撮影:伊藤圭
毎年年末に発表される流行語大賞。2021年のトップ10には「ジェンダー平等」が選ばれた。当たり前の概念である男女平等が今更ながら流行語に選ばれること自体、ジェンダーギャップ指数が156カ国中120位(2021年)という日本の現状を象徴しているとも言える。
ジェンダー平等という言葉が注目を浴びたのは一つの「事件」がきっかけだった。
「女性がたくさん入っている会議は時間がかかる」「五輪組織委員会の女性理事はわきまえておられる」
2月、東京オリンピック・パラリンピック大会の組織委員会会長だった森喜朗による女性蔑視発言は、ジェンダー後進国日本の実態を露わにした。だが、当初メディアの反応は鈍かった。SNSなどで「おかしい」と声を上げたのは、若い女性たちだった。
Clubhouseきっかけで翌日夜に署名スタート
署名提出後の記者会見に臨む能條(写真左から2番目)。
提供:Change.org Japan
当時スウェーデンの大学院で学んでいた福田和子(26)はいち早くClubhouseで森発言について議論するルームを立ち上げた。NO YOUTH NO JAPANの代表である能條桃子(23)も途中から参加、終了後に「問題だと言っているだけでは現状は変わらないから、何か行動を起こそう。署名でもしようか」という話になった。そしてもう1人仲間を増やそうと、チリでブロックチェーンのベンチャー企業を立ち上げている山本和奈(24)にも声をかけた。
現在はルワンダの国際機関で働く福田は、国際基督教大学時代から女性の健康や権利が守られる仕組みや制度に関心を持ち、学んできた。日本では避妊法の選択肢や性教育の不足を痛感し、2018年5月に「#なんでないのプロジェクト」をスタートさせた。
山本は国際基督教大学4年の時に、「声をあげやすい社会を作る」を掲げて一般社団法人Voice Up Japanを設立した。『週刊SPA!』の「ヤレる女子大学生RANKING」企画に抗議し署名運動を展開。5万人以上の署名を携えて編集部との対話にこぎつけた。
能條、福田、山本に共通するのは、いずれも海外経験があって、外から見ればいかに日本のジェンダー不平等が深刻かという危機意識があったこと。それぞれが別々の団体を立ち上げていたが、顔も名前も公開して、声を上げ、具体的な行動を起こしていたということだ。
Clubhouse終了後に打ち合わせを始め、チリと日本とスウェーデンの時差を利用して署名運動を呼びかける文案を一気につくり上げた。
「最初は五輪反対の立場から森さんを非難する声がTwitter上では盛り上がっていたんですが、でもあの発言はどんな立場の人がしても問題だし、周りの人も笑ったという組織の問題に言及されていないことに危機感を持ちました。その方向で世論に訴えようと話をしたところで私がいったん寝て、その間に2人が署名の文案をつくってくれたんです」(能條)
署名運動は発言翌日の夜にスタート。10日間で15万以上を集め、組織委員会に提出された。提出後の記者会見で能條は、こう語った。
「こんなことで怒らなければならないのは、私たちの世代で終わりにしたい。森さん個人がものすごく時代遅れな差別主義者とは思っていません。森さんを取り巻く社会の雰囲気が大きく影響しているので、個人でなく社会に声を上げる必要があると思いました」
能條らの署名活動は一気に世論をつくった。こうした案件には口を閉ざしがちの五輪スポンサー企業もNOを突きつけざるを得なくなったし、結果的には森が会長を辞任しただけでなく、後任会長には女性である橋本聖子が就任、組織委のジェンダーバランスも見直された。
オープンな場でジェンダーの議論が当たり前に
性暴力の根絶を訴えるフラワーデモでは、初回となる2019年4月、東京駅に500人の女性が集まり、過去に受けた性暴力などについてマイクを回して語り合った。
REUTERS/Issei Kato
福田と能條はこの署名前からお互いを深く知っていた訳ではない。ただ福田はNYNJの活動を、「若者の投票率が低いのはダメだよね、北欧はこんなに高いと言っているだけでなく、実際政治参加を促すための行動に移しているのがすごい」(福田)と感じていた。
「森さんの発言を聞いた時に、『私たちはこういう発言に排除されてきたんだ』と感じて、Clubhouseを立ち上げたら、能條さんが入ってきてくれて。声を上げたらバッシングされるかもしれない、どれだけ賛同が集まるかという不安もありました。それでも(声を上げて現実を変えていくという)成功体験があまりにもなかったから、それを一つでもつくりたいと思いました。あの時の私たちの団結感はすごかったです」(福田)
