(左から)ミクシィの木村弘毅社長、川岸滋也事業部長、FC東京の大金直樹社長。
撮影:大塚淳史
人気スマホゲーム「モンスターストライク」を運営するミクシィが、サッカーJリーグのFC東京を子会社化する。12月10日、FC東京の運営会社の臨時株主総会で承認された。ミクシィとしては、従来から新たなビジネスとして投資してきた「スポーツ事業」の強化をはかった形だ。12月10日にミクシィ、FC東京の両幹部が出席した記者会見から、ミクシィの経営トップ木村弘毅社長の目線の先にある、「スポーツ事業への期待と課題」の狙いを探った。
木村社長が語った「FC東京・子会社化」の狙い
会見で笑顔を見せるミクシィの木村社長。ミクシィは第三者割当増資で、FC東京の株式2万3000株を11億5000万円で引き受け、ミクシィの株主比率は51.3%となった。
撮影:大塚淳史
12月10日午後2時から始まった記者会見には、FC東京の大金直樹社長、ミクシィの川岸滋也ライブエクスペリエンス事業本部スポーツ事業部事業部長、そして木村社長の順で登場し、緊張気味の前者2人と異なって、木村社長の表情は満面の笑顔を見せていた。
ミクシィは2018年にFC東京の株主となり、2019年からはマーケティングパートナーとして関わってきた。FC東京のJリーグの試合でコラボレーションイベントを仕掛けるなど、着々とチームと関係は築いてきた。しかし、今回の買収劇において、注目が集まるのは、その理由だ。
木村社長は1つ目にコミュニケーションをあげた。
「ミクシィが追及しているのがコミュニケーション。より多くの人のコミュニケーションのクオリティが上がっていくだろうテーマとして、今掲げているのがスポーツ。スポーツほど、多くの人が1点入った、入れられたということで一喜一憂するコミュニケーションの題材はない」(木村社長)
12月10日の会見で示した資料。
撮影:大塚淳史
今夏の東京オリンピック・パラリンピックは無観客でありながら、テレビやネット配信の映像を通じて、多くの人々が熱狂した。SNSに常に大量の発信があったり、活躍した選手たちがメディアで度々登場して一躍人気になっていたことが示すように、スポーツが与える影響力というのはやはり大きい。また、木村社長は東京という大都市の人口メリットや文化の発信をあげた。
「東京は1400万人の人口ボリュームがある。日本は徐々に人口が減少しつつあり、特に若い人たちの人口の減少は社会的課題だが、この東京は年少者若年者の人口が毎月増えている。その中で、FC東京はスクールやアカデミーであったり、“新たな若い人たちの可能性”を高めあっているクラブチームです。
若年層が集まっている都市だからこそ、さらに大きな可能性を見いだせるのでは」
木村社長は、FC東京の事業に取り組む上で、人口が多い東京は市場として魅力がある、とする。また、川岸事業部長も、FC東京のホームスタジアムのある調布市、練習グラウンドのある小平市を含む6市だけでなく、「ミクシィのある渋谷など23区も含めて訴求していきたい」と話した。
具体的なプランは会見でほぼ出てこなかったが、人材面ではすぐに動きがありそうだ。
千葉ジェッツを2019年に買収した際には、ミクシィはスタッフをチームに送り込み、デジタル施策などをチーム運営に導入した。木村社長は今回も同様にミクシィからFC東京へ人材を送り込み、先に経験を詰んでいる千葉ジェッツとFC東京でスタッフの「人事交流」も有りうるとした。
新生FC東京は「コロナ赤字」から復活できるか
ミクシィの収益の大半は現在もモンスターストライクに支えられている。
撮影:大塚淳史
ミクシィがFC東京の事業でまず取り組むことは、経営改革からだろう。FC東京は現在、赤字に陥っている。
FC東京の経営状況は、コロナ直前の2020年1月期決算では、売上高56億3400万円、最終利益4900万円の黒字決算だったが、2021年1月期には、売上高45億8700万円、最終損失3億2500万円の赤字。コロナの影響から苦しい経営状況に追い込まれている。
来シーズンからJリーグは観客数の制限を撤廃する予定だが、オミクロン株などの流行次第では、再び無観客や観客数の制限が発生する可能性はある。
とはいえ、川岸次期社長はサポーターに夢を抱かせる発言もしている。
「JリーグのJ1(1部リーグ)上位の事業規模に伍する(肩を並べる)。トップラインに並んでいくというところをまずマイルストーンとしては置いていきたい」
では、川岸次期社長の言う「上位の事業規模に伍する」売上高とは、いかほどの規模なのか。
コロナ禍の2020年では、横浜F・マリノスが売上高58億円でトップだった。コロナ前であれば、2019年のヴィッセル神戸は同114億円でトップだ。当のFC東京は同48億円(2018年)、同56億円(2019年)、同45億円(2020年)と推移している。ヴィッセル神戸並みの100億円規模まで……というのが、FC東京サポーターやファンたちが「ミクシィの本気」に期待することだろう。
「ソシャゲ系の収益8割」でも“スポーツ事業”にまい進するミクシィ
