メンバーの誕生日を祝うために巨額の資金を集めたBTSのファングループアカウントはプラットフォームによって一時停止処分になった。
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中国当局は2021年8月下旬から9月初めにかけて、芸能人やインフルエンサーの活動やコンテンツの内容に大きく制限をかける「エンタメ界規制」を発動した。
「文化大革命の再来」「習近平主席による思想の統制」などと騒がれたが、背景として社会で急激に影響力を高めているSNS世論や、それを扇動しうる芸能人・インフルエンサーのSNSアカウントを「脅威」と見なしていることが、11月に相次いで発表された新たな規制で明らかになってきた。
好ましくない人物は視聴者の視界から排除
中国では2021年6月以降、芸能人のファンによる「暴走」を規制する動きが表面化した。韓国アイドルグループBTSのために資金集めするファングループのアカウントを停止したり、SNSでの芸能人人気ランキングを禁止した。
9月2日にはテレビとラジオを管轄する国家広播電視総局(広電総局)が「番組と出演者の管理強化に関する通知」を発表し、以下のような注文をつけた。
- 愛国・愛党精神がない人物の起用NG
- アイドル養成番組、スターの子女が参加するバラエティ、リアリティ番組の放送NG
- 出演者の衣装や化粧を厳格に管理し、ジェンダーレス男子の称賛、富をひけらかす行為、スキャンダル、人を落として盛り上げる行為、低俗なインフルエンサー、容姿をいじる行為を根絶する
- 出演料のルール違反を厳しく取り締まる
通知を受け、関連組織は番組や出演者の基準を見直しつつある。例えば北京のドキュメンタリー業界団体は業界向けに以下の提唱を行った。
- 番組制作では視聴率至上主義を改め、社会主義の価値観を広める作品や人物を扱う
- 不祥事を起こした人を起用しない
- 低俗なコンテンツを制作しない。芸能人やインフルエンサーが出演するドキュメンタリーは、商業投資を厳格に管理する
これらの文言には、当局が好ましくないと考える価値観を、視聴者の視界から徹底的に排除したいという意思が見える。
規制を日本に置き換えると、『バチェラー』の放送は許されないだろうし、前澤友作氏も宇宙旅行はともかく、お金配りは「富をひけらかす」行為としてアウト判定される可能性が高い。日本のメディアは不祥事を起こした芸能人を話題作りで起用することが少なくないが、これらも許されないことになる。
タグ付けなどの「拡散」操作は禁止
中国のテニス選手も、SNSで政府高官に性的関係を強要したと告発したとされる。
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ただ、中国当局は以前からメディアを厳しくコントロールし、テレビや新聞に検閲が入っているのは有名な話だ。TwitterやYouTubeなど海外SNSもアクセスをブロックし、Googleは2010年に検閲を拒否し中国市場から撤退した。
ではなぜ、このような規制を発動したのか。中国政府にとっての不適切コンテンツと出演者が、従来メディアではなく、中国企業のプラットフォームを主戦場にしているからだ。一連の規制が「ネットで影響力を強める芸能人・インフルエンサーやメディア」をターゲットにしていることは、11月23日に国家インターネット情報弁公室が発表した「芸能人のインターネット情報の規範強化に関する通知」で鮮明になった。同通知の具体的な内容は以下の通りだ。
情報拡散を制限
- 芸能人の情報を、「作品」「個人の活動」「商業活動」「お知らせ」「公益的な情報」「権威のある機関による発表」の6種類に分類し、プラットフォームのトップページ、注目記事、トレンドに掲載する情報を制限する。スキャンダルや私生活の暴露コンテンツを、トップ記事やトレンドにすることを禁止。
- 個別の芸能人(グループ含む)に紐づいた映画、音楽、芸術作品や関連する宣伝、レビュー、予告動画などは、「自然な拡散」を原則とし、タグづけやトップページへの掲載など、バズらせるための「操作」を禁止。個別の芸能人の掲載分量も制限する。
- ネットで取り扱う芸能人の情報に、ルックスについての評価、低俗なスキャンダルを含めることを禁止。
