スタートアップとデジタル庁の広報職を兼業する高野葉子さん。
撮影:横山耕太郎
「育児と仕事を両立させたかったのに、なかなかリモートワークが認められない組織文化が原因で、育児との両立を断念しました」
2021年12月、Business Insider Japanへの取材に応じた女性官僚はそう話します。新型コロナウイルスの感染拡大を抑えるためにも企業にはリモートワークを推奨しながら、霞が関では認められず、長時間の残業や出社が当たり前の状況が続いているといいます。彼女は育休復帰後、民間企業への転職を決めました。
そんな中、デジタル庁で働く民間人材は、自由な働き方を実践しています。連載2回目では育休復帰と同時に、デジタル庁で働き始めた女性に話を聞きました。
スタートアップの上場を経験
高野さんが勤務するデザインを手がけるスタートアップは、2020年に東証マザーズへの上場を果たした。
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連載1回目にも登場したデジタル庁の広報チームの高野葉子さん(33)は、育休明けのタイミングでデジタル庁に入庁した(当時は前身の内閣官房IT総合戦略室)。今は週3日はデジタル庁に非常勤として勤務し、週2日はデザインのスタートアップで働く。
「ワーママデビューがデジタル庁との兼務になったのですが、育休復帰後は仕事もフルスイングしたいという私の思いが伝わり採用してもらえました」
千葉大学大学院でUI・UXなどのサービスデザインを学んだ高野さんは、新卒でスタートアップに入社し、新規事業の開発などに携わった。
3社目に選んだアプリなどのデザインを手がけるスタートアップでは広報職を担当。しかし入社後まもなく、社長以外の役員がほぼ全員辞職し、離職率も約40%に。組織崩壊という修羅場も経験したが、その後は「社長と二人三脚」で走り続け、2020年6月には東証マザーズへの上場を果たした。
「スタートアップの魅力はスピードの速さと自分が与えられる影響の大きさですね」
「リモートワークのおかげ」で夫と分担
デジタル庁のオフィス。元々はヤフーがオフィスを構えていたフロアを使用している。
撮影:今村拓馬
「3度の飯より仕事が好き」という高野さんの転機になったのが、第1子の出産だった。
無事にマザーズ上場を終えた数カ月後、2020年の年末から産休に入り、2021年に第一子を出産。仕事から長期間離れたのは初めての経験だったが、挑戦を続ける人生を歩みたいと思っていた頃、デジタル庁の募集を知った。
「デジタル庁の人材募集は、私の周りのデジタル界隈(かいわい)ではすごく話題になっていました」
2021年7月、もともと働いていたスタートアップへの職場復帰と同時に、非常勤の国家公務員として働き始めた。
現在のデジタル庁の広報チームは約10人。民間人材は高野さんと、大企業の広報担当者の2人で、他は経済産業省など各省庁の官僚が集まっている。週に1度の記者会見や記者対応、取材やデジタル庁職員の講演の調整、SNSでの発信などを担当しているが、仕事はリモートが中心だ。
デジタル庁の勤務日と勤務時間も自分で決められ、高野さんの勤務は火曜、木曜、金曜の午前9時30分から午後6時。会見がある金曜日は出勤するが、それ以外は自宅で働く。スタートアップで働く月曜と水曜も午前10時から午後7時まで在宅で働いている。
同じくスタートアップ企業に勤務する夫も、リモートワークがメイン。保育園への送り向かえなど育児や家事は2人で分担し、「ワンオペ育児はほとんどない」という。
「出産直後に夫も1カ月の育休を取って、2人で保育園探しもできました。今仕事と育児を両立できているのはリモートワークのおかげ。コロナによる働き方の変化はラッキーでした」
出産直後でも「いま一生懸命働くという選択」
高野さんは「保育園に子どもを預けられる今が一番働ける時期かなと思った」と話す(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
発足したばかりのデジタル庁と、上場し事業規模を拡大しているスタートアップとの兼業に加えて、0歳児の子育て。なぜあえて出産直後に超多忙な生活を選んだのか。
「保育園に預けられる今の時期が、一番働ける時期かなとも思っています。長期的に見たときに、いま一生懸命働く選択肢を選びました」
デジタル庁への応募は、キャリア上の戦略でもある。
「霞が関の広報は、世間の関心も高くかつ組織も巨大です。民間出身としては、積極的に情報を出す“攻めの広報”をしてきましたが、違う広報手法を学べています。
民間企業と霞が関をリボルビングドア(回転扉)のように行き来できることは、個人のキャリアにとっても選択肢が広がると感じます」
