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- 企業は労働者に職場への復帰を命じているが、多くの労働者は職場には戻りたくないと考えているか、単純に戻れない理由がある。
- 法学が専門のジョーン・ウィリアムズ教授は、これらの規制が中所得者層の労働者を追い出していると指摘する。
- 職場の復帰を強制すると、特に女性や有色人種などの多くが、中産階級から転落してしまうかもしれない。
企業は労働者に対して、今が職場に復帰する時だと言っているが、労働者の多くは職場には戻りたくないと思っているし、理由があって戻れない人もいる。
在宅勤務か失業かの選択を迫られたこれらの中所得層の労働者たちは、「大退職」に追い込まれ、経済的な安定を失う可能性がある。
カリフォルニア大学(University of California)の法律学教授で、ワークライフ・ロー・センター(Center for WorkLife Law)の設立者、ジョーン・ウィリアムズ (Joan Williams)は、彼らは「楽しい仕事をしたいから退職するのではなく、職場から追い出されたから仕事を辞めている」のだとInsiderに語った。
労働者が職場の権利について専門家に相談できる「新型コロナウイルスホットライン(COVID-19 hotline)」を運営するウィリアムズ教授によると、こうした中所得層の50%は、ピンクカラー、ブルーカラー、下層のホワイトカラー、受付係や管理者などの仕事が混在しているという。ひとつ問題となっているのは、(労働者側から見れば)企業が独断で中所得層の専門職労働者の出社を強制していることだ。
ウィリアムズ教授は、企業は労働者に職場復帰を命じることについて「理由を述べる義務はない」と述べた。
「あなたは職場に復帰するか、仕事を辞めるかのどちらかしかない」
ウィリアムズ教授は自宅から2時間以内に保育所がない女性からの相談内容についてInsiderに紹介してくれた。彼女にとって在宅勤務は単なる特典ではなく、自宅で仕事をするか、仕事を辞めるかどうかの選択しなければならないことなのだ。
教授はポリティコ(Politico)に寄稿した記事でも、在宅勤務を希望して最終的に受け入れられなかった2人の中産階級の労働者のエピソードを紹介している。結局、2人とも辞職することになった。そのうちの1人はシングルマザーで、子どものホームスクーリングのために家にいる必要があった。
「アメリカでは、中所得層の50%の家庭では、家計を母親の賃金に大きく依存しており、その収入がなければ貧困に陥るだろう」とウィリアムズ教授は話す。
「母親が突然フルタイムの職場復帰を命じられ、それができなければ、貧困への道を進んでいってしまう」
育児はいわゆる労働力不足の大きな要因として浮上しており、多くの子育て中の人が仕事に復帰できないでいるのが現状だ。アメリカ人の半数は「保育砂漠(childcare desert)」と呼ばれる地域に住んでおり、その地域の子どもの数は、認可保育所の人数枠を少なくとも3対1で上回っている。これは前出のホットラインの相談者の女性が体験しているのと同じ問題だ。ウィリアムズ教授によると、企業は一部の社員に柔軟に対応する傾向がある一方で、女性の介護や育児などを専門的な仕事の障害とみなす「母性の壁(maternal wall)」という差別も耳にするようになったという。
ウィリアムズ教授は、企業がリモートでの仕事を許可する人と、許可しない人との間には矛盾があると指摘している。
「恵まれた労働者はリモートで仕事ができるが、ある種のホワイトカラーの労働者はフルタイムで職場に復帰しなければならない」
労働統計局(Bureau of Labor Statistics)のデータによると、2021年11月は新型コロナウイルスのパンデミックのためにリモート勤務をしている労働者はわずか11.3%だった。
ウィリアムズ教授がポリティコで指摘したように、女性や有色人種は、白人男性よりも中所得層に含まれる可能性が高い。2019年の女性全体の平均収入の中央値は4万7299ドル(約548万円)、男性全体では5万7456ドル(約653万円)、白人男性は6万17ドル(約682万円)だった。パンデミック期間中、女性と黒人の労働者はともに、景気回復に遅れをとっており、労働力率は白人男性労働者よりもはるかに低くなっている。
だが一部の労働者にとっては、このいわゆる「大退職」が恩恵となった。低賃金で不規則なスケジュールの下で働くサービス業の賃金が上昇しているのだ。数十年にわたる賃金の下落を経て、雇用主が「もう古いやり方は通用しない」ことを理解したからだ。
しかし、「大退職」の期間中に、中所得者層の不安定な状態のような、「まだ誰も気づいていない、社会的不平等の巨大で新しい原動力が生まれてきている」とウィリアム教授は話している。低所得者や高所得者にも一定の影響力が現れているが、それはまだ限定的なものだという。
「労働者はこの数十年間、ほとんど力を持っていなかった。労働者は力をつけているかもしれないが、極めて劣悪な立場に置かれている」とウィリアムズ教授は話す。
「中所得層の労働者の交渉力はあまり向上していない。中所得の労働者では何か違うことが起こっていて、それはや高所得者や低所得者に起こっていることよりもはるかによくないことだ」
(翻訳:大場真由子、編集:Toshihiko Inoue)