ミクシィの川岸事業部長。2022年2月からFC東京の社長に就任予定。
撮影:大塚淳史
ミクシィは2018年から本格的にスポーツ事業に力を入れてきた。
チームへの投資では、今回のFC東京の経営参加の前には、バスケットボールのBリーグ・千葉ジェッツを買収して完全子会社化、他にも2019年にはプロ野球・ヤクルトスワローズのスポンサーにもなっている。
スポーツチームの関わり以外にも、2019年に競輪やオートレースのインターネット投票サービスを運営する「チャリ・ロト」を完全子会社化した。2020年には公営競技の競輪で動画やネット投票を楽しめるサービス「TIPSTAR(ティップスター)」を開始、2021年4月にはスポーツ動画配信サービス「DAZN」と組んで、スポーツ観戦可能な飲食店の検索サービス「Fansta(ファンスタ)」も開始している。
もちろん、主力のモンスターストライクを主としたデジタルエンターテイメント事業にも力は入れている。が、近年の動きではスポーツ事業へ精力的にまい進している印象が強い。ただし、ミクシィのビジネスとしては、デジタルエンターテイメント事業の売上高が8割超(2021年3月期)を占める。スポーツ事業はまだ2割にも満たない。
そして、収益の柱であるモンスターストライクは、今も人気作品ではあるものの、収益力の限界は常に課題として注視されてきた。
実際、最高益を記録した2016年3月期(売上高2087億円、最終利益610億円)以降、売上高・最終利益ともに4年連続で減少しており、2020年3月期では1121億円、最終利益107億円だった。ただし、2021年3月期は巣ごもり需要の後押しで大きく持ち直し、売上高1193億円(前年比6.4%増)、最終利益156億円(同45.8%増)となった。
とはいうものの、追い風には早々にかげりが見えはじめている。11月に公表した2022年3月期第2四半期決算では、再び売上高で前年同期比21%減、最終利益は同52%減に転じている。
12月10日の会見で示されたプランの一部。
撮影:大塚淳史
木村社長は、2021年8月の第1四半期決算会見では「(前期末決算で答えたとおり)スポーツ事業の3年以内の黒字化を目指す」と答えていた。当時はFC東京の経営参加の話は出ていなかったが、TIPSTARなど公営競技を含めた「スポーツ事業」が赤字になっていることを受けて、こう説明していた。
12月10日の会見でも、改めて実現の有無について問う声はあった。木村社長は、
「(黒字化目標に)変更はない。今注力しているのが公営競技のようなベッティングサービス。コロナ禍でも無観客で開催し、地域の財源に貢献している。コロナが明けることを願っているが、仮に続いても収益は圧迫されないと思っている」
と自信を見せた。
一方、FC東京の次期社長でもある川岸事業部長はFC東京の赤字を踏まえながら、やや慎重にコメントしている。
「コロナ禍がどのくらいで抜けていくかにかなり依存する。来年度もかなり厳しい見通しでございます。
そういう意味では何年で(黒字化)ということは申し上げにくいが、できる限り早くスタジアムにお客さんがファンサポーターを戻ってきてくれて、多くの方がサッカーが盛り上がる、そういう時期が来ることを願っております」
一方で、前出の飲食店検索サービス・ファンスタの活用は既に始まっている。ミクシィはスポーツ観戦パブで人気の「HUB」を運営するハブの株式を2021年3月に20%取得しており、全国109店舗あるHUBとファンスタの連携を進めている。今秋には都内のHUBの店舗で、既にFC東京の観戦イベントを実施済みだ。
「ファンスタはライブビューイングのサービスで、アウェー戦、遠方地の観戦に行くのは難しいが、近所の店にいつもの仲間が集まれる場所があれば、スタジアムのような熱気になる。FC東京サポーターにとっても、スポーツ界にとっても楽しむ場作りに貢献できる」(木村社長)
コロナ禍が明けるのが前提だが、木村社長は「将来的にはデジタルエンターテイメント事業と並ぶくらい(の売り上げ)にしたい」と掲げた。
12月10日の会見で示した資料。
撮影:大塚淳史
振り返れば、千葉ジェッツを買収し、経営にミクシィのスパイスを加えた時に、ジェッツの既存のスタッフたちはIT企業のスピード感に戸惑ったという。また、ブランドの変更をしたり、ファンへの有料サービスの変化に、一部のファン達から戸惑いの声が起こっていた。ただ、千葉ジェッツが勝ち続けることで、現状その声は隠れてはいる。
ここからは筆者の推測にすぎないが、FC東京でも恐らく、同じことが起こるのではないか。
だとすれば、千葉ジェッツのようにまずチームが強くあり続けなければ、内外から不満の声は抑えられない。その声の大きさも、熱いサポーターが数多くいることで知られるFC東京では、千葉ジェッツの時よりはるかに大きくなるはずだ。
ミクシィは、FC東京の「経営の立て直し」のみならず、「勝てるチーム作り」にも心血を注ぎ続ける必要がある。その点で、ミクシィ・木村社長とFC東京・川岸次期社長の双肩にかかる期待と責任は重い。
(文、写真・大塚淳史)