イラスト:iziz
シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。読者の方からいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただきます。今日は、いつもとは少し毛色が変わりまして、時事的なご相談です。さっそく読んでいきましょう。
フェイスブックが社名を「Meta(メタ)」に変更し、「メタバース(仮想空間)」に注力するというニュースを見ました。マーク・ザッカーバーグ氏は100兆円規模のビジネスチャンスがあると踏んでいるようです。「メタバース」という概念は過去にも何度か流行しているように思えるのですが、一度も一般化はしていません。ポストコロナの世界で、今後こういった分野は伸びていくと佐藤さんは思われますか?
とはいえ、今やオンラインの国際会議などは自動翻訳で、グローバルなビジネスでもどんどん国境がなくなっていき、個人は国家に縛られなくなる、といった言説もよく見ます。こういった技術がもし実現性を帯びているなら、夢物語でもないのかな、という気もしています。
(PKさん、30代前半、男性)
社名変更の裏の意図は?
シマオ:PKさん、お便りありがとうございます! 僕もフェイスブックが社名を変更するニュースを見て、驚きました。こんなに有名になったのに、あっさりその名前を捨ててしまうなんて!
佐藤さん:フェイスブック社はGAFAと呼ばれる巨大プラットフォーマーの一翼を担う企業ですが、「メタ」への改名以前に、最近はさまざまな困難に直面していましたからね。
シマオ:そうなんですか?
佐藤さん:一つはユーザー層の変化です。アメリカでは、Facebookを利用する10代は年々減ってきていることはデータからも分かっています。だからこそ、Instagramを買収したのでしょうが、そもそもFacebookという名前自体がブランドではなくなりつつあるということです。
シマオ:たしかに、日本でも僕の周りの若い人はあまり使っていないように思います。
佐藤さん:そしてもう一つは、元幹部のフランシス・ホーゲン氏がアメリカの公聴会で証言したことでも話題になりましたが、Facebookが社会の分断を煽るような発言や根拠のない陰謀論などの拡散を放置し、利益だけを追求していたと社会的責任を厳しく問われているのです。
シマオ:だから、名前を変えてイメージを一新しようということでしょうか。さすがアメリカ企業は決断が早いですね! 日本企業は真似できそうにありません。
佐藤さん:そんなことはありませんよ。私の身近な出版業界では、雑誌の売上が落ち込むと必ず「リニューアル」が行われます。編集長を変えて、編集方針やデザインなどを一新する訳です。
シマオ:それで持ち直すんですか?
佐藤さん:一時のカンフル剤にはなりますが、多くの場合、効果は継続しません。リニューアルというのは少し出版に詳しい人から見れば、「休刊」のシグナルでもあるんですよ。
メタバースは普及するのか?
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シマオ:でも、フェイスブック社が「メタ」となったのは、「メタバース(仮想空間)」が普及すると踏んでいるからですよね?
佐藤さん:それはあるでしょうが、そもそもITプラットフォームの業界は競争が激しい。常に新しい事業を開発していかなければ生き残っていけません。サメやマグロのような回遊魚は、えらを動かすことができないので、泳いでいないと死んでしまう。それと同じで、彼らは今、生き残るために必死になっているのだと思います。事業の世界に「確実」はありません。10年後にもGAFAと呼ばれる企業が全て安泰だという保証はないでしょう。
シマオ:では、佐藤さんは、これから仮想空間での人間関係やビジネスが、世の中で一般的になっていくことはないと考えているのでしょうか。
佐藤さん:もちろん、ある程度は広まっていくと思います。技術の進歩で、これまで以上にいろいろなことが体感できるようになるでしょう。しかし、それが現実の代替となるかという点は疑問に思います。
シマオ:でも、最近のVR技術の進歩はすごいですよ。ゴーグルをつけると本当に自分が別の世界にいるかのように感じられます。
佐藤さん:そうですね。たしかに、仮想空間でポルシェに乗ってサーキットを走る感覚を体験するといったようなことはできますが、それはやはり「仮」のものです。バーチャルの世界で豪邸のプールに入りながら、現実の世界ではアパートの流しで水を浴びている、なんてことになりかねない。
シマオ:それはシュールですね……。
佐藤さん:何よりも代替できないのは、人間関係です。仮想空間でAIが完璧な話し相手になってくれて、性的な刺激も与えてくれる機器が発達したとして、それは現実の恋愛関係の代替になるでしょうか。もしかしたらそれで満足する人も出てきてしまいそうですが、その時に人間は、人間としてどこかズレたものになってしまうように私には思えます。
シマオ:そうなったら、もうSFのディストピアの世界ですよ!
佐藤さん:仮想空間はこれまでも何度か話題になっていますが、いまいち広まりきらないのは、技術のせいというよりもそうした「違和感」が原因ではないでしょうか。その意味で私は、メタバースの普及には一定の限界があるように思います。
デジタルはリアルの「付録」である
シマオ:とはいえ、PKさんがおっしゃるように、新型コロナの影響もあってオンラインで顔を合わせることが当たり前になりましたし、機械翻訳もすごい精度です。バーチャルで人と会うことにも抵抗はなくなってきました。
佐藤さん:私ももちろんそうした恩恵は受けています。これまでよりも海外の知り合いとの連絡は取りやすくなりました。
シマオ:そうやってどんどん国と国との垣根は低くなるんでしょうか?
佐藤さん:それが、そうでもありません。コロナが流行してからの国際関係を見れば分かるように、むしろこれまでのようなグローバリゼーションの進行には歯止めがかかり、国家機能は強まったように見えます。
シマオ:たしかに、かえって分断が目立つようになってきました。最近は国際的な物流の混乱が、多くのビジネスに影響を与えていますよね。
佐藤さん:その通りです。国家同士はもちろん、個人レベルでも、リアルな人間関係が改めて貴重であると認識されるようになっています。人間関係というものは、時間も手間もお金もかかるものですから。
シマオ:面倒くさいものだ、ってことですか?
佐藤さん:そうです。だからこそ、テクノロジーはそれを軽減することができる。仕事だけの相手と毎日会わなくてもよくなった分、時間を短縮できた。そうして増えた時間を、本当に大切な人間関係により多く振り向けることもできるようになった訳です。
シマオ:たしかにそうですね。テクノロジーも、うまく使いこなせれば豊かな時間を過ごせる実感があります。
佐藤さん:再び雑誌の例になりますが、いくら付録が豪華でも本体の雑誌を疎かにしたら必ず失敗します。デジタルやバーチャルはリアルに付随するものであって、本体ではないということに自覚的になることが大事なのです。
シマオ:なるほど! という訳で、メタバースの行方がどうなるのか、これからも注目していきたいと思います。PKさん、ご参考になりましたら幸いです。
そして、次回はお正月特別編! 佐藤さんに2022年の注目キーワードを3つ教えていただきます。1月2日(水)に公開予定ですのでお楽しみに。
引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、イラスト・iziz、編集・野田翔)