12月16日にメルカリとプロ野球のパ・リーグ6球団の共同出資会社であるパシフィックリーグマーケティングは、NFT事業を共同で運営していくことを発表した。
撮影:小林優多郎
メルカリがプロ野球業界とタッグを組んでNFT事業に参入する。
詳細はすでに先行記事にあるが、パ・リーグ6球団が共同出資するパシフィックリーグマーケティングとともに「パ・リーグ Exciting Moments β」サービスを2021年中に立ち上げる。
メルカリが目指すNFTの世界観とは、どんなビジネスなのか? メルカリ側で事業を担当する、同社執行役員NFT担当で、子会社のメルコイン取締役の伏見慎剛氏へのインタビューから探っていく。
NFTによる「マーケットプレイスの拡張」3つの意味
メルカリ執行役員NFT担当兼メルコイン取締役の伏見慎剛氏。
撮影:小山安博
—— 伏見さんにとってNFTというのはどういうものですか。
伏見:NFTにおいて、サービス運営の形がどうなっていくのか、という点は一番大きなポイントだと思います。これまで言われてきた中央集権的ないわゆる「Web2.0」の世界観から、「非中央集権になって民主化される」と熱狂している人がいるのは確かです。
今までの「株式会社の形でサービスを提供して、会社が責任を負う」というスタンスのやり方と、トークンやNFTを持っていること自体が「議決権」のような意味を持ち、サービスの意志決定においてそれが会社の経営会議よりも上位にくる世界観。
この2つをどのように交差させればサービス運営がより良くなるのか。これは我々がずっと問い続けなければならないと思います。
ここでちょうどいい最適解が見つかると、「ユーザーはサービス運営にも関わっていて、さらにファンでもある」という世界観が実現できます。
メルカリのようなサービス運営会社側も、そうした「運営に関わるファン」と密に接してさまざまなサービスを進めていくような世界になってくるのではないでしょうか。そうすれば、サービスの幅も広がるという気がしています。
—— 伏見さんは会見で、メルカリがNFTに取り組む目的について「マーケットプレイスの拡張」と話していました。この意図は?
今後のロードマップ。
撮影:小林優多郎
伏見:マーケットプレイスの拡張には3つの意味があります。
1つ目は今回のようなパ・リーグの中のマーケットプレイスの拡張。
2つ目がメルカリの中で試合の映像などが流通するフェーズです。
3つ目が、(NFTの大手マーケットプレイスとして知られる)「OpenSea」などの外部マーケットプレイスで我々のコンテンツが流通すること。
この最初の拡張を2022年中に実現したいと考えています。法律などの規制への対応も必要なため、無理のない範囲でやりたいと思っています。
将来的に「メルカリ」でNFTが売買されるようになる?
メルカリは「NFTの民主化」について触れている。
出典:メルカリ
—— 「メルカリのNFT」と聞くと、メルカリアプリ上でのNFTの流通を想像します。
伏見:NFTによって実現する世界はいくつかあると思っています。将来的には誰もがカンタンに、不要品であろうが自身のアセット(資産)であろうが出品し、それに対するお客様がいて、それを売買できる世界をつくっていきたいと思います。
アセットというのが何かというと、今まではお金とか物ということが多かったと思うのですが、デジタルアセットが増えていく世界になると考えています。こうしたデジタルアセットを出品できないマーケットプレイスでいいのか。そこを拡張して対応していくことが目標です。
デジタルアセットの数が増えていったときに、新しいマーケットプレイスが花開くのではないでしょうか。そのために今から準備をしています。
いきなり、これからデジタルコンテンツを販売できます、流通はNFTです、という話がすぐに出てくるというわけではありません。
マーケットプレイスとして成長してきたメルカリ。
出典:メルカリ
メルカリはマーケットプレイスとして強い会社です。本来の価値はそこにあります。世の中にたくさんのNFTが生まれたときに、「それを売却するための場」というのが本命で、メルカリの本職の部分です。
