ワクチン接種証明に挑む“官民ごちゃまぜ”チーム。一大プロジェクトの舞台裏

スマホ画面に映るワクチン接種証明書アプリ

公開されたばかりのワクチン接種証明書アプリ。SNSでは不具合を指摘する声がある一方、使いやすさを評価する声もあり評価が割れている。

撮影:小林優多郎

新型コロナウイルスではさまざまな日本の課題が可視化され、議論の俎上に載せられましたが、その1つがデジタル化の遅れでした。デジタル庁は、顕在化したデジタル化の遅れを取り戻し、その先に「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」を目指すことを目的に設立しました。

実現に向けて集められた職員は約600人。うち約200人は民間企業からの出向・兼業人材です。霞が関の掟で働いてきた官僚と民間企業出身者が一緒に働くとはどういうことが起きるのか。4回目では、公開されたばかりのワクチン接種証明書アプリの元となる接種記録プロジェクトを検証します。

注目集める、接種記録や証明アプリ

デジタル化最前線としてデジタル庁設立前から活動を始めていたのが、ワクチン接種記録システム、通称VRS(Vaccination Record System)のチームだ。他の先進国に比べて接種開始時期が遅れ、国民の不満は溜まっていただけけに、ワクチンの確保や自治体への配布、その後いかにスムーズに「誰一人取り残さない」接種システムを作り上げるのか、政府や自治体の手腕が問われた。

中でも誰がいつ、何のワクチンを接種したのかという接種記録は、ワクチン接種券にある情報を政府が自治体に配布したタブレットで読み取るとリアルタイムで把握できる仕組みだ。12月20日には接種証明アプリも公開された。

国民から「見えやすい」仕事なだけに、政府はどこまで本気でデジタル化に取り組むのか、その覚悟やデジ庁の存在意義まで問われる試金石となった。

法や制度の壁の間を縫う仕事

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警備会社セコムからチームに参加している小泉英之さん(左)と、厚労省出身の市川壱石さん(右)。

撮影:浜田敬子

VRSチーム発足は2021年1月。9月にデジ庁が設立する前は内閣IT総合戦略室に置かれた。最初からチームに参画している小泉英之さん(34、国民向けサービスグループワクチン班参事官補佐)は、警備会社セコムからの出向だ。チームは他にももう1人民間出身者がいて、中央省庁組は厚生労働省から1人、あとは自治体などの職員で構成されている。

小泉さんは自分の視野を広げたいと、一度会社の外で働きたいという希望を出し続けていたが、「まさか官に来るとは思ってもいなかった」という。IT総合戦略室からセコムに誰か人材を出してくれと言われ、声がかかった。

セコム時代は防弾チョッキやヘルメットを身につけての警備員からスタート。営業を経て、高齢者向けのサービス開発や経営企画、さまざまなサービスのUXやUIの改善などを担ってきた。その中で、ユーザーにとって使いやすいUIやUXを開発しようとすると、国の法制度の壁に阻まれてしまう経験をした。行政の手続きはなぜもっと便利にならないのかという疑問も感じてきた。

デジタル庁で働くようになり、役所の仕事とはこういう法律や制度の壁を間を縫って、できる方法をなんとか探しているんだということがわかった。

そうすればできるんだという驚きの連続

新型コロナワクチン接種証明書アプリの画像。

新型コロナワクチン接種証明書アプリは、コロナ時代に経済活動を止めないためにも重要なツールとなる。

撮影:小林優多郎

VRS開発で立ちはだかったのはマイナンバーと個人情報の壁だった。VRSで個人の接種記録とマイナンバーを紐づけて管理できれば、引っ越した場合も効率よく接種記録が確認できるが、マイナンバーを扱う主体や接種記録は自治体が管理すると法令で決まっている

現行法の範囲でも使いやすいシステムを作れないか。法改正には国会審議が必要で時間がかかってしまう。予防接種法を担当する厚生労働省と調整しながら、マイナンバー法を担当する内閣官房番号制度推進室(現在はデジタル庁に移管)をメンバーに加え、「こういう方法だったら技術的に現行法内でも可能ではないか」と議論を繰り返した。

その役を中心的に担ったのが、厚労省出身の市川壱石さん(36)だ。市川さんが小泉さんら企業出身メンバーと働いて衝撃を受けたのは「使いやすさ」への徹底したこだわりだった。

「厚労省は国民の一生に関わる仕事をしているので、本来は生活に密着しているはず。その国民との接点とはどこかというと、デジタル時代はUXやUIだということを、小泉さんらと議論してなるほどと思いました。でも実際の省庁では国民と直接向き合えず、システムの知識もないので、何がどうしたらできるのか分からなかった。今回、ここまでサービスとして踏みこめるんだという感覚を得られました」

