アメリカは再び半導体の国内生産を目指す。
カリフォルニア州シリコンバレーで半導体産業が生まれてから半世紀、今では半導体素子の小型トランジスタを製造する工場(ファブ)のほとんどが台湾や中国など海外にある。
それが、パンデミックに端を発した世界的な半導体不足で、自動車、スマートフォン、医療機器、さらには食洗機など、さまざまな種類の半導体に依存する製品の生産に支障をきたし、大問題になっているのだ。消費者は怒り、政治家や企業はその解決策として、再びアメリカ国内で半導体を生産するべきだと訴えている。
中国が台湾を侵略するのではないかという地政学的な懸念や、台湾は地震が多いという事情もあり、にわかに何百億ドルもの税金が、アメリカの半導体の供給能力を高めるために使われようとしている。
米半導体大手インテル(Intel)のCEOであるパット・ゲルシンガー(Pat Gelsinger)は2021年4月、ワシントン・ポスト紙に「今後数十年間、半導体工場がどこにあるかは、石油の埋蔵量がどこにあるかよりも大切です。国や経済、我が国の安全保障にとって、非常に重要な意味を持っています」と語った。
しかし、インテルが政府の大盤振る舞いで恩恵を受けるのは確かだが、それ以外の人々にとってアメリカに半導体工場ができるのはよいことなのだろうか?
最先端の半導体工場の設立には目玉が飛び出るほど多額の費用が必要で、大きな環境コストも伴う。また、これまでアメリカの製造業がたどってきた悲惨な道のりを考えると、半導体の生産を復活させて今回はうまくいくという根拠はあるのだろうか?
Insiderは、複数の半導体の専門家に話を聞き、アメリカの半導体製造復活の成否を左右する重要なポイントを探った。
取材から見えてきたことは、アメリカが本気で半導体大国になろうとするなら、米議会が現在検討している520億ドル(約5.9兆円)の連邦補助金では到底足りないということだ。
国内生産で経済は活性化するが、問題は人材確保
半導体製造工場についてまず理解すべきことは、それらは決して安くはないということだ。PCやサーバー、スマートフォンを動かす超高速マイクロプロセッサのような最先端の半導体を製造できる工場は、建設や設備に数十億ドルかかる。
そのため、現在、半導体ビジネスに携わる企業の多くは製品の設計に専念し、巨額の資本が必要な生産業務は台湾積体電路製造(TSMC)やサムスン(Samsung)などに委託している。米議会調査局によると、1990年、アメリカは半導体製造で世界の40%のシェアを占めていたが、2019年には11%に落ち込んでいる。
では、サードパーティーによる工場をアメリカ国内に置き、アメリカの労働者に雇用を提供してはどうだろう? 実際、TSMCは2020年、アリゾナ州に120億ドル(約1.4兆円)を投じて半導体工場を建設することを約束し、今後3年間で1000億ドル(約11.4兆円)を投資して生産能力を拡大する計画だ。
半導体工場は高収入だが、従業員数は一般の製造工場より少ない。
Guo Junfeng/VCG via Getty Images
米業界調査会社フォレスター・リサーチ(Forrester Research)のアナリスト、グレン・オドネル(Glenn O'Donnell)は「半導体のシェアは海外の企業に大きく奪われてしまいました。ハイテク業界はグローバル化を少々進めすぎたのかもしれません。半導体産業をある程度復活させることは、アメリカにとって確実にプラスになります」と話す。
半導体工場を新設するということは、建設、製造、エンジニアリングの雇用が増えることを意味する。工場がある地域に雇用が増えれば、住宅を購入する人が増えるなど、波及効果も期待できる。また、24時間稼働する工場勤務の給与は高く、製造業の平均給与の2倍はある。議会調査局によると、アメリカに拠点を置く半導体工場は、2019年に18万4600人を直接雇用し、1人当たりの平均年収は16万6400ドル(約1900万円)だった。
半導体工場の正社員は一般的に800人から数千人規模で、自動車工場よりはるかに少ない(例えば、テスラ(Tesla)のカリフォルニア州フリーモント工場は1万人の従業員を擁している)。インテルはアリゾナ州に建設している2つの新工場において、3000人の技術職と3000人の建設職、さらに1万5000人の長期雇用が地元で創出されると見積もっている。
目下の最大の問題は人手の確保だ。アナリストによれば、半導体の加工技術を持つ人材は不足しており、アメリカは必要な技術職の人材を養成するために大学プログラムを設ける必要があるという。
米調査会社ガートナー(Gartner)のアナリスト、ガウラブ・グプタ(Gaurav Gupta)はInsiderの取材に対し、「ここ数年、多くの半導体工場がアジアに移転したので、人材不足が問題になるかもしれません。優秀な人材が豊富にそろっているのはアジアです」と話す。
環境コストの高い製造工程
2006年、米半導体メーカーのグローバルファウンドリーズ(GlobalFoundries)は、水とエネルギーの供給が豊富なニューヨーク州北部に新しい工場を設立する計画を発表した。
しかし、現在計画されている工場の多くは、南西部のテキサス州やアリゾナ州に設立される予定である。両州とも半導体生産の歴史が長く、半導体産業のパイオニアであるテキサス・インスツルメンツ(Texas Instruments)は本社のある州名を冠し、インテルは1980年代からアリゾナ州に工場を構えている。
だが気候危機によって、西部の大部分は数年にわたって深刻な干ばつに見舞われており、アリゾナ州のような場所に工場を建設することには疑問の声が高まっている。2021年初めに台湾で起きた干ばつが示すように、水不足は半導体の生産を大きく脅かすおそれがあるからだ。