ジェンダー不平等に対しては声を上げていい、もっとジェンダーに関して開かれた場で議論しよう—— 能條や福田たちの署名活動はそんな空気をつくっていった。
森発言以降も、3月の国際女性デー、ジェンダーギャップ指数120位が発表された際、そして都議選や衆院選……2021年ほどオープンな場で日本のジェンダー問題が議論されたことはなかった。なぜこの国では選択的夫婦別姓制度が導入されないのか、なぜこの国では女性の議員が増えないのか、そんな問いが自民党総裁選でも衆院選でも、政党や立候補者に向けられる風景が当たり前になった。
性被害を訴えて声を上げた伊藤詩織、なぜ女性だけがハイヒールを強制されなければならないのかと#KuToo運動を起こした石川優実、性暴力の根絶を訴えるフラワーデモなど、この数年、日本で差別や性被害に対して次々声を上げた女性たちの運動が、森発言で大きなうねりとなった。それをつくったきっかけは間違いなく、能條らの活動だったと思う。
能條、福田、山本らに加え、あの時一緒に署名活動に携わったメンバーたちはその後、「森会」というグループをつくっている。海外で働くメンバーもいるので、Messengerグループで、今は女性議員を本気で増やすための議論をしている。このメンバーの存在自体が心強い、と福田は言う。
「それぞれちょっとずつ取り組んでいる課題は違うけれど、戦っている大きなものは同じ。信頼しているし、刺激をもらえるし、何より1人じゃないと思わせてくれる。こういう活動をしていると誹謗中傷を受けることもあるけど、帰れるホームグラウンドがあることで怖さが少しなくなりました」(福田)
当初は2週間限定のプロジェクト
NYNJは、能條(写真最右)を含め、デンマークに留学していた日本人4人で立ち上げた。
提供:能條桃子
能條自身は、早くからリーダータイプだった訳ではないという。
「中学時代はうまく男子を立ててリーダーをやってもらっていて……でも今となっては、全部男子に成功体験や資源を譲ってしまったと思っています」(能條)
福田から見た能條は、「自分の意見もしっかりありつつ、みんなの意見も尊重して調整できる。最終的にはみんなに納得感を持ってもらうのがうまい」と言う。
NYNJは能條と同時期にデンマークに留学していた日本人4人で立ち上げた。それぞれ日本の女性の社会進出の遅れや、政治参加のあり方に疑問を持っていたからデンマークに留学していた。一方で心の中には、「日本を少しでも良くするためのヒントを探したい」という思いが共通していた。
2019年6月、その4人で取材旅行に出かけていた時に、3週間後に迫った参院選の話題になった。何か行動を起こしてみない? そんな話を夜な夜なした。ある朝メンバーたちが起きると、能條がNYNJの企画書を書き上げていた。少し前に行われたEUの議員選挙を分かりやすく伝えるInstagramを参考に、NYNJのインスタを立ち上げた。選挙までの2週間限定のプロジェクト、ということで。
反響は予想以上だった。2週間余りでフォロワーは1.5万人を超えた。
立ち上げメンバーの1人によると、能條は出会った時から政治の話を楽しそうにしていたという。だから人を惹きつけると。
「何か社会のために自分ができることがないかずっと探していた人たちが、能條に出会ったことでそれが見つかる。だからここまで共感してくれる人が増えた。それは能條が『これはおかしい』という感情に忠実なだけでなく、すぐに行動を起こす人だったことも大きいと思います」
2週間限定のはずのプロジェクトは、2年以上続いている。今ではメンバーは70人を超えるまでになった。
(▼敬称略、第4回に続く)
(▼第1回はこちら)
(文・浜田敬子、写真・伊藤圭)
浜田敬子:1989年に朝日新聞社に入社。週刊朝日編集部などを経て、1999年からAERA編集部。副編集長などを経て2014年から編集長に就任。2017年3月末で朝日新聞社退社し、4月よりBusiness Insider Japan統括編集長に。2020年12月末に退任し、フリーランスのジャーナリストに。「羽鳥慎一モーニングショー」や「サンデーモーニング」などのコメンテーターや、ダイバーシティーや働き方改革についての講演なども行う。著書に『働く女子と罪悪感』。