撮影:伊藤圭
10月に行われた4年ぶりの衆議院選挙では、これまでになく投票を呼びかける活動が盛り上がった。
小栗旬や菅田将暉、二階堂ふみなど14人の俳優やミュージシャンが動画で投票を呼びかけた「VOICE PROJECT 投票はあなたの声」キャンペーン。有権者へのアンケートによってハラスメント禁止や労働環境の男女格差解消、教育費の負担軽減など10の争点と投票を呼びかけた「目指せ!投票率75%」。そして60以上の政策を政党に聞いた「みんなの未来を選ぶためのチェックリスト」……。
中でもひときわ注目されたのが、能條桃子(23)が代表を務める若者の政治参加を目指す「NO YOUTH NO JAPAN(以下、NYNJ)」の活動だろう。2019年夏の参院選直前に生まれたこの活動は、若者の政治参加を促すムーブメントの起爆剤になっている。
70人超える若者が5チームで進行
能條はU30社外編集委員を務めるハフポストの企画で、若者世代のオピニオンリーダーや各党の議員らとの公開討論会などのモデレーターを担当した。
ハフライブ ハフポスト日本版公式SDGsチャンネルより
その活動もあって選挙前、能條は若者世代のオピニオンリーダーとして各メディアに引っ張りだこだった。
U30社外編集委員を務めるハフポストでは、動画「ハフライブ」や公開討論会でのモデレーターを5回。私が見たのは、各党の議員との討論会。1時間ほどの番組で次々と質問を振り、なかなか話をやめない議員を怒らせないように次の発言者を促す仕切りは見事だった。
「報道ステーション」などのニュース番組から情報番組までテレビ番組で見ない日はなかったし、新聞では「若者と政治」というテーマでインタビューされた。投開票当日には夜、TBSの選挙特番に出演。翌朝はテレビ朝日の情報番組……。
NYNJも選挙に向けて活動のギアを上げた。インスタチームは初めて選挙に行く人のために「これだけ見ればとりあえず投票できる」という「選挙の教科書」的な基本情報を発信し続けた。
Instagramを使った情報発信はNYNJが得意とするところだ。選挙前から自分たちの身の回りにある課題、例えば教育や子育て、ジェンダーやセクシュアリティ、気候変動からエネルギー問題までグラフィックを多用し、分かりやすく解説してきた。10月の衆院選直前には政治・社会に関する基本情報からまとめ直し、「U30世代がつくる政治と社会の教科書」と副題のついた『YOUTHQUAKE』も出版した。
既存メディアとのコラボレーション企画にも力を入れた。ハフポストとは一緒に政党へのアンケートをし、毎日新聞の候補者アンケートでは、選択的夫婦別姓制度や温室効果ガスの削減目標など、若い世代が関心のある争点について、NYNJから6問を加えてもらった。朝日新聞とは「with U30」という企画で、若手記者とNYNJのメンバーが一緒に取材にも行った。
政治に関心のない世代にも選挙を知ってもらいたいと、アパレルブランドともコラボ。平等、環境、生活、平和の4テーマのイラストを古着にプリントしたり、Tシャツを作ったり。「カフェの店員さんとか美容師さんが着て接客してくれると、『今度、選挙あるんですよね』って話すきっかけができるかな」(能條)という狙いだった。
NYNJのメンバーが住んでいる滋賀県彦根市や兵庫県神戸市などの自治体とは投票を呼びかけるステッカーや栞も作った。それらの自治体とは、これまでの地方選挙で選挙管理委員会と一緒に取り組んできた実績もあった。若者世代の投票率の低さに課題を感じているのは、自治体側も一緒なのだ。
こうした活動の合間に週に3日は大学院の授業にも通っていたという能條の日常は、寝る時間もなかったのでは、と想像する。
「大変だったんですが、70人を超えるメンバーが5つのチームに分かれてどんどん進めてくれているので、私は全体を見る役割が中心でした」
「#だから選挙行かなきゃ」に込めた想い
4年ぶりの衆議院選挙では、10〜20代の若者の投票率も注目を集めた。
REUTERS/Issei Kato
能條たちはこの選挙でのテーマを「#だから選挙行かなきゃ」の1つに絞った。
投票率の低さが話題になる若者世代だが、それでもミレニアル世代(1980年〜95年生まれ)、Z世代(1995年生まれ以降)の中ではさまざまなアクションが生まれている。
気候変動問題を考える「Fridays For Future Japan」をはじめ、ジェンダーや難民問題、政治参加など……NYNJは自分たちの活動もしつつ、こうしたU30世代団体のハブ的な役割も果たした。いろいろな活動をしている団体が横につながることで、より多くの領域の争点について政党別に比較ができたという。
気候変動問題を考える「Fridays For Future Japan」のデモの様子。