そのためには、NFT自体が大衆化していく必要があるし、「良質なNFTがちゃんと生まれてくる構造」が必要です。今は、その手前の段階から市場を耕していこうしています。
そこで、今回のようにNFTの発行をパシフィックリーグマーケティングと一緒に行うことになりました。発行する側の気持ちがわかっていないと、セカンダリ(2次流通※)側の形がわからないし、それを購入するお客様の気持ちもわかりにくい考えたわけです。
—— 2次流通の検討ありきで考えた取り組みだ、と。
伏見:NFTを実際に発行してみて、1次販売※でどのようにお客様に届いて、どういう使い方をするか、それをしっかりと見きわめた上で、セカンダリの運営に生かしていきたいと考えています。
※1次販売とは:独自のNFT作品を最初に出品することを「一次流通」と呼ぶ。今回はプラットフォーマー側が販売するという意味で「一次販売」。なお、2次流通は言葉どおり、手に入れたNFTを出品することを指す。
「NFTで所有する意味」とは何か
「パ・リーグ Exciting Moments β」のSeason 1で販売されるコンテンツ。
出典:メルカリ
—— 良質なNFTという意味で、野球のようなファン層の厚いコンテンツは強いと思う反面、単に名シーンを抜粋するだけでいいのでしょうか。
伏見:動画はただ長いだけでは難しいでしょう。その試合の中で、どういう流れで、どういう文脈でその瞬間が生まれたのか、そういうストーリーが伝わるような編集が非常に重要だと思います。
パシフィックリーグマーケティングは(ライブ配信などの)パ・リーグTVやYouTubeのチャンネルをやっているので、その辺りは我々にとってもすごく勉強になっています。
それでも十分ではなく、15秒から20秒ぐらいの動画の枠の中で、感動するような編集の仕方はどうあるべきか。そういうところを今後も研究し続けていきたいと考えています。
——「一瞬」の背景にあるストーリーが重要だと。会見の中で、(ゲストのプロ野球解説者)里崎智也さんが「その選手のプロ初ヒットと(引退前の)最後のヒットを組み合わせる」とアイデアを出されていて、それはおもしろそうでした。
伏見氏と里崎さん
出典:メルカリ
伏見:過去のコンテンツを単に出すだけではなく、新しい工夫も入れていきたいと思います。同じものがYouTubeで見られます、別の媒体で見られます、というときに、それをNFTで所有する意味とは何か。そういう話はあると思います。
そうしたときに必要となるのが、コンテンツがかっこいいとかクール、といったような、10〜20秒間という世界の中で最適化できるように我々も努力していかなければならないでしょう。
さらに、そのNFTを持っていることで別のメリットが得られるというのも考えています。例えばスタジアムでいい席に座れるようになる、グラウンドに降りられる、オフシーズンにキャンプの練習を見に行ける、選手とのイベントに参加できる、といったもの。
そういったNFTならではの付加価値が付けられるのではないかと。そういうものをつくることで、手に入れていただく楽しみを届けたいです。
—— NFTを持つことは「データを所有する」ことになるんでしょうか。
伏見:「なにを所有しているのか」というのが難しいところかなと。著作権をもらっているかというとそうではないでしょうし、所有権を有しているのかというと微妙ではないでしょうか。NFTを持っていることで、「それによって受けられる周辺権利を含めて保有している」ことだと捉えています。そうした周辺権利をつくっていく必要があるのではないかと。
—— 音楽CDに握手券が入っているみたいな、そんな感じがしますね。
伏見:そんな感じかもしれません。そんなことを検討して整理しながら、どんどんサービスを磨いていく必要があります。
スタジアムの中まで入って選手と触れ合えるといった機会が提供できれば唯一無二の体験だと思うので、それがNFTに付随するという形で届けるとか、そういうことも多分あると思います。
「金融商品としてだけの魅力」ではもったいない
メルカリはブロックチェーン技術の活用を進める。
出典:メルカリ
—— NFTを売った、買ったというだけでなく、ちゃんとNFTのエコシステムをつくっていこうというのがメルカリのスタンスなのでしょうか。
