QPS研究所の小型SAR衛星のイメージ。
提供:QPS研究所
九州大学発の宇宙ベンチャーであるQPS研究所は12月9日、シリーズBラウンドのファーストクローズにおいて、スカパーJSAT、未来創生ファンド、日本工営ら総勢8社から、総額38.5億円を調達したと発表した。累計調達額は72億円となった。
さらに、QPS研究所は今回の資金調達でリード投資家として資本参加したスカパーJSAT、さらに建設コンサルタントの日本工営とそれぞれ業務提携契約を締結したことも発表した。
時間と天候にとらわれないSAR衛星
QPS研究所は、衛星研究の第一人者で九州大名誉教授の八坂哲雄氏らが2005年に創業したベンチャー企業。
36機の小型衛星を連携して運用することで、地球上の主要なエリアをいつでも約10分ごとに撮影できる「準リアルタイムデータ提供サービス」を構想している。
QPS研究所が開発している「SAR(合成開口レーダー)衛星」では、地表に向けて照射したマイクロ波の反射をもとに地表の様子を画像化。地表に反射した太陽光(可視光線)を観測する「光学衛星」と異なり、夜間や天候が悪く雲が多い状況でも地上の様子を撮影できるというメリットがある。
マイクロ波を受信するには大きなアンテナが必要なため、SAR衛星は小型軽量化が難しいと考えられていた。QPS研究所は、大型でありながら、軽量で収納性が高いアンテナを開発することで、衛星の小型軽量化に成功した。
2019年、2021年にそれぞれ1機ずつ、SAR衛星の実証機を打ち上げており、今回調達した資金を使って2022年中にさらに4機の衛星を打ち上げる計画だ。
2021年1月に打ち上げられた、2号機「イザナミ」
提供:QPS研究所
なお、2019年12月に打ち上げられた1号機「イザナギ」は、95%の機能を実現したものの、不具合で一般に公開できる画像の取得には至らなかった。
1号機の結果を踏まえて改良を加えた2号機「イザナミ」は2021年1月に打ち上げられた。その後3月に初画像の取得を発表。5月には、100kg級の小型SAR衛星としては国内で初めて、70cm分解能(1ピクセルあたり70cmの解像度)の画像取得に成功している。
QPS研究所の衛星が撮影した東京ドームシティ周辺
提供:QPS研究所
2022年に4機を打ち上げ。90分に1回の撮影が可能に
QPS研究所では、SAR衛星が2機体制の現在は同一地点を2日に1回の頻度でしか撮影できない。
6機体制になれば北緯・南緯45度から50度近辺での90分に1回の頻度で撮影が可能となり、「地球上の主要なエリアをいつでも約10分ごとに撮影できる」という同社の構想に一歩近づくわけだ。
QPS研究所の市來敏光副社長は、今後の資金調達の状況次第で衛星の打ち上げを加速する可能性もあることを明かした。
記者会見で説明する、QPS研究所の市來敏光副社長。
共同記者発表会のスクリーンショット
「シリーズBラウンドでは、少なくとも新たに4機を打ち上げるのに必要な資金50億円の調達を目標にしています。ファーストクローズでは8社の企業様に出資していただきましたが、まだほかに出資をご検討いただいている企業様もいらっしゃって、50億円以上調達できそうな状況です。調達額が増え、(2022年のうちに)8機、10機体制に増やせればいいなと思っています」(市來副社長)
また、2022年に打ち上げる予定の3号機以降は、これまでの70cm分解能よりも高精細な50cm分解能で撮影できるよう開発が進められている。
QPS研究所によると、1m分解能の画像ではぼんやりとしか見えなかった車両が、50cm分解能では見えやすくなり、放置車両の検出や交通量の測定などに利用しやすくなると見込まれている。
世界のSAR衛星ベンチャーを見ると、アメリカのCapella Spaceが50cm分解能、フィンランドのICEYEが25cm分解能での撮影に成功している。
日本においても、2018年に創業したベンチャーのSynspectiveが小型SAR衛星を打ち上げ、すでに複数のソリューションを提供している。