発信力・影響力を制限
- 不祥事を起こした有名人が、アカウントを別に立ち上げるなどしてネット上で“復活”することを厳禁。
- プラットフォームに対し、有名人のアカウントの実態を徹底把握し、フォロワーの数、影響力、信用評価などによってアカウントをランク付けし、当局に定期的に報告するよう要求。フォロワー数と影響力が一定水準を超えたアカウントはリアルタイムで観測・警告できるシステムの構築や、世間の関心が高いトピックで、煽ったりバッシングを引き起こすような発言をしたアカウントにすぐに対処し、当局に報告することも求める。
- プラットフォームに対して芸能人のマネジメント事務所、ファンクラブのアカウント管理を要求。マネジメント事務所は1つのプラットフォームにつき1つのアカウントしか持てず、ファンクラブのアカウントは、マネジメント事務所のライセンスが必要と定めた。また、悪意のある煽りは厳罰に処し、事務所や関連アカウントも連帯責任を負って、アカウント停止、検索非表示、広告収入の制限などの罰則を設けるようプラットフォームに求めた。
インフルエンサーは有害な存在
芸能人、インフルエンサーの巨額脱税が次々と摘発されている。写真は女優のファン・ビンビン氏。
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通知からは中国政府の2つの考えが読み取れる。まず、「芸能人」のあるべき姿を規定している。政府にとって芸能人はその名の通り「芸能」を生業にする存在であり、容姿で注目を集めることや発信力をベースにお金を稼ぐこと、そしてその価値観が社会に波及することへの強い拒否感がにじむ。
9月に発表された番組・出演者規制には「出演料のルール違反を厳しく取り締まる」と明記されたが、これは2018年に女優のファン・ビンビン(范冰冰)、2021年にジェン・シュアン(鄭爽)が出演料の不正契約によってそれぞれ数十億円の脱税で摘発されたことが背景にある。さらに2021年11月、浙江省杭州市の税務当局が、ライブコマースで人気のインフルエンサー2人の脱税を認め、約16億円の罰金・追徴課税の支払いを命じた。
浙江省市場監督管理局は同月、インフルエンサービジネスのガイドラインをまとめ、インフルエンサーが自ら利用したことのない商品・サービスの宣伝に関与することを禁じた。文化観光部も12月1日、ネットカルチャー市場で未成年保護を強化するための規制を発表し、「投げ銭によるランキング」でインフルエンサーが収入を得ることを禁止した。
日本でもYouTuberといったインフルエンサーは子どもたちへの影響力が強い一方で、広告収入などで大金を稼ぐ手法や、日ごろの発言・行動については賛否両論がある。
中国政府が「共同富裕」や「未成年の保護」をスローガンとするようになり、未成年に最も近い存在である芸能人やインフルエンサーは、ネットゲームと同様、「基本的に若者に有害な存在」と見なされたのだろう。
中国政府のもう1つの考えは、共産党以外の存在の発言力・影響力が高まる現状への警戒だろう。「フォロワーの数や影響力によって、アカウントをランク付けする」「リアルタイムで監視する」という文面からは、インフルエンサーのアカウントを社会不安を高める脅威、リスクと捉えていることがよく分かる。
当局はこれまでもネットへの検閲を行ってきたが、SNSが有名人のパワーをさらに大きくし、世論を動かす力を持つようになったことで、プラットフォームにこれらのアカウントをコントロールするよう強く圧力をかけている。
「エンタメ業界規制」というと、「表現の封殺・統制」に聞こえるが、SNSやプラットフォームによってフェイクニュースが拡散したり、誹謗中傷が激化するのは、世界が抱えている課題である。教育規制、ネットゲーム規制もそうだが、最近の消費者が関係する規制は、放置することのリスクもあり、何らかの対処が求められる領域でもある。
社会の変化、新たなツールの台頭に戸惑う消費者が多いにもかかわらず、業界側に歯止めが利かないという中国のビジネスカルチャーも、このような極端な規制が認められる一因になっている。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。