南極のスウェイツ氷河。
NASA via Reuters
- 南極にあるスウェイツ氷河は急速に融解しており、毎年の海面上昇の約4%に関係している。
- スウェイツ氷河の東部分は、ダムのような棚氷によって、温かい海水から守られている。
- 氷河を守るこの棚氷が5年以内に崩壊し、氷河を海水にさらす可能性がある、と科学者たちは指摘している。
南極のスウェイツ氷河(Thwaites Glacier)を構成する重要な棚氷が、このままいけば5年以内に崩壊し、「終末の氷河(doomsday glacier)」の異名をとるスウェイツ氷河の融解を加速させるおそれがあるという。
フロリダ州と同じ大きさがあるスウェイツ氷河はすでに急速に溶けており、毎年およそ500億トンの氷を失っている。この氷河に不吉な異名がついたのは、仮に完全に崩壊したら、世界の海面をおよそ2フィート(約60cm)上昇させ、南極のほかの氷河を同様の融解プロセスに引きずりこむと見られているからだ。
科学者の間では、その大惨事はまだ少なくとも200年は訪れないと予想されているが、現時点でも、毎年の海面上昇の約4%はスウェイツ氷河の融解によるものだ。海面上昇は沿岸地域の水害を引き起こし、土地建物やインフラを破壊する。そうした沿岸地域には、無数の人が暮らす世界屈指の大都市が数多くある。また、大きな被害をもたらす、さらなる破滅的な嵐を生む原因にもなる。
現在のところ、スウェイツ氷河の東部分はやや安定しており、氷河のほかの部分と比べると融解の速度は遅い。これは、棚氷(氷河から海へ延び、海底の山に支えられ、浮かんでいる部分)が、氷河を温かい海水から守り、その場にとどめているからだ。
「現在の構造では、この棚氷がダムのように機能している。しかし、長くはもたないだろう」。オレゴン州立大学の氷河学者エリン・ペティット(Erin Pettit)は、12月13日におこなわれたアメリカ地球物理学連合の会議の記者会見でそう話した。
氷河を守る東の棚氷全体に、ひび割れが蜘蛛の巣のように広がっていて、今後5年のうちに、「車のフロントガラスが粉々に砕けるように」棚氷が崩壊し、数百の氷山に分裂する可能性があるとペティットは言う。
それが現実に起きたら、スウェイツ氷河の氷のうち陸地につなぎとめられている広大な部分が、海に溶け出したり、崖からはがれたり、氷山として分離したりすると予想される。
スウェイツ氷河は急速に変化し、ますます危険な状態になっている
南極のスウェイツ氷河にある「国際スウェイツ氷河共同研究」の調査ステーション。
Peter Davis/BAS
ペティットは、東の棚氷の新たな衛星画像を毎週確認するたびに不安な気持ちになると語り、こう続けた。
「新しい衛星画像が手に入るたびに、亀裂が深く、長くなっているのがわかる」
ペティットを中心とするチームは、100人近い科学者のチームからなる「国際スウェイツ氷河共同研究(ITGC)」の一環として、この棚氷を観測している。アメリカ国立科学財団とイギリス自然環境研究会議は、切迫する海面上昇という点でスウェイツ氷河をきわめて重要と考えており、5年にわたって氷河を研究する資金として、この共同研究に2500万ドル(約28億円)を提供している。
5年にわたる研究プロジェクトが中間地点にさしかかるなか、ITGCの科学者たちが集めたデータにより、氷河の不安定さが増していることが判明している。
「氷河に劇的な変化が起きそうだ。おそらくは、10年たらずのうちに」
ペティットのチームを率いる上級科学研究員のテッド・スカンボス(Ted Scambos)は、前述の記者会見の際に、南極のマクマード基地からの電話でそう話した。
「氷河の流動と後退を加速させる別のプロセスが定着するまでには、まだ数十年かかるかもしれない。しかし、ペースが加速し、氷河の危険な領域が実質的に広がることになるだろう」
氷が砕けない場合は、分離する
南極のヤンキーハーバーで、氷塊の上に立つペンギン、2018年2月18日。
Alexandre Meneghini/Reuters
この重要な東の棚氷がひび割れ始めているのに伴い、温かい海水が、氷を下部から融かしている。縮小しつつある氷は、スウェイツ氷河に棚氷を支えている海底の山から、徐々に引き離されようとしている。
ペティットによると、10年以内に、この棚氷は海底の山から完全に切り離される。ペティットのチームは、それよりも前に、棚氷は亀裂によって粉々になると考えているが、どちらになるかを断言するのは難しいという。
いずれにしても、ひとたび棚氷が崩壊すれば、新たに温かい海水にさらされることで、スウェイツ氷河の東側3分の1の氷が失われるスピードは3倍になる可能性がある。そうなれば、毎年海に流れこむ水と氷の量が増え、海面上昇における南極の影響が拡大すると予想される。
そうした加速がどれくらいの速さで起きるのかについては、研究チームはまだ確信を持っていない。数十年かもしれないし、数世紀かかる可能性もある、とペティットは言う。
「気の滅入る話だ。不安もかきたてられる。棚氷の上に立って氷床を見わたし、地平線から地平線までのびるこの広大な領域が、毎年1マイル(約1.6km)というペースであなたがたのほうへ向かって動いているのだと考えているときには、とくに不安になる」とスカンボスは語る。
「このひとつの氷河だけでも、海面に深刻な影響を与えるのに十分な大きさだ」
(翻訳:梅田智世/ガリレオ、編集:Toshihiko Inoue)