日本に滞在する中長期在留者が持参している在留カード。カードには在留資格が明記されている。
撮影:澤田晃宏
「移民政策への入り口じゃないですか。総理、違うんですか?」
立憲民主党の蓮舫参院議員は、2018年に開かれた臨時国会で安倍晋三元首相に迫った。この国会で議論された最重要法案が、単純労働分野の外国人労働者を受け入れる在留資格「特定技能」を新設する出入国管理及び難民認定法(改正入管法)の改正案だった。
特定技能新設の背景には「技能実習制度」への批判がある。
日本で働くことにより、そこで学んだ知識と技能を途上国に移転する「国際貢献」を目的とする制度だが、実態は人手不足現場の人材確保で、海外からの技能実習生の目的も出稼ぎだ。そうした建前と本音の乖離に加え、一部の劣悪な労働環境や、転職が認められていないなど技能実習生の人権に対する批判が国内外から巻き起こっていた。
特定技能は日本が初めて正面から海外の出稼ぎ労働者の受け入れを認める重要法案だったにもかかわらず、衆院での審議時間は17時間15分、参院では20時間45分 ── 。十分に議論されたとは言えない形で幕引きし、詳細は省令に委ねるという強行採決で2019年4月に新設された。人手不足に陥る介護やビル清掃など14業種を対象に、5年間で約34万5000人を受け入れる数値目標を掲げた。
だが、安倍晋三元首相は冒頭の蓮舫議員の質疑に「移民政策ではない」と否定している。そこには、自民党の岩盤支持層である保守派の反発を交わす巧妙なロジックがある。
特定技能新設の裏で永住権は厳格化
出入国在留管理庁資料などから筆者作成
新設された特定技能は2種類ある。在留期間が最長5年間の「特定技能1号」と、1号の終了者を対象とした在留期間の制限がない「特定技能2号」だ。ただし、2号の対象職種は14業種のうち、建設業、造船・船舶業の2業種のみだ。そのようにした理由は、移民政策ではないとする政府が、あくまで「期間限定の外国人労働者の受け入れ」であることを示す必要があったからだ。
日本で永住権を得るための法律的要件の一つが、「引き続き10年以上本邦に在留していること」だ。すなわち、最長5年の特定技能1号から在留期間に制限がない2号に移行すれば永住権の対象となり、期間限定の外国人労働者の受け入れではなくなる。
一方で特定技能の新設と共に、法務省は2019年5月に永住権のガイドラインを改定している。「引き続き10年以上本邦に在留していること」に加え、「ただし、この期間のうち、就労資格(在留資格「技能実習」及び「特定技能1号」を除く。)又は居住資格をもって引き続き5年以上在留していることを要する」としたのだ。
特定技能1号と同じく、在留できる期間が最長5年の技能実習は、実習終了後に特定技能1号への移行が可能だ。つまり技能実習として5年間、その後特定技能1号として5年間在留すれば、永住権を申請できる。だが、特定技能新設と同時に永住権の条件を厳しくしたことで、技能実習で来日した外国人の永住権の申請は事実上不可能になった。日本の労働力不足を補うために外国人を頼りながら、「移民政策」には反対する保守層に配慮した結果と言えるだろう。
Twitter上で起きた反発
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ところが、岸田政権が特定技能に関する新たな方針を打ち出した。松野博一官房長官は11月18日の会見で、これまで2業種に絞っていた「特定技能2号」を1号の対象となっている14業種全てに拡大する検討を進めていることを明らかにした。
2号に移行するためには業種別の試験をクリアする必要があるとはいえ、1号のような在留期間の制限はなく、家族(配偶者と子)の帯同も認められる。永住権を得るにはほかに、「素行が善良であること」「独立の生計を営むに足りる資産又は技能を有すること」などの要件はあるが、特定技能1号で5年、永住権の就労資格として認められる2号で5年、合計10年間、日本で働けば、永住権の申請ができるようになる。永住権を得ると、在留期間が無期になり、日本人と同じように就労の制限もなくなる。
安倍政権では「あくまで期間限定の外国人労働者」として保守層の反発を交わしてきたが、岸田政権の方針転換により、11月20日にはTwitter上では「 #岸田政権の退陣を求む 」というワードがトレンド入りするなど、反発が起こった。
自民党関係者はこう話す。
「改正入管法には施行から2年で特定技能のあり方を検討することが附則事項に含まれている。コロナ下で出入国の制限がかかり、特定技能外国人の受け入れが想定通りに進まないなか、来年度の見直しは必至だ。保守層の反発はあるだろうが、人手不足業界を無視するわけにもいかない。来夏の参院選に向け、観測気球を上げている状態だろう」
日本世界第4位の移民大国
多くの人手不足が深刻な現場で、外国人に頼っている現実を、私たちはどう考えるべきだろうか。
撮影:澤田晃宏
ただ、いくら政府が移民政策を認めなくとも、日本がすでに移民国家であるのは隠しようもない事実だ。移民に関する定義は国や国際機関により異なるが、国連は「1年以上外国に居住する人」と定め、経済協力開発機構(OECD)は「上限の定めなく更新可能な在留資格を持つ人」としている。
OECDは加盟35カ国の外国人移住者統計を公表しているが、日本の移住者は約52万人(2018年)。日本の移住者は「有効なビザを保有し、90日以上在留予定の外国人」を計上しているという。52万人という数は、ドイツ(約138万人)、アメリカ(約110万人)、スペイン(約56万人)に次ぐ世界第4位だ。
そもそも、移民の是非を問う前に、考えるべきことがある。目下、新型コロナウイルスの変異株「オミクロン」に対応するため、政府は外国人の新規入国を停止した。外国人に依存する人手不足業界は悲鳴を上げている。
技能実習生と特定技能1号の外国人労働者を受け入れる関西のある建設会社社長は、こんな危機感も見せた。
「賃金格差があるから日本に来てくれるわけで、賃金が上がらない国に、いつまでも外国人が出稼ぎに来てくれるという保証はない。外国人に依存していては、社会インフラを維持できなくなる」
国土交通白書によれば、2023年には道路や橋、水門などの河川管理施設の約4割が建設後50年を経過する。高度経済成長期に整備された社会インフラの整備が求められるが、60歳以上の建設技能者が全体の約3割を占めるなど、高齢化が進む。
一方、建設分野の技能実習生は2011年の約7000人から、2020年には約7万7000人まで急増し、若手の労働力不足を補ってきた。移民反対などと言う前に、彼らなしに成り立たない産業の状況こそ議論する必要がある。
(文・澤田晃宏、編集・浜田敬子)
澤田晃宏:ジャーナリスト。1981年神戸市出身。週刊誌「AERA」記者などを経て、フリーランス記者に。2020年、コロナ後に兼業農家を目指し淡路島に移住。教育困難校向け進路情報誌「高卒進路」(ハリアー研究所)編集長。著書に『ルポ技能実習生』、『東京を捨てる コロナ移住のリアル』。取材対象は高卒就職、外国人労働者、地方行政、第一次産業。twitter: @sawadaa078