Fridays For Future Japan 公式サイトよりキャプチャ
その象徴として、ハッシュタグも揃えたのだ。
「これまでは『選挙に行こう』というハッシュタグが多かったんですが、それだと上から『行くべきだよ』というニュアンスになってしまって。一人ひとり選挙に行く理由って違うと思うんですけど、でもそれぞれの理由で行かなきゃいけないよね、という気持ちになってもらうことが大事かなと思ったんです」(能條)
メディアには連日のように能條ら若者世代の起業家やアクティビストが登場し、TwitterやInstagramには投票の呼びかけが溢れていた。
だが結果は投票率55.9%で、戦後3番目の低さだった。10代20代の投票率は上の世代と比べると低かった。
能條に私がインタビューしたのは、投開票日翌日だった。若者の投票率が劇的に改善したとは言えない結果を、能條は冷静に受け止めていた。むしろ落ち込んでいるのは過剰に若者たちの活動に期待していた私たち大人世代だったのでは、と恥ずかしくなるぐらいに。
そして手応えも感じていた。
「これまで社会課題には関心があっても、政治には関心が向かない人も結構いたんですが、コロナなども経験して、やっぱり根本的な問題は政治かもと気づいた人は増えたと思います。ジェンダーや環境問題もソーシャルビジネスやNPOの活動だけではできないことがある。ようやく共通言語として『やっぱり政治を変えなきゃ』というスタートラインに立てたと思っています」
選挙までの1カ月で50万人にリーチ
撮影:伊藤圭
能條がNYNJの活動を始めたのは2019年7月。当時留学していたデンマークで、若者たちが当たり前のように政治を話題にしていたことに衝撃を受けた。デンマークの若者世代の投票率は80%を超えていて、留学当時41歳の女性が首相に選ばれていた。
一方で、日本の20代の投票率は約3割。投票は社会に自分たちの声を届ける機会なのに7割がその権利を行使していない。それでは政治家は若者世代の声を軽視し、政策にも若者の声が反映されない。自分たちが生きたい社会をつくるのは自分たち—— 参院選が間近に迫る中、留学仲間数人でNYNJを立ち上げた。
Instagramを中心とした2週間の活動でフォロワーは一気に1万5000人を超えたが、投票率は上がらなかった。その経験から日常的に政治について考え、話す機会の必要性を感じ、政治家と対話するインスタライブや、日本各地の地方選挙で投票率向上を目指す「VOTE FOR MY TOWN」などの活動もコツコツと続けてきた。
今回の選挙期間中にフォロワーはさらに2万人増え、8万5000人になった。「選挙までの1カ月にリーチできた人はおよそ50万人」(能條)にものぼった。活動を始めた頃からは想像できない広がりを感じている。
「自分たちが動けば、同じような思いの人たちがいる心強さも感じたし、『無力じゃないな』とも思えました。少しずつネットで政治のことを発信しやすくもなったし、メディアも一緒になって考えるようになった。何より、政治や社会課題に関心がある若い人たちが可視化されたことで、1つの塊になれたのは良かったと思っています」
一方で、次の選挙までに戦略を少し練り直す必要があるとも感じている。それは「選挙に行こう」という政治的に中立なメッセージや興味がない人の目に触れにくいSNSの限界も実感しているからだ。NYNJとして支持政党は打ち出しておらず、メンバーの支持する政党もそれぞれ違う。
「選挙に行ったその先は?と問われた時に、自分たちの政治的なスタンスをどこまで明確に打ち出すのか。投票を呼びかける動きは増えてきているので、自分たちが担わなければならない部分を今後はもっと広げていきたい」
その課題感や戦略は4回目で詳しく述べるとして、次の回では能條がなぜ政治に関心を持つようになったのか、それがなぜデンマークにつながったのかを続けよう。
編集部より:初出時、年表画像内の「森発言に対する署名活動を展開」を2020年としていましたが、正しくは2021年でした。訂正いたします。 2022年9月12日 9:50
(▼敬称略、第2回に続く)
(文・浜田敬子、写真・伊藤圭、デザイン・星野美緒)
浜田敬子:1989年に朝日新聞社に入社。週刊朝日編集部などを経て、1999年からAERA編集部。副編集長などを経て2014年から編集長に就任。2017年3月末で朝日新聞社退社し、4月よりBusiness Insider Japan統括編集長に。2020年12月末に退任し、フリーランスのジャーナリストに。「羽鳥慎一モーニングショー」や「サンデーモーニング」などのコメンテーターや、ダイバーシティーや働き方改革についての講演なども行う。著書に『働く女子と罪悪感』。