子どもの面倒を見る時間を長くとれたり、混雑のなか長距離通勤する時間を減らせるなど、リモートワークで得られる利益は多い。アメリカの多くのロー・ファーム(法律事務所)では、その是非が論争を呼んでいるようだ。
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マネージングパートナー(=法律事務所の業務執行にあたる代表弁護士)がオフィス復帰を指示しているのに、多くのアソシエイト(=所属弁護士)がそれを無視する……そんなことは現実に可能だろうか?
驚くべきことに、そんな行動を実地で試しているツワモノ弁護士たちがいる。
テキサス州でエネルギー取引関連の法律問題を手がけるスペクター弁護士(仮名)は、週3回のオフィス勤務がルールであるにもかかわらず、事務所に顔を出していない。しかもそれは彼だけではなく、他の同僚も同じだという。
スペクターはInsiderの取材に対し、こう断言する。
「もしパートナー(弁護士)がオフィス勤務をゴリ押ししてきたら、いまの事務所を辞めてリモートワーク含めて柔軟な働き方を認めてくれるところを探すつもりです」
知的財産権を専門とする首都ワシントンの若きゴールドステイン弁護士(仮名)も、週1回のオフィス勤務を「推奨」されているが、実際には一度も顔を出していない。
それでも、いまやかつてないほど多くの案件を担当しているので、解雇される心配はないという。
オフィス復帰について意見を求めると、「自分にはそのつもりはありません」。
テキサス州ヒューストンの法律事務所でシニアアソシエイトとして訴訟を担当するパーカー弁護士(仮名)は、上司であるパートナー弁護士から「手書きコメント入りのドラフトをデスクに置いたから」と言われても、なおオフィスには行かない。
彼女はInsiderにこう語った。
「同僚のジュニアアソシエイトに電話して、『(ドラフトの)スキャンお願いできない?』で十分ですよね」
アメリカでは(コロナ感染拡大による)行動制限の解除を受けて、多くの大手法律事務所が所属弁護士たちにオフィス復帰を指示しているが、売り手市場の強みを武器に、指示に従うことを真っ向から拒否する若手弁護士もいる。
ここまで紹介したスペクターやゴールドステイン、パーカーはそうした弁護士たちで、匿名を条件にInsiderの取材に応じてくれた。
ここ最近も、事務所の同僚や学生時代の同級生が採用内定を受けたとか、高額のサインアップ(契約)ボーナスを獲得したとか、求職側に有利な状況が続いており、以前より(所属事務所や上司の指示に)「ノー」と言いやすくなったと若手弁護士たちは口を揃える。
大手法律事務所の対応には格差
法律専門メディア「ブルームバーグ・ロー」の記事(11月10日付)によれば、全米売上トップ100に入るロー・ファーム(法律事務所)のうちおよそ45が、所属弁護士たちに対して一定時間のオフィス勤務を指示、あるいは今後の指示を計画している。
法律事務所のなかには、クライアントからオフィスでの対応を求められている(と感じている)ところもあるようだ。
米金融大手モルガン・スタンレーの最高法務責任者(CLO)エリック・グロスマンも、所属弁護士に成長してもらう上で対面業務は欠かせないと、法律事務所にアドバイスしている。
一方で、オフィス復帰の時期を明確に決めていない法律事務所も多く、なかには完全リモートワークをデフォルトにしようと弁護士を採用しているところもある。
例えば、フェンウィック・アンド・ウェスト(Fenwick&West)、オリック(Orrick)、グッドウィン・プロクター(Goodwin Procter)、パーキンス・クイ(Perkins Coie)のように、クライアントにテック企業を多く抱える法律事務所はリモートワークを採用しやすい。
それ以外にも、世界最大の売上規模を誇るカークランド・アンド・エリス(Kirkland&Ellis)や、米北東部にオフィスの多い国際法律事務所ニクソン・ピーボディ(Nixon Peabody)が、リモート人材の採用を進めている。
ニクソン・ピーボディの最高経営責任者(CEO)スティーブ・ズビアゴによると、同法律事務所は2021年6月、所属弁護士を完全リモートワークから完全オフィス勤務までの4カテゴリーに分類するポリシーを施行した。
若手弁護士たちの選んだカテゴリーを尊重するようパートナー弁護士にも周知し、想定できる将来においてこのポリシーを変更することは考えていないと、ズビアゴはInsiderの取材に語っている。
「当事務所に所属するアソシエイト弁護士の大半は、週に数回オフィスに顔を出し、あとは在宅勤務。例えば(マサチューセッツ州)ボストンのオフィスでは、在席率はだいたい25%程度です。とりわけ子育て中の女性たちから、この柔軟性の高いポリシーは高く評価され、感謝を受けています」
なお、テック企業やライフサイエンス関連の企業法務を担当するコーエン弁護士(仮名)によれば、企業法務弁護士には週2日のオフィス勤務を求められることが多いが、在宅勤務で対応して何か問題が起きるということは特にないという。
「オフィスに行かなかったらクビになると考えるアソシエイト弁護士はいません」(コーエン)
賛成派と反対派、それぞれの意見
Insiderの取材に応じたリモートワーク派の若手弁護士たちは、子どもの面倒を見たり、犬を散歩に連れたり、より長く眠れたり、エクササイズの時間を増やしたり、仕事の合間にちょっとした用事を済ませたり、といった利点をリモートワークの評価ポイントにあげている。
そして、こうした意見を持っているのは彼ら彼女らだけではない。
法務専門の調査会社メジャー・リンゼイ・アンド・アフリカ(Major,Lindsey&Africa)が実施した調査(2021年3月)によれば、フルタイムでのオフィス復帰を「非常に望んでいる」と回答したアソシエイト弁護士はわずか9%。パートナー弁護士の28%に比べて大幅に少なかった。
同僚たちと一緒にオフィス勤務することで何らかの利益を得られると考える弁護士が数多くいることは間違いない。
主に米中西部をカバーする総合法律事務所ディキンソン・ライト(Dickinson Wright)のシカゴオフィス(イリノイ州)に所属するアソシエイト弁護士たちは、米ニューヨーク・タイムズの取材に「同僚との信頼関係を深めることができる」「同じく在宅勤務中の配偶者と仕事も家事も狭いアパートでこなす生活を回避できる」と答えている。
しかし、反リモートワーク派の弁護士にとっても、働き方の選択肢がかつてなく増えたことはプラスに違いない。
企業の合併・買収(M&A)を手がけるアソシエイト弁護士のフォスター(仮名)は、2021年上半期中にオフィス復帰を果たしたものの、そこがいかに視野の狭い排他的な場所だったかを痛感し、11月にはオフィス勤務や対面業務にこだわらない法律事務所に移籍したという。
転籍前に勤務していた法律事務所について、フォスターはこう皮肉った。
「(前の事務所では)同僚たちとの協業のためにいかにオフィスに(長く)いるべきか、プロパガンダのように四六時中言われていました。
にもかかわらず、オフィスにいる時間の75%は誰とも口をきかなかったし、例外的に会話があったのは友人との間だけで、しかも彼女は私のオフィスの隣にある法律事務所の新人弁護士だったのです」
(翻訳・編集:川村力)