語る。
「例えば、キッチンで役立つデジタルレシピプラットホームは、6年前から議論されてきました。新しい領域としては、食の3Dプリントで興味深い技術が進歩しています。デジタルパティシエのマリーン・コール・ベレさんのスピーチは面白かったです。
また発酵は、非常に興奮すべき新しい可能性を秘めた技術であり、より多くの消費者が発酵を自らのキッチンに取り入れることになるでしょう」
ウルフは熱っぽく、続ける。
「こうしたアイデアは日本からも出てきます。“スシ・テレポーテーション”は記憶に新しいところです。またメタバース(仮想空間)で、いかにして食事を誰かと共有するか?というテーマは、パンデミックの経験から必然的に出てくるアイデアとなりました」(ウルフ)
2018年のSXSWに出展された、東京で作ったピクセル寿司をテキサスのイベント会場でロボットアームを使って再現するプロトタイプ展示
出典:Team Open Meals
こうした議論は、今の次点では夢物語やギークな会話に聞こえるかも知れない。しかし、ここ数年起こったことを見ていくと、(例えば)Smart Kitchen Summitで3年前に話された内容は、実際にスタートアップによって具現化され、消費者に届き始めている。
アルゴリズムで最適な加熱をコントロールする「Anova Precision Oven」(約6万円)をはじめとしたスマートな調理器具や、インポッシブルミートや培養肉などのいわゆる「代替肉」がまさにそうだ。驚くほど素早いスピードで、アメリカの食の景色は変化したという。
そして今、数年遅れで日本でもその波が観測できるようになってきた。
「もったいない」日本のポジション
リアル開催だった2019年のSKS Japanの様子。
出典:SIGMAXYZ Inc.
ウルフが2010年代後半からSmart Kitchen Summitを日本で開催したのも、食の革新が起きうる日本を目覚めさせたかったという思いもにじむ。実際、大手家電メーカーはテクノロジーを持っていながら、それを市場に先駆けて発表するチャンスをつかめずにいる様子を、アメリカから見ていたからだ。
興味深いことに、食文化は各国によって異なっていながら、食が直面する課題は世界で驚くほど共通性が高い。例えば「食の廃棄」(フードロス)の問題は世界中でいかに削減するかが議論されているし、食糧確保と地球温暖化対策の両立は、欧米の10代の食の趣向を変えさせるだけのテーマとなった。例えば牛肉のハンバーガーを提供するファストフードは、「牛肉を食べるのは環境に良くない」という若者の客足を取り戻すために、こぞって代替肉のメニューを投入している。
またスーパーでも、これまで牛肉が占めていた棚を大豆ミートなどの代替肉が侵食し、ホールフーズやセーフウェイといった米国大手スーパーのプライベートブランドでの参入も相次いでいる。
アマゾン傘下の大手スーパー、ホールフーズの植物肉のPB商品。365というのがPB商品のブランドだ。
出典:Wholefoods
食に対して保守的で、機能よりも手間や精神性を重視する日本は、テクノロジーに対してどうしても後手に回りがちだ。しかし、歴史が深い日本の食文化からは、現在フードテックで注目されている「発酵」や、食材を無駄にしない食べ方など、世界各国が注目する領域も多い、とウルフは指摘する。
「せっかく新しい調理方法を実現する技術を日本メーカーが持っていても、これを製品化し消費者市場に投入できないまま、米国のスタートアップに先を越されてしまう場面が幾度も見られています。日本の家電業界は、よりフードテックとユーザー視点を取り入れることで、大きなポテンシャルを競争力に変えられるはずだ」
ウルフは日本の技術に期待を寄せており、日本にはまだチャンスがあるという。フードテックには、まだまだ新しい世界が拡がり続けるからだ。
「また面白い領域として、レストラン・テクノロジーがあります。ロボットが給仕するレストランや、コンテナ型のレストランのコンセプトなど、さまざまなことが起こっており、“フード・ロボティクス”というテーマが確立し、来年も注目されるでしょう。
ちなみに、日本でも注目されつつある代替タンパクについては、既にこのテーマでのイベントが多数開かれています。代替タンパクが既に米国市場では一般化しつつあり、その多様化も進んでいるのです」
新年の「CES2022」でもフードテックのパビリオン
「配膳ロボット」も広義のフードテックの1つ。直近の話題としては、写真とは別の機種になるが、すかいらーくが2022年4月までに全国の1000店での導入開始を表明している。
撮影:安蔵靖志
The SpoonやSmart Kitchen Summitで、フードテックの議論の集約に努めてきたウルフは、食の進化の中心地を追いかけ続けている人物と言える。
世界最大級のテクノロジー展示会であるCESが、そんなウルフについに白羽の矢を立てた。2022年1月にラスベガスで開催されるCESで、フードテックのイベントを開くことが決まったのだ。
「実は2016年からCESとは話をしてきました。しかし当時、フードテックやスマートキッチンについて、CES側からあまり興味を持ってもらえなかったのです。おそらくこのトピックは早すぎる、と思っていたのでしょう。
しかし2019年1月のCESでは、代替肉ブランドを確立したインポッシブルフードが、第二世代のインポッシブルバーガーをCESで発表し、大きな成功を収めました。これを皮切りに、食の技術のスタートアップがCESにさまざまな製品を持ち込むようになります」
インポッシブルバーガーを発表した翌年、コロナ流行直前の2020年1月に開かれたCES2020では、代替肉大手のインポッシブルフーズが豚肉風の植物肉「インポッシブルポーク」を発表。会場は大盛況だった。
撮影:伊藤有
「インポッシブルはソーセージを翌年披露しましたし、コールドストーンアイスクリームが作れるデバイスもかなりの人気を博しました。
こうして、CESも、食の技術が消費者の心をつかむこと、関心が高まっていることに、ようやく気がついたのです。是非多くの人に、2022年のCESのフードブースを訪れて欲しいですね」
CESのウェブサイトでは、米国時間1月6日の「CES Food Tech Conference」について告知を掲載している。2030年の食と調理がどのようになっているのか? 肉の未来、食料廃棄問題への対処、そしてフードロボットの世界について議論が交わされる予定だ。
(本文敬称略)