talentbookが目指す「社員がメディアになる世界」は、企業と個人の関係性を変えるのか
“企業ブランディング”の有り様が変わってきた。企業全体としてのイメージ戦略という意味合いだけでなく、「社員一人ひとりのストーリー」に焦点を当てた発信を通じて、働く人の笑顔が“連鎖する”世界をつくりたい──そう説くのは、PR Tableが提供するサービス「talentbook」だ。
talentbookは企業内で活躍する社員が自身のストーリーやノウハウを公開して「働く人」から企業の魅力を伝える広報・PR支援サービス。今、このような発信方法が求められるのはなぜか。背景には、日本企業を取り巻くいかなる変化があるのか。
それを浮き彫りにすべく、今回は『ニュータイプの時代』や『ビジネスの未来』などの著書を持つ山口周氏と、PR Table創業者で取締役の大堀航氏が対談した。
この20年間で「求心力と遠心力」が変化した
山口:talentbookはどのような企業に導入されているのでしょうか。傾向はありますか?
大堀:「労働市場における優位性確保にしっかりリソースを投下している企業」です。
山口:なるほど。ある動画制作会社で聞いたのは、「インターナル向けに元気になる映像を作ってほしい」という依頼が増えたそうです。一例では内定者向けの動画で、採用プロセスから伴走して制作し、内定者に「ぜひご家族とも観てください」と完成品を渡す。すると、内定辞退者がグッと減ったらしいのです。誰もが自分を客観視するのが難しいなかで、「自分の仕事にプライドを持てる」ようにするというのは、まさに社会資本だと思わされました。
大堀:エンゲージメントサービスを見る限り、世界と比較しても日本での「自分の仕事へのプライド」は非常に低いスコアが出ているのが現状ですよね。
山口周(やまぐち・しゅう)氏/1970年生まれ。独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。World Economic Forum Global Future Council メンバー。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了後、電通、ボストン・コンサルティング・グループなどで経営戦略策定、組織開発に従事した。著書に『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』『ビジネスの未来』など。
山口:ジェネレーションYやZ世代が組織の中でマジョリティになってくると、「食べるために働く」「上司から言われたからやる」というのは、さらに共感が得られなくなりますからね。
そこで考えるべきは「求心力と遠心力」という観点だと思います。組織には常に両方の力が働き、バランスを取ってきました。ただ、 働き方が世代によって違う。ベビーブーマー世代なら物質的に豊かではなかったから、給料や出世が求心力となってきました。その磁力がどんどん弱くなったのが、ここ20年間ほどです。
次なる求心力になったのが「仕事の面白さ」や「職場の仲間」でした。現在の30歳以下は働く理由に「いい仲間」を挙げる人が多い。ところがコロナ禍になって仲間にも会えなくなった。今は求心力になるファクターがなく、遠心力ばかりが強まっている。
大堀:山口さんが、まさに『ニュータイプの時代』でもお書きになった「意味のある仕事」が一つの求心力になっているのでしょうか。
山口:そうですね。ただ、世の中の問題が次々に解決されているなかで、「意味のある仕事」はさらに見つけにくくなってきています。一方で、今後はさらに求心力の競争になってくる。talentbookが取り組んでいるのは、まさに求心力に関わることだと思います。
仕事は「意味で捉える」と見え方が変わる
大堀航(おおほり・こう)氏/大手総合PR会社のオズマピーアールを経て、国内最大のオンライン英会話サービスを運営するレアジョブに入社。PRチームを立ち上げ、2014年6月に東証マザーズ上場に貢献。2014年12月、PR Tableを創業。
大堀:僕らは企業のブランディング、広報的な情報発信プロセスのリソース、それらをデリバリーすることに関わるペインを解決するプロダクトではあるのですが、会社として「幸せの創出」を掲げ、ビジョンに「働く人の笑顔が“連鎖する”世界をつくる」を据えています。職業的な捉え方ではないPRへの向き合い方だと自負していて。
山口:ええ、まさに価値ベースの捉え方ですよね。自社をどのように語るか、ということでいえば「饒舌な会社」と「寡黙な会社」があるわけですが、後者というのは自信のなさに起因している場合もあります。
あるローカルな企業のウェブサイトを制作した会社が、通り一遍な「飾りのよい」ものではなく、自分たちの素直な姿やメッセージを発信するように変えたら、内定辞退者や離職率が非常に下がった例があると聞きました。つまり、それまでその企業は、ある意味ではウソをついてきたわけですね。
大堀:格好つけてしまったり、「他社と同じような見え方」にしてしまったり。
山口:僕は会社って、もっと個性があっていいと思います。働き手も仕事に求める価値観も多様なのに、みんなが「世の中的なコード」に従ってしまって情報発信をしてしまう。いやいや、本音を言ってみたら変わるかもしれないですよ、と。そうなると僕はもっと面白くなると思う。
大堀:そこで、会社の個性をいかに出すのが最も良いかを考えると、やはり「人」なんだろうと。その人がそれぞれ何をやっているかをなるべく抽象化せずに、失敗や熱意、想いを全部出していくのが、突き詰めていくと手段なのかなと。
組織開発なくして多様性なし
大堀:やはり人的資本の活かし方として「組織開発」が鍵になるのでしょうか?
