ソニーは「Sony Technology Day」を開催した。
出典:ソニー
ソニーグループは12月7日、グループ企業内で開発中の技術について外部に公開する「Sony Technology Day」を開催、プレス関係者などに向けて説明会を開いた。
ソニーがTechnology Dayを開催するのは2019年9月に続き2回目。第1回についても、記事にしている。
前回はコロナ禍前ということもあり、各技術を展示して解説するという大々的なものだったが、今回はオンライン開催が主軸。自社サイトとYouTubeで、技術に関する解説デモビデオを公開する形を採った。
ただし、2つの技術のみ、報道関係者向けに体験の場が設けられた。どちらも非常にインパクトの強い技術だ。ここではその2つをピックアップして深掘りしたい。
その1:薔薇もエクレアもつぶさず・落とさず持てるロボット
出典:ソニー
まずは以下の写真をご覧いただきたい。ロボットが「薔薇(バラ)の花」をつかんでいる。花のようにやわらかなものを、落ちないようにそっとつかむのは大変なことだ。
ソニーが開発中のロボット。繊細な人の手に近い「つかむ」動作を新しい発想で実現した。
撮影:西田宗千佳
薔薇の花のようにやわらかく繊細なものもそっと、つぶさずにつかめる。
出典:ソニー
さらには同じロボットが、卵に野菜や紙コップ、木の棒など、さまざまな硬さ・形のものをつかむ。エクレアのような柔らかい食品でも大丈夫だ。
じゃがいもをつかんでみた。花よりは固いが、強くつかみすぎると傷んでしまう。
出典:ソニー
エクレアをつぶさずに持つのは人間でもやっかいだが、ちゃんとつかめる。
撮影:西田宗千佳
おもしろいのが次の動画だ。
片手に柔らかい紙コップ、もう片手には中にプラスチックの粉が入った瓶を持っている。硬さが違うものをそれぞれつかんでいるのだが、さらに瓶から粉を紙コップに注いでも、紙コップは落ちない。
粉が入ることで紙コップの重さや硬さは変わるわけだが、それに対応して、ちゃんと適切な強さでにぎり続けている。
瓶と紙コップのように硬さが違うものをそれぞれの手に持ち、紙コップの中に粉が入って重さ・硬さが変わっても、落とすことはない。
撮影:西田宗千佳
このロボットの特徴は、こうした動作には一切「学習が使われていない」ことにある。
ものを適切にもつ・握るロボットは多数あるが、その多くは、握る対象物がどんなものかを事前に学習し、対象がなにかを識別した上で握る強さを変える。人間も、手に持っているものがなにかを判断して、つかむ強さを変えている。
だがこのロボットは学習をしない。なにを掴んでいるかは判断しないが、どんなものでも、その場で適切な強さで、落とさないように掴む。
その秘密は「発想の転換」にある。
ロボットの手のひらにはゲル状のやわらかい突起がついていて、その裏には静電容量式の触感センサーがある。ものをつかんだ際、この突起が「どの方向にどれだけ歪んだか」を検知している。
「これにより、いかに『モノがすべらないか』をセンサーで検知している」とソニーの担当者は説明する。手の中でモノがすべると突起が大きくゆがむ。同様に、強く握り過ぎてもゆがむ。
そこで、計測した値から「すべって落とさないギリギリの力」をかけてモノをつかむことで、モノの種類を問わずに、「つぶさず、落とさず」を実現しているのだ。
ロボットの手についている「ゲル」。モノをつかんだ際にやわらかな突起が歪んでかかる力を計測することで、モノがどの方向に「すべり落ちようとしているか」を把握する。
撮影:西田宗千佳
このロボット技術は、もちろん産業用にも活用できる。だが、研究の狙いは「人と暮らすロボットの開発」だと担当者は説明する。
産業用なら決まったことをすればいいが、我々が生活する日常では、なにが起きるかわからない。だからこそ、事前の学習が必須でない、柔軟な対応が可能な技術が必要になる。
将来的には、家庭内はもちろん、介護用などの人と接する部分はもちろん、食品業界や店舗での棚卸など、商品バリエーションが多く、繊細な扱いが必要な領域での活用が検討されている。
その2:片目4K・薄型のVR用マイクロ有機ディスプレイ
出典:ソニー
メタバース関連の話題が増えているが、それを支える技術の1つが、VRやARなどに使われる「ヘッドマウントディスプレイ(HMD)」だ。
現在のHMDの課題は、映像の解像感とHMDの重さ・大きさにある。解像度が低いと世界が荒く見えてしまうし、HMDが大きくなると使う側の負担が大きくなる。
それを解消すべく開発されたのが、このディスプレイ技術だ。
使っているのは「マイクロOLED」技術。スマートフォンやテレビなどに使われる有機ELディスプレイ技術だが、より小さく高精細で、現状ではミラーレス一眼カメラのファインダーなどで使われていることが多い。
今回開発したデバイスは、詳細は未公開ながら、約1インチサイズ(正方形)で、片目4K/両目8K(2枚分)の映像を得られる。
1インチあたりのピクセル数で表せば「4000PPI」。スマートフォン向けのディスプレイが400〜500PPI、ミラーレスのファインダー向けが3000PPI程度なので、さらに精細なものになる。
一般的なHMDでは比較的サイズの大きな液晶や有機ELが採用されているが、それらに比べサイズが「20分の1程度」(ソニー担当者)に小型化されているので、HMD自体の小型化にも有利だ。
ソニーが新規開発した、HMD向けマイクロOLEDデバイス。10円玉と比較するとサイズがわかりやすい。これ1枚で4Kの解像度をもつ。
撮影:西田宗千佳
実際に体験してみると、その画質には驚かされる。
テスト用HMDの1つ。手で本体を持ち、目に近づけて使う。
撮影:西田宗千佳
体験イメージ。HMDはあくまで今回のデモ用で、商品化を前提としたものではない。
出典:ソニー
非常に解像度が高く、従来のHMD(一部の業務用を除くと、解像度は横2Kから3Kが中心)では難しかった、細かい文字やディテールの表現もはっきり見える。
そして、画素の間の「すきま」がほとんどない。有機ELの性質を生かし、発色・コントラストも非常に高い。そのため、従来のHMDに比べ、驚くほど現実感が高い映像が実現できている。
動画なども美しく再現できていたが、特に威力を発揮すると感じたのは、製品などの3Dモデルを閲覧した時のリアリティーだ。
VRの産業活用では、ショールームの仮想空間化や、デザインルームの仮想空間化が有望とされているが、その実現には、現実に可能な限り近い解像感の実現が必要となる。
今回は、ソニーの一眼デジカメ・α9のCGモデルを仮想空間内で確認するデモを体験できたが、ボディーの質感からフォーカスリングの凹凸まで、非常にしっかりと再現できていて驚いた。
これなら、遠隔地にいる人同士がCGデザインを見ながら詳細を検討する……という使い方も現実味が出てくる。
今回のデモシステム。高性能なゲーミングPCを使って動作している。映像データは精細感実現するために片目分で6Kの解像度を持ち、それを表示向けに4K解像度へ最適化(変換)して利用する。
撮影:西田宗千佳
今回のデモ機材は「デバイスの画質を体験していただくためもの」(ソニー担当者)ということで、画質優先で開発されており、視界の広さを含め、いろいろな開発パターンが考えられる。
時期は開示されていないものの、「最終的には、一般消費者向けの製品を目指して開発に取り組んでいる」(ソニー担当者)とのことなので、業務用だけでなく、エンターテインメント向けのHMDの登場も期待できそうだ。
(文、撮影・西田宗千佳)