若手の国家公務員が求める「成長」「ワークワイフバランス」
若い国家公務員の女性は、特に「仕事と家庭との両立」に課題を抱えている。
出典:内閣官房『国家公務員の⼥性活躍とワークライフバランス推進に関する職員アンケート結果』
若手官僚の離職が問題になっている霞が関だが、特に若い官僚がキャリアや働き方に疑問を感じているという調査がある。
内閣人事局が国家公務員を対象にしたアンケートでは、「数年以内に離職意向がある」とした職員に、その理由を質問。最も多かった理由が「もっと自己成長できる魅力的な仕事に就きたい」(男性が49%、女性が44%)。続いて「長時間労働で仕事と家庭の両立が難しい」(男性が34%、女性が47%)という結果だった。
霞が関の働き方を考えた時、キャリアとワークライフバランスが課題となっている。
プロジェクトベースで専門性磨く
デジタル庁官僚の上田翔さん。経済産業省出身の上田さんは、過去に行政手続きのコスト削減を解消するプロジェクトなどに関わってきた。
撮影:横山耕太郎
実際にデジタル庁で働く若手官僚は、デジタル庁の働き方をどう感じているのか。
「プロジェクトチームで働いていると、官と民という区分は意味がないと感じます。課題に対して、チームの中でそれぞれの専門性を発揮する。これまでになかった仕事の進め方ができていると感じます」
2021年9月からデジタル庁で働く上田翔さん(31)はそう話す。
上田さんは東京大学大学院卒業後、2013年に経済産業省に入省し、デジタル庁では社会共通機能グループのデータ班に所属。チームにはITメガベンチャーや、日系の大手メーカーのエンジニアらが所属している。
「私は行政と法律の知識を生かして協業していますが、民間出身の優秀なエンジニアの方から、データの整理の仕方や実装の方法など学ぶことも多い。
官僚は約2年で担当が変わることが多く、専門性を身に着けることが難しいのですが、プロジェクトベースでの働き方は専門性を磨けると感じます」
上田さんは民間出身の非常勤職員とは違い、専業のデジタル庁官僚で週5日働く。
残業を含めた勤務時間は「経産省時代とあまり変わらない」と言うが、ほぼ毎日出勤していた経産省時代とはちがい、週に1~2日はリモートワークで働いている。
「調整業務やブレインストーミングなど、対面の方が効率のいい業務の時は出勤して、資料作成やデータ整理など個人で集中して取り組む時はリモートワークをしています。まだまだですが、タスクごとに働き方を変えることが可能になりつつあるかなと思っています」
また経産省時代との大きな違いの一つは、パソコンのスペックが上がったこと。
「これまでは重たいファイルを開くのにすごく時間がかかり、リモートワークに対応しにくかったので」
「霞が関も変わらないといけない」
深夜でも、煌煌(こうこう)と明かりが灯る霞が関。
撮影:今村拓馬
デジタル庁では、霞が関として新しい働き方の実践が進んでいるものの、人材流出が続く霞が関の現状について、上田さんはどう感じているのか?
上田さんは「大きな視点で言えば、人材の流出は問題ではないとも思っています」と話す。
「これまではステレオタイプな考え方として、『ビジネスをしたいなら民間企業、社会的にいいことをするなら役所』という見方がありました。
でもベンチャーなどでも、社会的な価値が高い貢献をしながら、ビジネスができるという考え方が広まり、役所と企業の形式的な区分がゆっくり溶けてきています。その意味では、霞が関から人が流出していくのが問題というよりは、霞が関の役割も変わっていく必要があると思っています」
官僚として働き始めて、2022年には10年目を迎える上田さんだが、デジタル庁に期待する部分もある。
「霞が関は、民間企業に変革を求めるのに、霞が関自身は変わっていない。ただデジタル庁は、そんな霞が関を変えようという組織です。
今は目の前にある課題に取り組むだけですが、霞が関が変わるきっかけになるような働き方ができればと思っています」
前出の広報担当・高野さんは、霞が関出身の職員の仕事ぶりをこう見ている。
「デジタル庁に来て驚いたのは、霞が関出身の方は『民間ではどうしているのか?』と、私たちの意見にも耳を傾けてくれること。異文化へのリスペクトと強い責任感があり、新しい事を始めようという熱意もある。一緒に働けて、毎日楽しいです」
民間人材にとって、また霞が関の人材にとって、デジタル庁は理想のキャリアとワークライフバラスを実現できる職場となりうるのか?
官民問わずデジタル庁がこれからも優秀な人材を集め続けられるかどうかは、その成否にかかっている。
(文・横山耕太郎)