同様の技術を活用した先行事例がある中で、QPS研究所はどうポジションを取っていくのか。
市來副社長は、
「光学衛星は競争が激しくなりつつありますが、SAR衛星で画像の取得を実現した(民間の)プレイヤーはわずか4社です。
レーダー衛星は大きな電力を必要とするため、地球を一周する90分の間に撮影できる時間は1分。全世界をカバーしようとすると数万機が必要になります。そのため、SAR衛星事業者は自社の顧客にあった撮影の仕方ができるように衛星を配備します。自社で撮影できないエリアの画像は融通するなど、当面の間はプレイヤーは共存していかなければならないと考えています」
と語った。
業務提携で実証フェイズから事業構築へ
QPS研究所の大西俊輔代表取締役社長CEO。
提供:QPS研究所
QPS研究所にとって今回の業務提携は、これまでの実証フェイズから事業構築のフェイズへと移行するという大きな意味を持つという。
QPS研究所の大西俊輔社長も今回の業務提携について
「いよいよ事業構築のフェイズに入ります。災害対策をはじめ、効率的な経済活動のためにも地表の準リアルタイム観測データの必要性は年々増しています。これを機にSAR衛星のコンステレーション構築に向けて、より一層スピード感を持って進め、事業展開してまいります」
と期待をコメントしている。
有料チャンネル「スカパー!」で知られるスカパーJSATは、1989年に国内で初めて衛星を打ち上げた民間通信事業者だ。アジアでは最多の34機の衛星を運用し、サービスを提供している。
2021年5月には、NTTと提携し、宇宙に分散処理コンピューティング処理基盤を構築する「宇宙データセンタ」事業などの構想を発表。衛星データ分野では、エンドユーザーがビジネスの現場で必要とする情報の形式で提供する「スペースインテリジェンス事業」を展開している。
スカパーの戦略。
出典:記者会見資料より
QPS研究所との業務提携によって、スカパーJSATとしては衛星画像を取得する上流工程にまでバリューチェーンが広がることになる。解像度が高いデータを時間や天候にとらわれずに取得できるようになり、ソリューションの高度化が期待される。
QPS研究所側としても、衛星運用のノウハウを持つスカパーJSATとの提携はメリットが大きい。
スカパーJSATの人材をQPS研究所に派遣し、事業や技術、経営ノウハウを提供することはもちろん、スカパーJSATの持つ営業力およびネットワークを通じて、QPS研究所の衛星データの販売体制を構築すること、衛星で撮影したデータをいち早く地上で受信するための共同検討などが業務提携の内容として検討されている。
また、コスト削減のために、地上局設備やオペレーション体制など共通化していくことも期待される。
スカパーJSAT、スペースインテリジェンス事業部長の八木橋宏之氏は
「スタートアップの立ち上げフェーズを一緒にスムーズに乗り越えることで、大きく飛躍できると思っております」(八木橋氏)
と今回の業務提携について説明した。
建設コンサルタントの日本工営は、スカパーJSATと日本最大手の地図会社ゼンリンと3社共同で、衛星データを活用した防災情報サービスを立ち上げている。2021年4月から実施している実証試験では、衛星による観測頻度や画質が不十分であることなどが課題としてあがっていた。
データの確保に向けて衛星事業者を調査したところ、日本工営らのニーズとQPS研究所が目指している事業が近しいことがわかり、今回の業務提携に至った。
日本工営らがこれまで活用していた衛星データの更新頻度は2週間に1回。2019年に発生した東日本豪雨では、全ての被災地域を撮影することはできなかった。
QPS研究所が36機の衛星の打ち上げを完了すれば、12時間で全ての被災地域を撮影できるというシミュレーション結果が出ている。実現すれば、被害状況の把握に役立てられ、効率的な救助や復旧につながることが期待される。
(文・井上榛香)