山口:組織開発はOD(オーガニゼーション・ディベロップメント)とも呼ばれますが、このアプローチは確かに欧米企業と日本企業ではかなりの温度差がありますね。昨今の多様性の問題とも通じるのですが、アメリカは1970年代に産業競争力が大きく低下し、白人だけでなく優秀な人材を要職に就けないと国が滅びてしまうという危機感から、大きく舵を切りました。その「優秀な人材」を登用するにあたり、人種や宗教が違うがゆえに、リーダーには束ねる能力が必要になりました。そこで求心力を高めるべく、ODによる多様化の方向性とリーダーシップのクオリティ向上に注力したのです。アメリカが必死になって1970年代に経験したことを、現在の日本は追体験しているとも言えます。
日本では「多様化によってなぜ組織が強くなるか」というメカニズムを理解できないまま、ムードに動かされる形で多様化を推し進めている側面があります。そうではなく、同時にリーダーシップのクオリティを上げなければ、当然にパフォーマンスは下がってしまう。その整理ができている会社は、僕から見ても一握りですね。
ODにおいては社員の自己開示が大切です。周囲も「どういう人か」を強みも弱みも理解しているから、安心して働ける環境になるし、必要な時に助けを求めることもできる。結果的に事故やコンプライアンス違反を未然に防ぐ力になる。ただ、ODは人事領域と別な領域との「境界域」にあるがゆえに、いずれもボールを拾っていない感覚がありますね。
会社の魅力の発信は最大のメディアである社員が不可欠
大堀:talentbookの導入企業であるみずほフィナンシャルグループ様のグローバルキャリア戦略部というHR系の部署で、ロールモデルやキャリアパス、これから目指す自立型人材の可視化をされています。その例を見ると、まさにOD的な観点と会社の魅力を外部に伝えることは背中合わせなのだと感じます。
山口: ODで皆が生き生きと働けるようになると、仮に社員1万人の会社の場合、日常的にそれぞれが100人ほどとやり取りしていれば、合計で100万人に向けたコミュニケーションが行われているわけです。その効果は単なるウェブサイトよりも大きくなる可能性がありますよね。「あの会社の人って、なんだか元気だよね」「共通の雰囲気あるよね」という醸成にもつながる。
大堀:そういう意味で社員は最大のメディアですよね。その社員が色々なステークホルダーと接点を持っている。まずは社員との関係性をどう作るか。そして、その関係性は会社にとってのアセットだと思います。
目指すは「社員がメディアになる世界」
大堀:「社員が最大のメディア」という話で言うと、talentbookは今、具体的な人名の流入数がとても増えているんです。それこそ名刺交換した相手であったり、イベントの登壇者であったりを調べて、その人のストーリーに出会う流れが顕在化していると捉えています。
これまでウェブ上にコンテンツとして出ている人は、成功者や有名人などに限られているところがありましたが、今後はそこにtalentbookが加わって、より民主化されていくと考えています。登場する人は周囲からの反応を得ることで承認され、検索する人にとっては新しい気づきが得られる場になっていく。
将来的には企業の情報発信サービスという領域を超えて、「人名版のタウンページ」のようになったら、きっと新しい世界が見えてくると思っているんです。このマッチングを作れたら、きっと僕らは日本になくてはならないプラットフォームになれるのではないか、と。
山口:現状で「個人が個人を知りたい」と思った時に、Facebook以上にその情報をちゃんと与えてくれるものが存在しませんよね。リアルでも「知り合いの知り合い」くらいしかつながれない。そういう時に、ちゃんと調べられるプラットフォームがあることは人材の流動性を高めるでしょうし、良い仕事に出合えるセレンディピティが社会全体で高まると思いますね。
インターネット登場以降、プロアクティブに動ける人は、それを使って大きな果実を手に入れてきました。ある種の性格特性みたいなのものが働いていたといえます。今後は人との出会いも一定で整理された状態で、失礼でない形でコンタクトが取れる仕組みがあれば素晴らしいことですよね。いやぁ、面白かった。期待しています。今後、talentbookはすごく大事なプラットフォームになると思います。