後藤好孝(ごとう・よしたか)氏。電通デジタル 取締役副社長執行役員。メディア部門での営業職を経験後、メディアのコンサルティングやBX(ビジネス・トランスフォーメーション)に従事。その後、経営企画にて労働環境改革、リスク対応、グループ経営戦略、M&A、人事制度改革や最適配置、組織改革、オフィス改革などに従事。2019年 執行役員コーポレート部門長。2021年1月より現職。
従業員こそ最重要のステークホルダー。電通デジタル副社長・後藤好孝氏×夫馬賢治氏が語るダイバーシティ経営
国籍やジェンダー、キャリアなど多種多様な人材を擁する電通デジタル。同社の組織が持つダイバーシティは、社員一人ひとりの働き甲斐や働きやすさ、そして会社の成長にどのようにつながっているのか。同社取締役副社長執行役員の後藤好孝氏と、サステナビリティ経営に詳しいニューラル代表取締役CEO夫馬賢治氏に、ダイバーシティ組織の可能性について語り合ってもらった。
「ダイバーシティ」は企業存続の条件に
──電通デジタルには多様なバックグラウンドを持つ社員が集まっていますね。男女比率や中途採用の割合など、現状を教えてください。
後藤 男女比率は現在、おおよそ6対4です。キャリアも多様で、2016年7月に電通グループ内にあった3社が統合し、従業員700人強で発足。5年が経過した2021年6月末の時点で従業員数は約1500人に。増えた800人のうち、新卒採用が300人で、中途採用が500人を占めています。中途で入社した方はバックグラウンドがさまざまで、デジタルの広告領域やソリューション領域の競合にいた方もいれば、事業会社出身の方、制作会社出身の方などもいます。
多様性でいえば、国籍もさまざまです。2021年7月に電通デジタルは、電通アイソバーと統合しました。電通アイソバーはグローバルに展開するデジタルエージェンシー isobar(アイソバー)の日本拠点だった会社で、外国籍の社員がおります。新年度となる2022年1月からはグローバルビジネス部門を立ち上げ、isobarの案件や、電通グループの海外事業を統括する電通インターナショナル社のグローバルリーダーシップブランドの1つで、米国最大級のデータマーケティング会社であるMerkleとの協業を進化させていきます。もともと電通デジタルにはグローバル企業をお客様とするセクションがあり、外国籍の方も所属していましたが、電通アイソバーとの統合を機に、今後はさらに多様性が増すことになります。
夫馬 日本でダイバーシティというとジェンダーが最初に想起されますが、世界では人種やスキルなど、かなり広い観点の多様性が問われます。ダイバーシティの根底には、もちろん人権の概念があります。ただ、いま企業経営でダイバーシティが重視される理由はそれだけではありせん。多様性があるほど新しい発想が生まれ、それが事業価値、企業価値を高めることにつながるからです。
アメリカでは、多様性が成長につながるという研究結果が数多く示されています。そのことがすでに浸透していて、近年は企業が自社だけでなく取引先にも多様性を求めるようになってきました。いまや世界では、ダイバーシティは成長のドライバーである以前に、存続の条件になりつつあります。
後藤 たしかにグローバルに展開しているお客様はダイバーシティの意識が強いですね。男性だけのチームで提案に行くと相手にしてもらえないというケースもあります。「提案を聞くまでもなく、ダイバーシティのないチームを組んできたセンスが信用できない」と言われてしまうのです。
デジタルのマーケティングやソリューションなど、多岐にわたりビジネスを手がけている電通デジタルは、当社1社でクライアントの悩みに対し広範に対応出来る日本では例を見ない特異な会社です。そして、我々がこれから一層グローバルに広げていくにあたっては、オンリーワンからナンバーワンを目指さなくてはいけない。そのときにダイバーシティは絶対に欠かせないものだと考えています。
価値観で競い合うのではなく、お互いの違いを認め合える組織に
夫馬 賢治(ふま・けんじ)氏。ニューラル代表取締役CEO。経営戦略・金融コンサルタント。ESG投資やサステナビリティ経営に詳しい。ハーバード大学大学院リベラルアーツ修士(サステナビリティ専攻)。サンダーバード・グローバル経営大学院MBA。東京大学教養学部(国際関係論専攻)。著書に『ESG思考』(講談社)『60分でわかる!ESG 超入門』(技術評論社)ほか多数。
夫馬 ダイバーシティ経営で乗り越えなくてはいけない課題が2つあります。まず「ダイバーシティは重要か」という議論から早く抜け出すこと。電通デジタルは、すでにここはクリアされています。
