アメリカ主催「民主主義サミット」への出欠や、北京冬季五輪の外交的ボイコットの是非など、対中政策をめぐって岸田文雄首相と安倍晋三元首相との距離が開いている。
中国紙は、台湾への肩入れを強める安倍氏を「反中政治屋の『首席』」と酷評。岸田氏とのすきま風に乗じ、矛先を安倍氏に絞った批判をくり広げている。
衆院選での岸田氏善戦が「変化」生む
岸田文雄首相と林芳正外相。アメリカ主導の「反中包囲網」に一定の距離を置く二人と、安倍晋三元首相との間に距離が生まれているようだ。
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どうみても「二人羽織」の「第三次」安倍政権 ——。筆者は第一次岸田政権成立直後の10月初め、あるSNSにそう投稿した。
自民党総裁選の決選投票で、安倍氏らの支援を受け総裁に当選した岸田氏を、落語の「二人羽織」に例え、キングメーカーの安倍氏の“磁場”から逃れられない「あやつり人形」ではないかと皮肉った。
しかし、岸田首相率いる自民党は10月末の衆院選で予想以上に善戦し、絶対安定多数を獲得して第二次岸田政権は強固な基盤を手にした。
それに伴い、「二人羽織」の様態も変わり始めた。
新政権の人事で、岸田氏は安倍氏の強い反対を押し切り、日中友好議員連盟前会長の林芳正氏を外相に抜てきした。安倍氏の磁場から離れようとする意思をのぞかせた一幕だった。
安倍氏が林氏の外相起用に反対したのは、対中政策のスタンスの違いだけからではない。
小選挙区の削減(=合区、2022年以降の衆院選で山口県は定数1減)によって、安倍氏は次の選挙で林氏と同じ選挙区で戦わねばならないからだ。
「民主か専制か」の二者択一に与しなかった岸田氏
アメリカの対中政策に向き合う日本政府のスタンスにも変化が表れてきた。
とりわけ驚かされたのは、バイデン米大統領が主催した「民主主義サミット」(12月9、10日)への対応だ。
松野博一官房長官は、同サミットの約110の招待国・地域が発表された直後の記者会見(11月25日)で、日本の参加について「検討中」と答えるにとどめた。安倍・菅政権の時代ならただちに参加を決定していただろう。
結局、岸田政権が参加を決めたのは開幕前日の12月8日だった。
何が岸田氏を慎重にさせたのかは、サミット初日に岸田氏がオンラインで行った約2分の演説内容から伺い知れる。
岸田氏はそこで「民主主義や人権をはじめとする普遍的価値を重視している」と前置きした上で、民主主義の発展には一定の時間がかかるとし、「歴史的な経緯の積み重ねのなかでの各国の取り組みを尊重する」と述べた。
民主のあり方について、歴史的背景など各国の事情に配慮する姿勢を強調し、「民主か専制か」の二項対立でとらえるバイデン政権の政策とは明らかに異なる姿勢を示したと言える。
この演説内容をめぐって、首相官邸や外務省内で異論が出て、その調整に手間どったと筆者は推測している。
北京五輪「外交的ボイコット」にも慎重
北京冬季五輪の開催をめぐって、外交的ボイコットで反中包囲網に加わる国、別の利害から中国との関係維持を重視してアメリカと距離を置く国。この駆け引きはどんな落としどころに行き着くのか。写真は12月17日、北京市内に掲げられた五輪エンブレム。
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バイデン政権が12月6日に発表した、北京五輪の「外交的ボイコット」(=政府代表の派遣中止)への日本政府のスタンスにも注目したい。
ボイコットにはオーストラリア、イギリス、カナダが相次いで同調した。
一方、欧州連合(EU)は、2024年にパリ五輪を控えるフランスのマクロン大統領がボイコット参加を拒否。2026年に冬季五輪を(ミラノ・コルティナで)開催するイタリアの政府関係者も、ロイター通信に対しボイコットを否定した。
ただでさえ人気の低迷が続く五輪で、メダル獲得数でアメリカに続く中国が不参加となれば、開催の意味はますます薄れる。五輪主催国として、実利をとったということだろう。