伏見:金融的な要素は否定しないですし、それ自体も楽しいものかなとは思います。が、それだけだと、金融商品として魅力があるかないか、という話で終わってしまいます。それだけではもったいない。
今回のパ・リーグで言えばファンビジネスの進化に使えるのかどうか、という点が重要です。
(メルカリ傘下の)鹿島アントラーズではやらないのか、というのもよく聞かれるのですが、検討はしています。今回はタイミングが合ったパ・リーグと一緒にやることになりました。
もともとメルコインを設立した際に、スポーツ、アート、ゲーム、エンターテインメントというジャンルを想定していて、タイミングが合ったので第1弾はスポーツになりました。
周辺価値をつくるという意味で、オフラインのタッチポイントが野球には用意されている点も大きいです。
野球ファンにNFTが届けられるかは大きな挑戦だと思っています。スタジアムに毎日行っているような方は、やはり高齢化している印象はあります。
パシフィックリーグマーケティングでも若年層に届けたいという意向があって、NFT経由でファンになってもらってもいい。ファンだからNFTに注目してもいい。そういうクロスが起きればいいと考えています。
自身も「少年時代野球をやっていた」と語る伏見氏。「プロ野球の観戦に球場に行ったのは今でも記憶に残っています。その特別な体験に加えて、その日の名シーンをその場でNFTにしてその場で持って帰る、というのがあってもいいなと」と話していた。
撮影:小林優多郎
—— 買ったNFTは、ある種の「資産」として永く残るものでしょうか?
伏見:NFTがエターナル(永久)かどうかというのは難しい議論ですが、そうしたエターナルの価値がNFTにはあると信じています。そういう特別な物を手に入れるという体験を、スタジアムで実施していきたいです。
オリジナルのコンテンツもやっていきたい。オフショットや、選手にもっと近づける、通常だとテレビも入らないようなキャンプ中のシーン。そういったものです。
プロ野球のオフシーズンは、本当に好きな人は(練習中の)キャンプを見に行っているそうです。
でも、今はコロナ禍で難しい状況。そうしたニーズを埋めていくのは野球界にとっても重要で、NFTでそうしたコンテンツを提供できればと考えています。
Origami時代も振り返ると、NFTは「まさに勃興期」
撮影:小林優多郎
—— NFTは、2022年もまだまだ行けますか。
伏見:行くと信じている、というのが本音ですけど、NFTにはまだ荒削りなところもありますし、未整備なところも多分にあります。
これだけ多くのNFTプロジェクトが日本を含めてグローバルで立ち上がってきて、まさに勃興期だと感じています。それが一定期間続くのは間違いないと。
ただ、この先はそれだけでなく、色んな整備や規制への対応などが必要で、それを見越しながら、変化に対応できる体制を最初から備えて運営することが大事です。そうして信頼できる事業者が増えていくと良い、というのが本音のところです。
—— 伏見さんは、まさにスマホ決済の勃興期に「Origami」(現在はメルペイに統合)に新規事業開発のシニアディレクターとして参加していました。その頃と比べて今のNFTはどうですか。
伏見:まだQRコード決済、スマホ決済という言葉もない2012年からOrigamiでやってきて、2015年にiBeaconを使った決済を初めて、その後にQRコード決済を導入……その頃から業界ではLINEも参入して、という時代でした。その決済事業の時に感じていたモメンタム(勢い)と、現在は近しい感じがします。
(当時)コード決済は、中国の2社が非常に強かったのですが、欧米系は付いてきませんでした。今回は世界的なムーブメントになっていることが大きな違いです。NFTの特性上、金融の資産性を持ち、国の垣根を越えていく側面もあります。
決済はかなりドメスティックな面が強いのですが、「NFTは国をまたいでいる」ところがおもしろいと感じています。
(文・小山安博)
小山安博 :ネットニュース編集部で編集者兼記者、デスクを経て2005年6月から独立して現在に至る。専門はセキュリティ、デジカメ、携帯電話など。発表会取材、インタビュー取材、海外取材、製品レビューまで幅広く手がける。