次の課題は、ダイバーシティに富む組織のなかで、個々の社員たちが働きやすい環境を提供できるかどうか。せっかく多様な人材を採用しても、それぞれが価値観の競争を始めてしまい、多様性のメリットを活かせていない企業は少なくありません。大切なのは、お互いに考え方、生き方、美学の違いを認めたうえで、ゴールに向けて何を出し合えるのかと考えることだと思います。この点はいかがですか。
後藤 電通デジタルはもともと3社が一緒になった会社で、電通アイソバーも同様の歴史を持つ会社です。異なるカルチャーを受け入れて一緒に成長を目指す土壌が元々あるので、それほど心配はしていません。電通アイソバーのミッション・ビジョン・バリュー(MVV)の一つに「As One, with Respect. ~目の前のひとりを尊重し、その先のひとりを尊重する」がありました。この言葉には、まさに一人ひとりのオリジナルティを大事にする考え方が込められていました。我々は統合後もこの考え方を大切にしています。
実務では、カルチャーの違いによる混乱もあるでしょう。例えば人事評価への考え方は日本と海外で異なる部分があります。現在、一人ひとりのスキルの可視化をグローバルで同じ指標に統一し、グローバル案件でチーム編成するときはお互いが同じ指標で知れるようにするなど、見直しているところです。一時的に混乱があるかもしれませんが、方向性は間違っていないはず。長期的視野で取り組んでいこうと考えています。
従業員一人ひとりのエネルギーを引き出していく
夫馬 ダイバーシティはESG投資の観点からも重要です。Sのソーシャルは「社会貢献」と捉えられがちですが、企業は内側にも「従業員」という社会を持っていて、投資家はその観点から企業を評価します。
後藤 電通デジタルは、従業員こそ最重要のステークホルダーだと考えています。ひとくちに従業員を大切にするといっても、さまざまな形があるでしょう。私たちは、一人ひとりのいいところを伸ばして、最適配置を行い、結果それぞれの働く意欲やエネルギーを最大限に引き出していきたい。
既に働き方改革やオフィス改革など、さまざまな施策を展開していますが、仕事以外での取り組みにも挑戦しています。いま社内で利用が広がっているのが「サークルSDGs」です。これは自分たちのサークル活動がSDGsのどのゴールに貢献するかを申告して認められると、エシカル商品をプレゼントするというもの。公私にわたってみんなの活力を引き出せたらと考えています。
夫馬 実は外資系企業では、社内サークルがダイバーシティを引っ張るケースが珍しくありません。例えば女性活躍を推進するときに、委員会をつくって時限的に取り組むのではなく、問題意識を持った従業員がサークルの形で自発的に集まって継続的に提案を行い、会社がそれを吸い上げていくのです。「サークルSDGs」もそのように発展していれば面白いですね。
もう一つ、近年のダイバーシティの潮流として、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)にエクイティ、つまり公平性を加えたDE&Iがあります。多様な組織をつくるためには、差別をなくして社員を平等に扱うだけでなく、ジェンダー、国籍、身体などの観点で不利な人を積極的にサポートしてハンデを補おうという概念です。これはどうでしょうか。
後藤 電通デジタルには障がいのある従業員も大勢います。例えば聴覚障がいを持った従業員が会議に参加するときは、発話者の発言内容を自動、あるいは他の社員が手動でテキスト化し、時差なく理解できるようにしています。これはエクイティの一例ですね。他にもさまざまな取り組みを進めているところですが、裏を返すと、まだDE&Iが不十分だから取り組みが必要になっているともいえます。足りないところは素直に認めて早期に解決していきたいです。
夫馬 ダイバーシティの取り組みにゴールはなく、これで完璧だと満足した時点で進化が止まります。前に進めながら、悩み続ける姿勢は素晴らしいと思います。これからもぜひロングジャーニーを続けていただきたいですね。
後藤 ダイバーシティは一つのムーブメントのようになっていますが、一過性で終わらせるつもりはありませんし、終わらせてはいけないと思っております。このテーマは不変です。先々経営陣が交代したとしても、どの時代の経営陣も今と変わらぬ熱量でブレずに取り組み続けてもらうことが大切です。未来につながるように、しっかり方向付けをしていきたいと思います。