また、ドイツではベアボック外相(人権重視の環境政党・緑の党党首)が、気候変動問題などについて「中国は重要なパートナー」と発言し、同国との過度な関係悪化は望ましくないとの立場を明らかにしている。
こうしてみると、外交的ボイコットは明らかに広がりを欠いている。
そのような状況のもとで、岸田氏は自身が北京五輪に参加する意思はないことを(国会答弁などで)示しつつ、「五輪や外交にとっての意義などを総合的に勘案し、国益の観点から自ら判断」と述べ、結論を出し渋る。
政府代表としての閣僚参加は見送り、外交的ボイコットのスタンスはとるものの、室伏広治スポーツ庁長官らを北京に派遣して中国の顔を立てる方策を検討しているとみられる。
岸田氏の煮え切らない姿勢にしびれを切らした安倍氏は、自民党最大派閥・安倍派の総会(12月9日)で「日本の意思を示すときは近づいてきている」と発言。外交的ボイコットを早期に決断するよう岸田氏に圧力をかけた。
岸田氏は自民党の右派議員連盟から出ているボイコット要求に対しても、「タイミングを見て、適切に判断する」とはねつけており、キングメーカーの安倍氏にとって面白いはずはない。
台湾有事で「存立危機事態」と煽る安倍氏
国会出席中の安倍晋三元首相。「「台湾有事は日本有事」と講演で発言するなど、外交関係に影響を及ぼしかねない動きが際立ってきている。
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安倍氏は12月1日、台湾のシンクタンクが主催したフォーラムで「台湾有事は日本有事であり、日米有事」として、いわば「日台運命共同体論」を展開した。現役首相時代には口が裂けても言えなかったセリフだ。
さらに、12月13日に出演したBS日テレの番組では「台湾有事があれば『重要影響事態』になるのは間違いない。米艦に攻撃があったときには、集団的自衛権の行使もできる『存立危機事態』になる可能性がある」と、踏み込んだ発言を行った。
祖父(の岸信介元首相)譲りの「反中親台」スタンス全開の発言には、対中抑止と台湾支援の意図にとどまらず、岸田氏に台湾問題でもっと積極姿勢をとるよう圧力をかける意味が込められていそうだ。
岸田・安倍両氏の距離が広がっていくなか、中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報は、社説(12月15日付)で安倍氏について、反中エネルギーを好き放題に解き放つ「反中政治屋の『首席』」と呼んだ。
一方、同紙は岸田氏について、習近平国家主席との電話会談(10月8日)で「建設的で安定した日中関係の構築に協力する」と述べたことを好意的に紹介している。
在京の中国外交筋も、筆者の取材に対し「岸田首相に関係改善の意欲を感じる。今後は高市早苗政調会長ら自民党右派のプレッシャーをどのように跳ね返すかが課題」と述べ、岸田氏に期待する姿勢をにじませた。
追随する世論や与党の「翼賛」スタンスに懸念
では、自民党の外に目を向け、世論や野党のスタンスはどうか。
NHKの世論調査(12月13日)では、北京五輪への「外交的ボイコット」賛成が45%で反対(34%)を上回っている。
野党では、立憲民主党の泉健太代表が、外交的ボイコットの「選択肢は十分にあり得る」と述べ、日本共産党も外交的ボイコットを政府に求める声明を出している。
鳩山由紀夫元首相はこうした状況についてツイッター投稿(12月13日付)で「ポピュリズム的な強硬論ばかりが聞こえてくる。まるで大政翼賛会のようだ」と指摘しているが、筆者もその点は同感だ。政権批判と監視があってこそ民主は機能する。
その意味で、与党・自民党内部の矛盾と対立は貴重だ。岸田氏には安倍氏との「二人羽織」を早く脱いでもらって、自由闊達な議論を展開してもらいたい。
(文・岡田充)
岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。