REUTERS/Dado Ruvic/Illustration
2021年10月下旬を境に、「メタバース」という言葉が一気に世界的なキーワードになりました。
このトレンドのきっかけは、フェイスブック(Facebook)が社名を「メタ(Meta)」に変更したこと。社名変更と同じタイミングで、同社は今後メタバースに対して100億ドル(約1.1兆円)を超える投資を行うことも明らかにしました(※1)。
フェイスブックといえば、言わずと知れた世界最大のユーザー基盤を誇るSNS企業です。日本でもおなじみのFacebookやMessengerはもちろん、InstagramやWhatsAppもメタの傘下です。
そのフェイスブックが、なぜ社名変更をしてまでメタバースに投資をするのか。そして、100億ドルもの資金源をどうやって確保するつもりなのか。今回は前後編の2回にわたり、メタの狙いを会計とファイナンスの視点から考察していくことにします。
利益率はGAFAM中トップ
手始めに、メタという企業をイメージするための代表的な数字をいくつか概観しておきましょう。
メタが運営するFacebook、Messenger、Instagram、WhatsAppをすべて足し合わせたユーザー数は、2021年第3四半期の平均値で月間アクティブユーザー(MAU)が35.8億人、デイリーアクティブユーザー(DAU)でも29億人超えです。
メタの競合と言えるツイッター(Twitter)でさえ全世界の利用者数は2.11億人(2021年9月時点)(※2)、メタ全体の10分の1以下にすぎないというのですから、メタのユーザー数は圧巻の一言です。
(注)過去30日以内にFacebook、Instagram、Messenger、WhatsAppのうち1つ以上を1回以上利用しているユーザーの数。
(出所)FB Earnings Presentation Q3 2021をもとに編集部作成。
時価総額はどうでしょうか。
メタの時価総額は12月6日時点で8842億ドル(約100兆円)、世界の時価総額ランキングでは7位に位置しています。トップ10の中では創業が最も若いことから、いかに同社が急成長を遂げてきたかがよく分かります(図表3)。
(出所)companismarketcap.comより筆者作成。
メタの売上構成は、実にその98%を広告収入から挙げています(図表4)。ユーザーから直接課金するのではなく、広告主から収益を挙げる広告モデルの典型例ですね。
ユーザー1人あたりの収入のことを「ARPU(アープ、Average Revenue Per User)」と呼びますが、メタの2021年第3四半期におけるARPUは8.18ドルで、うち7.98ドルが広告からもたらされています。
(注)各四半期の売上高を同期間におけるFacebook、Instagram、Messenger、WhatsAppの月間アクティブユーザー数の平均値で割ったもの。
(出所)FB Earnings Presentation Q3 2021をもとに編集部作成。
ここからメタの売上は簡単に推定できます。例えば、同社の2021年第3四半期におけるMAUは35.8億人、ARPUが8.18ドルですから、全体の売上は単純計算で35.8億×8.18ドル=292億ドルと推定されます。
実際、同期におけるメタの売上高は図表5のように290億ドルと、推定値に近い数字になっています。
次に利益はどうでしょうか。売上高に加え、営業利益と純利益の推移を示したものが図表6です。ご覧のように利益も順調に増えています。
(注)参考値として2021年の直近12カ月であるLTM(Last Twelve Months)を記載している。2021LTMは、2020年第4四半期から2021年第3四半期の金額を合計したもの。
(出所)Meta Annual Reportsより筆者作成。
ここで特筆すべきはメタの利益率の高さ。なんと40%近くもあります。
「SNSはみんなどこもそのくらいの利益率なのでは?」と思われるかもしれませんが、そんなことはありません。
例えばツイッターは、2020年12月期の売上高37億ドルに対して、営業利益は2666万ドル、営業利益率は0.7%です。LINEに至っては、2019年12月期は売上高2275億円に対し、利益どころか約390億円の営業損失を計上しています(※3)。
実はこの利益率は、GAFAMの中でも最高です(図表7)。
(出所)各社のform10Kおよびform10Qより、直近12カ月であるLTM(Last Twelve Months)の売上高と営業利益から筆者算出。
つまりメタのビジネスモデルとは、世界35.8億人のユーザーに対して広告を表示させることで1人あたり8ドル強(=3カ月間のARPU)の収入を稼ぎ、その40%近くを利益として得るという仕組みなのです。
メタはどれほどキャッシュを生んでいる?
ここまでで、メタが極めて強固な収益構造を築いていることが分かりました。
では次に、キャッシュの状況を確認してみましょう。ファイナンスの世界には「利益は意見、キャッシュは事実」という格言があります。利益は会計基準によっては調整することができても、キャッシュは基本的にごまかすことはできません。嘘偽りのないメタのキャッシュ創出力は、どれほどのものなのでしょうか?
メタの営業CF、投資CF、フリーキャッシュフロー(FCF。営業CFと投資CFを足し合わせたもの)の推移を示したのが図表8です。
(注)参考として2021年の直近12カ月であるLTM(Last Twelve Months)を記載している。2021LTMは、2020年第4四半期から2021年第3四半期の金額を合計したもの。
(出所)Meta Annual Reportsより筆者作成。
営業CFが順調に生まれていることから、本業でしっかり儲けが出ていることが分かります。投資CFがマイナスということは、投資も継続的に行っていることがここから読み取れます。FCFはここ5年間常にプラス。ファイナンス的には極めて手堅い経営をしていると言えます。
安定的に潤沢なキャッシュを生み出せているおかげもあって、財務の健全性はピカイチ。リース負債以外の有利子負債もなく実質的な無借金経営を実現しており、自己資本比率はGAFAMの中で最も高い水準です(図表9)。
(出所)各社form10kより筆者作成。
それなのに株式市場の期待はGAFAM中「最低」
時価総額は世界7位と高く、売上高・利益・キャッシュのいずれも素晴らしい——このようにメタの財務状況は極めて盤石といえます。むしろ、どこに穴があるのかを探すのが難しいくらいです。
とはいえ、実はそんなメタにも弱点があります。
他のテックジャイアントと比べると、メタは株式市場からあまり成長を期待されていない、という点です。
図表10をご覧ください。これは、GAFAMの過去5年間の株価上昇率を比較したものです。
(出所)Googleファイナンスより筆者作成。
株価の伸びという観点で比較すると、意外にも、ここ5年間では創業からの年数が一番若いメタの株価が一番伸びていないのです(6社中では最古参格のアップルとマイクロソフトが最も成長しているというのも、また驚きですが)。
非の打ち所がない財務状況であるはずのメタが、なぜ株式市場からこう渋い評価を受けてしまうのでしょうか。次回、その理由を詳しく探っていくことにしましょう。
※後編は明日公開予定です。
※1 「フェイスブックが『Meta』に改名。今後10年収益を生まなくてもメタバースに年1兆円投資する本当の理由」Business Insider Japan、2021年11月4日。
※2 Twitter, "Q3 2021 Letter to Shareholders," October 26, 2021. なお、ツイッターはmonetizable daily active usage or users(mDAU)という指標を発表しています。これは、ツイッターにアクセスをし、広告表示されているユーザー数を示すものです。
※3 LINEは2021年3月にYahoo!を傘下に持つZホールディングスとの経営統合を完了しました。そのためここでは、LINE単独の財務状況が確認できる直近の期である2019年12月期の数値を採用しています。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。新著に『決算書ナゾトキトレーニング』(PHP研究所)がある。