撮影:YUKO CHIBA
女性には「自分の体のこと」なのに、人前で話しにくいと感じる話題がある。生理、PMS(月経前症候群)、妊娠、出産、閉経、更年期といった、女性特有の体の変化に関することだ。
起き上がれないほど生理痛が重くても、市販薬を飲んで我慢する。妊娠しつわりがひどくなっても、男性の上司には相談しにくい。重要なプレゼンの日が生理予定日と重なりそうだが、生理を理由にずらすなんてあり得ない——。男性はもちろん、女性自身も体の悩みを「タブー」と捉え、なかなか声を上げられないまま、男性と同じように働くことを求められてきた。
こうしたタブーを企業が乗り越え、女性の健康に向き合うマネジメントを可能にするためには、一体どのような取り組みが必要なのだろうか。パナソニック コネクティッドソリューションズ(CNS)社※のダイバーシティ&インクルージョン推進室が2021年10月に開催したトークセッション「Let‘s talk! Vol.1」から、経営者やマネージャーが実践できるアクションを紹介したい。
※2022年4月からパナソニック コネクト株式会社に変わります。
世界的ムーブメント「Let‘s talk!」を東京で開催
サンリオエンターテイメント代表取締役社長の小巻亜矢さん(中央)をゲストに、CNS社でダイバーシティ&インクルージョン推進を担当する同社常務の山口有希子さん(右)、西川岳志さん(左)がディスカッション。
撮影:YUKO CHIBA
「Let‘s talk!」は、2018年に国連人口基金(UNFPA)とモデルのナタリア・ヴォディアノヴァ氏がトルコ・アンタルヤでスタートさせた世界的なプロジェクトだ。その目的は、タブーとされがちな女性の健康課題について世界各地の声を集め、オープンに語り合うことを通して、女性たちのQOL向上やエンパワーメントに貢献すること。2019年にはケニア・ナイロビで、そして2021年には東京で、「生理」をテーマとした「Let’s talk! in TOKYO」が開催された。
この日のセッションの登壇者は、「Let’s talk! in TOKYO」をオーガナイズしたサンリオエンターテイメント代表取締役社長の小巻亜矢さんと、CNS社でダイバーシティ&インクルージョン推進を担当する同社常務の山口有希子さん、西川岳志さんの3人。CNS社は「Let’s talk! in TOKYO」および、小巻さんが委員長をつとめる子宮頸がん予防啓発活動「Hellosmile(ハロースマイル)」に協賛している。
多くの女性に支えられてきたサンリオだからこそ、女性に寄り添うムーブメントを起こしたい、と語る小巻さん。
撮影:YUKO CHIBA
初の女性館長としてサンリオピューロランドをV字回復へと導いた小巻さんは、「Hellosmile」の活動が縁となり、トルコで開催された「Let‘s talk!」の第1回に参加。その内容に心を打たれ、UNFPAのナタリア事務局長に東京での開催を約束して帰ってきたという。
「多くの女性に支えられてきたサンリオだからこそ、もっと深いところで女性に寄り添うムーブメントを起こしたい。緊急事態宣言下の7月にピューロランドで開催したイベントは、オンラインで600人以上の参加者が集まり、オフラインでも子宮頸がんの検診バスがピューロランドにやってくるなど、『テーマパークがこんなことをやるのか』と言われるチャレンジングなイベントになりました」(小巻さん)
イベント開催に向けて、サンリオエンターテイメントでも生理について“Let’s talk!”してみたと小巻さん。本来、生理は女性だけではなく、男性にとっても身近なテーマだと話す。
「男性側には『むやみに口に出すとセクハラになるのでは』という恐れがある。企業がイノベーションを起こすためには、女性が健康課題を乗り越えられるように組織全体で考えなければならない。女性が働きやすい会社は、間違いなく男性にとっても働きやすい会社になります」(小巻さん)
女性の健康課題が「タブー」になってしまう理由
ある調査によると、健康課題を理由に昇進を辞退(もしくは辞退を検討)したと答えた女性が50%以上もいた、と山口さん。
撮影:YUKO CHIBA
「Let’s talk!」のモットーは、「タブーを考え、自分を知る」こと。CNS社の山口さんは、小巻さんにとって「Let’s talk! in TOKYO」立ち上げ時からの相談役的な存在だったことから、今回のセッションが実現した。
「生理、PMS、不妊治療、更年期障害といった体の悩みは、会社では口に出しにくい。しかし実際には、女性はこれらの健康課題に多くの時間を割いている。言いにくいがゆえに裏に潜んでしまうが、実は非常に重い問題であることが、リサーチを通して見えてきた」(山口さん)
「私自身は根性論世代で、PMSは薬で我慢するのが当たり前、職場に持ち込むのは恥ずかしいという意識があり、乳がんや子宮全摘出も経験した。自分への反省も含めて、この風潮を変えなければという強い思いがある」(小巻さん)
女性の健康課題が「タブー」になってしまう背景のひとつには、女性自身が自分の体を「知らない」ことがある、と小巻さん。痛みに耐えることに慣れ過ぎて、体の変化を見過ごしてしまい、婦人科系の疾患を悪化させてしまうのだ。
PMSのつらさなどは人によって差が大きく、症状が軽い場合、女性同士でも重い人のつらさを理解できないこともある。個人差が大きいからこそ、話すきっかけ、知るきっかけとして対話を継続していく。その上で「何を変えなければいけないのか」を皆が納得しなければ、本当の変化は生まれないと小巻さんは言う。
