撮影:伊藤圭
能條桃子(23)が代表を務めるNO YOUTH NO JAPAN(以下、NYNJ)など、投票を呼びかける運動がいくつも起きたにもかかわらず、2021年10月に行われた衆議院選挙の10代20代の投票率は思ったほど伸びなかった。一方世界では、若者たちが政治を動かし始めている。
同年9月に行われたドイツ連邦議会の総選挙では、若者の候補者が躍進、選挙前は7人に1人だった40歳以下の議員の割合は、3人に1人と大きく若返った。最年少で当選した議員は23歳の大学生だった。
影響力増す「ジェネレーションレフト」
2021年のドイツ連邦議会選挙では、緑の党が躍進。若者から人気を集め、23歳現役大学生のエミリア・フェスターも当選した。
REUTERS/Christian Mang
議席を大きく伸ばしたのは、環境保護や格差解消を訴えた緑の党(グリーンズ)と、市場経済を重視する中道右派勢力の自由民主党(FDP)。政策的には対極な部分も多いが、共通していたのは既存政治システムの打破だった。結果、第1党になった中道左派のドイツ社会民主党(SPD)はこの若者たちの支持を得た2党と連立を組むことになった。
アメリカでも2016年の大統領選挙から経済格差解消のために、より若い人や経済的に困難な人たちへの財政支出を唱えたバーニー・サンダースをZ世代やミレニアル世代が熱狂的に支持し、民主党の大統領候補として最後まで残った。
NYNJが10月の衆院選前に出版した『YOUTHQUAKE—U30世代がつくる政治と社会の教科書』のタイトルはイギリスで生まれた言葉から取っている。2017年、イギリスのEU離脱が争点になった選挙では若者が大きな影響力を持ったことから「YOUTHQUAKE」という言葉がその年の流行語にもなった。
資本主義経済が行き詰まりを見せ、多くの先進国では経済成長が停滞、Z世代やミレニアル世代は親世代より裕福になることを諦めざるを得なくなっている。一方で、より切迫化する気候変動の時代を生きていかなければならない。資本主義の限界を指摘し、気候変動問題に対処するために脱成長を唱え、ジェンダー平等などの人権問題などにも関心が高い世代はジェネレーションレフトとも呼ばれ、リベラルからよりプログレッシブ(進歩派)と言われる政治姿勢に共感する。
選挙あることすら知らなかった54%の層
有名な俳優やアーティストらが登場した「VOICE PROJECT 投票はあなたの声」は話題になったが、その声が届いていない層もある。
VOICE PROJECT 投票はあなたの声 公式チャンネルより
日本でも10代を中心に校則問題や痴漢対策などで署名活動を立ち上げるなどの活動は増えているものの、今回の選挙結果を見る限り、欧米を中心に広がるトレンドとは一線を画しているように見える。
能條は自分たちのような存在は日本の若者の中では「異質」だと見ている。NYNJの活動が届いているのは、感覚的に20代の3〜5%ぐらいだと。
「活動を通じて知り合った同世代は社会課題への意識も高く、現状への危機感も強い。そういう人にはこれまで何か成功体験があったり、自分の話を聞いてもらえる体験があったりするんです。私たちはもっとマジョリティの20代の声を代表できればいいのだけど、活動するほど、急進的になってしまうという難しさは感じています」
若者の声を政治に反映させることを目指している日本若者協議会代表理事の室橋祐貴は、「『投票に行こう!』という呼びかけは誰に届いていないのか」という記事の中でこう分析している。
「一般的に、非大卒層の方が、雇用が不安定で、所得が低い傾向にある。つまり、政治的な関与を必要としていると言える。しかし実際は、政策的な支援のニーズが高い層ほど、政治に参加していない、十分に政治状況を理解できていない状況にある」
室橋も関わった「目指せ!投票率75%プロジェクト」の調査でも、30代以下全体では衆院選のことを知らない人は21%だったが、これまで投票に行ったことのない30代以下では、54%が選挙があることすら知らなかったという。
能條はこう話す。
「私たちの世代では、すごく大変な状況にある人たちと社会的な関心が高い人たちの間がマジョリティ。上の世代と比べると状況は悪いけど、今はなんとか生活できている、自分が頑張ればそこそこハッピーに暮らせると思っている人たち。
この層を『意識が低い』とするのでなく、なんとか巻き込んでいきたい。この同世代内での意識の分断はすぐには変わらないから、意識も余裕もある人たちがどんなスタンスに立つのかがとても重要だと思っています」
一方で、と続けた。
「意識も余裕もある層がある意味、民主主義を弱くしているとも思うんです。みんな自分が見てきた範囲でしか考えないから、自分とは違う立場の人への想像力がなくなってしまう」
それは能條が地元の中学校から高校・大学に進学して感じてきたことだ。
それでも投票率を70、80%にするための全体像やロードマップが描ければ、「自分はこういう部分は活動できるよ」と手を挙げてくれる人はきっと増えるはず、と信じている。
「政党との若者団体の政策協定みたいなものをつくるとか、女性議員を増やすための活動をするとか、私たちが欲しいマニフェストを作るとか。選挙の前にキャンペーンをするだけでなく、もう少し継続的に土壌を耕すような活動をしていきたい」
進路はまだ白紙。まずはデンマーク再訪
撮影:伊藤圭
そして大事なのは若い層だけが変わることではない。欧州で若者たちの投票率が高い背景には、緑の党(ドイツ)や政党オルタナティブ(デンマーク)など、若い人が「ここに投票したら自分たちの未来を変えられるかも」という受け皿を上の世代がつくってくれていたからだ。
さらに、例えば仕事や学業で住民票のある住所から離れている人が投票する不在者投票の方法をもっと簡便にする。被選挙権の年齢や供託金の額を引き下げて、若者が立候補しやすくする。意識に訴えるには限界があるから、主権者教育をもっと充実させたり、選挙制度や方法を見直したりすることも必要だ。
大学院生活はあと1年。周囲には就活を終えている人もいるが、能條自身、大学院後の進路はまだ「白紙」だ。「女性リーダー支援基金〜一粒の麦」の2021年の支援対象者に選ばれたので、今はまずその資金で再びデンマークへ行き、もう少し若者の政治参加の仕組みを調査研究したいと思っている。
その先は—— 。政治の世界にもっと直接関わることも選択肢として考えない訳ではない。だが、結婚して子育てをする中で政治家の活動と両立できるのか、という不安はつきまとう。
それでも「自分たちが生きている社会は自分たちがつくっている」と自分と同世代やもっと若い世代に思ってもらいたい。この「自分たち」に社会を構成するあらゆる人たちに入ってもらいたい—— そのあまりにも大きい目標に向かって、能條は歩みを止めないことだけは決めている。
(敬称略、完)
(文・浜田敬子、写真・伊藤圭)
浜田敬子:1989年に朝日新聞社に入社。週刊朝日編集部などを経て、1999年からAERA編集部。副編集長などを経て2014年から編集長に就任。2017年3月末で朝日新聞社退社し、4月よりBusiness Insider Japan統括編集長に。2020年12月末に退任し、フリーランスのジャーナリストに。「羽鳥慎一モーニングショー」や「サンデーモーニング」などのコメンテーターや、ダイバーシティーや働き方改革についての講演なども行う。著書に『働く女子と罪悪感』。