アメリカ西部は長期の干ばつに見舞われている。
David McNew/Getty Images
半導体の製造には、膨大な水とエネルギーを消費するだけでなく、その工程で使用される化学物質が原因で「環境への虐待」になりかねないとオドネルは指摘する。韓国の裁判所は2016年、サムスンの半導体工場で発がん性物質にさらされたことが、労働者の卵巣がんを引き起こしたと認定している。
工場建設推進派は、半導体メーカーはリスクを理解し、水のリサイクルや再生可能エネルギーの利用拡大、有毒化学物質を扱うための優れたシステムの開発に取り組むなど、リスクを抑え込む方法を知っているという。
米市場調査会社インサイト64(Insight 64)の特別研究員ネイサン・ブルックウッド(Nathan Brookwood)は、使用される有害な化学物質について次のように話す。
「一昔前は問題でした。実際、工場が閉鎖したり操業を停止したりした初期の製造現場では、有害化学物質が多く使われて、スーパーファンド・サイト(有害廃棄物によって汚染されている土地)に指定されている場所もあります。でも今は、それほど懸念すべきことだとは思いません」
半導体製造にかかる環境コストの負担を他国に強いることは、倫理的に正しいことではない。アメリカが半導体工場の建設ラッシュに沸こうとするなか、その工場がどこに、どのように建設されるかについて議論することは、以前にも増して意義が大きい。
未解決の問題は残るが「半導体戦略は必要」と専門家
半導体の生産に関わるサプライチェーンは複雑に絡み合っている。アメリカはシリコンの供給を日本やメキシコなどの国から受け、検査やパッケージングはベトナムやマレーシアなどの国に依存している。つまり、半導体の製造を国内に回帰させたとしても、完全に自立させるのは難しい。アメリカで製造される半導体は海外からの部品に依存し、製造後は検査などの工程のためにアジアに戻る可能性がある。ブルックウッドは次のように話す。
「アメリカには工場が自立できようにサポートするエコシステムがありません。これは深刻な問題です。人材の確保や供給網が障壁となっているのです。
半導体チップを作るには、ウエハーを作る工場だけでは完結できず、その後にも工程がたくさんあります。チップを製造し、切り離して、パッケージングや検査をしなければいけません。アメリカにはそうしたインフラが十分に整っていないのです」
インテルのゲルシンガーCEOは、半導体工場はアメリカの安全保障にとって重要だという。
Horacio Villalobos - Corbis/Getty Images
520億ドル(約5.9兆円)の補助金を支出する法案「CHIPS for America Act(以下、CHIPS法)」は、米上院を通過し、下院での採決を待っている。税制優遇策、大学のプログラムや研究プロジェクトへの資金提供など、半導体企業にとって期待が持てる内容となっている。しかし半導体生産に不可欠なサプライチェーンの強化には対応しておらず、アメリカが台湾や韓国の半導体メーカーに追いつくまでにかかる年月も考慮していない。
半導体業界での数十年に及ぶキャリアを持つハーバード・ビジネススクールのウィリー・シー(Willy Shih)教授は、「CHIPS法はあくまで出発点であり、520億ドルで世界の供給バランスを取り戻せるとは思いません」と話す。過去何十年かにわたって毎年数十億ドルを投資してきたTSMCのようなアジアの業界リーダーに実際に追いつくには、現在の計画の何倍もの資金を費やす必要があるという。
米投信投資顧問エソテリカ・キャピタル(Esoterica Capital)のポートフォリオマネジャーであるヤン・レン(Yang Ren)は、アメリカが最先端技術を獲得して競争力を高めるには、3~4年以上かかると見る。インテルのような大手ハイテク企業でさえ大規模な投資が必要だからだ。それでもCHIPS法により、台湾をはじめ他国への依存は減らすことができるだろう。
「サプライチェーンリスクの観点から、依存からの脱却は必要だと思いますが、時間がかかるでしょう」とヤンは言う。
半導体ビジネスには、とてつもない規模の投資額に加え、好不況のサイクルに左右される過酷な現実がある。今は、半導体の需要が供給を上回っているため、供給不足が発生している。しかし、もしすべての工場設立計画が実行されれば、数年後には供給過剰になる可能性があると、ガートナーのグプタは指摘する。
供給過剰に転じると、価格が暴落し、工場は操業を休止し、労働者は解雇される。少なくとも、これまではそのような流れがあった。しかし地政学的な状況の変化や長期的なデジタル化の傾向から、コロナ禍が収束した後もしばらくは半導体に対する需要は高まる一方であるため、供給過剰に陥ったとしてもさほど影響を及ばさないだろう。
シー教授は、半導体への投資をバイオテクノロジーにたとえる。ファイザー(Pfizer)とモデルナ(Moderna)が新型コロナウイルスのmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチン開発に成功したのは、アメリカが何十年も投資し続けて生命科学とゲノミクスを発展させてきた結果によるところが大きい。半導体も同様に、企業ごとの単発的な研究ではなく持続的な研究が必要だとシー教授は訴え、こう続けた。
「もっと画期的なものに投資して、技術を進歩させなくてはいけません。そうすれば、アメリカはリーダーに返り咲けるでしょう」
(翻訳・西村敦子、編集・常盤亜由子)
[原文:America wants to make its own chips again. Is that a good idea?]