男性管理職が女性の健康課題を学ぶ研修を
女性本人のみならず、男性管理職に女性の健康課題に関する知識が不足していることも問題だ。山口さんによると、ある調査の結果では、健康課題を理由に昇進を辞退した、もしくは辞退を検討したと答えた女性が50%以上もいたという。この問題はすでに個人の課題ではなく、女性活用を推進したい社会の課題、ひいては会社の課題になっているのではないか、と問いかけた。
上司として、女性の体の悩みへどう関わればいいのか悩むこともある、と西川さん。
撮影:YUKO CHIBA
今回、唯一の男性としてトークに参加した西川さんは、「今日は私にとって会社人生最大のチャレンジで、とても緊張している。たぶんほとんどの男性は同じ気持ちになると思う」と、笑いを交えて率直な思いを吐露。同年代の男性はいまだに「男女別々の保健体育」のイメージが強く、女性の体の問題に関しては、口に出していいのかすらわからないのが正直なところだと話す。
「部下や同僚が体調が悪そうにしていると、男性の上司は気づくことも多い。でも、そのときにどう聞いたらいいのか。セクハラ問題や相手の受け止め方を考えると難しい」(西川さん)
職場全体で健康課題について話す文化をつくることが大切、と小巻さん。
撮影:YUKO CHIBA
「まずは個人的にではなく、社員が健康課題について話す“仕組み”を考え、職場全体の課題として話すのがいいのでは。おすすめは1on1(ワンオンワン)よりもグループ。ふだんとは別に、安心安全に話し合える対話の場を作るのがよいと思う」(小巻さん)
社内で「Let’s talk!」のような対話の場を定期的に持つことで、職場に“文化”ができていくと小巻さん。
「これは男性にも必要なことで、更年期障害のある男性は日本で600万人と言われている。ただ、女性はホルモンバランスの変化が急激なのに対して、男性はゆっくり変化するので表に出にくい。それでも気分が晴れないとか、イライラするといったことは増えているはずで、そこには体の変化が関係していることが多々ある」(山口さん)
「今はフェムテックなど、健康課題を解決するテクノロジーも進化しているので、そういうことも含めて男女が一緒に話していけるといい。そうしているうちに水に馴染むというか、男性も女性も共に話し合っていけることなんだという方向に持っていくことが大事なのではないか」(小巻さん)
山口さんによると、女性活躍が進む北欧では、男性マネージャーは、女性の健康課題を理解し、体調が優れない女性への適切な助言が出来るという。日本でも男性管理職の必須スキルとして、女性の健康課題と、その対応を学ぶ研修をプログラム化したらいいのではないか——と小巻さん。
会社が男性マネージャー向けに研修を実施すれば、職場の雰囲気も変わるのでは、と西川さん。
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「男性上司としても、そういう研修を受けていることを部下が知ってくれていれば、言いやすくなるという面もあるかもしれない」と、西川さんも大きく頷いた。
女性の健康と正しく向き合うマネジメントが必要
健康課題へのタブー感は、世代によってもギャップがある、と小巻さん。
撮影:YUKO CHIBA
女性の生理に関しては、世代間のギャップも大きいと小巻さん。「Let’s talk! in TOKYO」で色々な世代とディスカッションしたが、20代は明らかに生理に対してフラットな感覚があると話す。
「20代が中心となって起業したある会社では、『この期間は私は生理なので、重要な会議は外してください』とカレンダーで共有したり、男性スタッフが『〇〇さん、ここ生理ですよね。会議内容は後での共有でいいですか』とごく普通に話しかけたりしているそうで、日本もずいぶん変わってきたと感じました」(小巻さん)
セッション終了後、リラックスした表情の3人に今日の感想を伺った。
「どんな世代であっても、『今、私の体はどうなっているの?』と自分で自分に問いかけること。まずは自分の健康に意識を向けてみることが大切です。ただ、やはりきっかけがないと体について学ぶのは難しいですから、マネージャーは『女性の健康課題について話す会議を開く』と意思を伝え、スケジュールに組み込んでしまうといい。そういう場を積極的に作り、定期的にディスカッションしていくべきだと思います」(小巻さん)
組織全体で、女性の健康を支援していくというメッセージを伝えることが重要、と山口さん。
撮影:YUKO CHIBA
「そのベースとして、女性を支援するために会議を開くのだという空気を、企業側が醸成することも重要ですよね」(山口さん)
健康課題についての研修のプログラム化や、定期的なディスカッションなど、具体的なアクションを通して「女性の健康課題をサポートする」というメッセージを社会に伝えることが重要だと山口さん。「かけ声だけになってはいけない」という力強い言葉が、日本が少しずつ、全ての人にとって働きやすい社会へと変わりつつあるという希望を感じさせてくれた。
MASHING UPより転載(2021年10月25日公開)
(文・田邉愛理)
田邉愛理:ライター。学習院大学卒業後、センチュリーミュージアム学芸員、美術展音声ガイドの制作を経て独立。40代を迎えてヘルスケアとソーシャルグッドの重要性に目覚め、ライフスタイル、アート、SDGsの取り組みなど幅広いジャンルでインタビュー記事や書籍の紹介などを手がける。