例えば、アプリでは押すボタンの数が少ないほど使い勝手はいい。だが、霞が関や自治体の発想では、法令などに乗っ取った行動や段取りが優先され、結果ユーザーからは複雑で使いづらいものになってしまう。行政のホームページが使い勝手が悪いとしたら、それはユーザー起点でなく、法制度起点で設計されているからだ。

「『ここまではこのボタン1つでできるよね』『システムの裏で連動すれば手間を省略できる』と言われ、そういうことができるのか!と驚きの連続でした」(市川さん)

省庁担当者が納得した民間人材の説明力

デジタル庁のオフィス。

デジタル庁のオフィスはもともとヤフーのオフィスだった場所。民間人材と霞が関出身の職員らが集まっている。

撮影:今村拓馬

2人の上司に当たる参事官の吉田宏平さん(51、総務省出身)はデジタル庁の仕事を「制度を維持している役所が国民と直面したケース」と語る。

役所は新たな制度を作っても、それを実現するシステムは外部に発注してきました。特に厚労省では、実務は市町村に担ってもらうので、同じ業者に委託しても、市町村がそれぞれ発注して結果バラバラなものになっていた。VRSチームは本来市町村がやるところまで国が箱を作った初めての事例です」

とはいえ、その法制度や省庁の壁を縫う作業は簡単ではなかった。新しい検討事項が出てくるたびに、市川さんは「これは誰にどういう言い方で相談したらいいか」思案した。各省庁の担当者が納得してくれたのは、小泉さんと一緒に足を運んだ部分が大きかった。

「小泉さんから直接こういうシステムでここまでできます、と説明してもらうと、『おー、こんなことができるんだ』と分かってもらえ、その後は一気にコミュニケーションが進むようになりました」(市川さん)

吉田さんはこう話す。

「役所が慎重になるのは、分からない中で判断したくないから。これまで役所は(開発の部分は)ベンダーに『お任せ』。本来は具体的な制度の実現方法まで決めた上で発注したり、発注後もベンダーと議論したりするというプロセスを経るべきですが、今の調達の仕組みではなかなか難しい」

毎晩の会議で決定されるスピード感

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デジタル庁副大臣の小林史明氏。スピード感を持ってGOサインを出してくれたという。

撮影:小林優多郎

VRSチームでは発足当初から毎晩、定例会議を開いてきた。会議にはチームメンバーだけでなく、小林史明デジタル庁副大臣(当時はワクチン担当大臣補佐官)が必ず出席した。上がった課題について小林氏は、チーム内で決められること、役所間の調整で決めること、政治家として決断することを分け、その場で方針を決めていった。そのスピード感は、30年近く霞が関で働いてきた吉田さんはもちろん、企業からきていた小泉さんも初めて体感するものだったという。

小泉さんはデジタル庁で働き始めた頃、「霞が関時間ってあるんだ」と感じていた。セコム時代から残業も厭わず働くタイプだった。企業が長時間労働に厳しくなる中、「働きたいだけ働いていいよ」という霞が関の文化はむしろ性に合っていた。だがそれは、「少なくともVRSチームの全員が全速力で同じモチベーションで働いていた」ことが大きかったという。

VRSはワクチン未接種なのに接種済みと記録される誤入力や誤読の問題が発生するなど、いくつかのトラブルは起きた。約1億件のデータのうち、0.16%にあたる約16万件に誤りがあること、さらに確認が必要なデータは約500万件にも上ることが明らかになっている。

2回目までの接種券はバーコードを読み込む仕様ではなく、OCRラインという18桁の数字をタブレットのカメラで読み取って、文字データに変換している。数字部分が汚れていたり、画像がブレたりすると数字を誤読してしまう。バーコードにできなかったのは、VRSの開発が決まった1月末には、すでに厚労省が接種券の仕様を公開しており、その中でバーコードは自治体の任意で、登録する内容も独自で定めていいとされていたからだ。

小林副大臣の口癖は「もっと上流に」。「上流」の仕様を精査して統一できれば、防げたトラブルもあったという反省があるからだ。

それでもVRSプロジェクトは、霞が関ではこれまでにない「成功事例」だと吉田さんは振り返る。

「ここまでリーダーシップを発揮できる体制が霞が関にはなかなかなかった。

そもそも従来の役所では新たな仕事を割り振るには人が少なすぎる。すると目先の仕事をやるだけに終始し、ミッション的な中長期の目標が見えにくくなる。進んでいないプロジェクトが劣っているわけでなく、リソース不足により八方塞がりになっているんです」

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