2021年に発表されたモスバーガーの新作、グリーンバーガー<テリヤキ>の発表会の様子。
撮影:小林優多郎
日本の食品業界でも注目度が高まっている「代替肉」。
「プラントベース」「大豆ミート」などその呼び方はさまざまだが、日本のスーパーマーケットでも乾燥した大豆タンパクの代替肉が手に入るようになり、ひき肉のような細かいものや小ぶりな唐揚げのようなサイズのものなど、そのバリエーションも増えている。
またモスバーガーやバーガーキング、ドトールコーヒーといったチェーン系飲食店でも、植物由来のパティを使ったハンバーガーが扱われ始めるなど、日本でも身近なものになりつつある。
そもそも日本は大豆を中心とした植物性のタンパク源を重宝する食文化を持っている。そんな日本人がまだ経験していない、代替肉の世界について、アメリカ在住の日本人専門家に話を聞いた。
米代替タンパクベンチャー初の日本人フードサイエンティスト
サンフランシスコを拠点とするアメリカのフードテック企業Eat Justのフードサイエンティスト滝野晃將さん。
滝野さん提供
滝野晃將(あきひろ)さんは、サンフランシスコを拠点とするアメリカのフードテック企業Eat Just(2011年創業)のフードサイエンティストだ。
滝野さんがEat Justに参画して3年ほど。同社はいま、サンフランシスコ以外に上海、シンガポールにもオフィスを構える。緑豆を原料とする植物性タマゴ「Just Egg」で知られ、2017年には培養肉によるチキンナゲットの開発も発表。また培養肉の「和牛ビーフ」にも取り組んでいる。
「京都大学農学研究科で食品科学の修士号をとり、味の素でフードサイエンティストとして3年の経験を積みました。主要な(研究)テーマはまさに今、注目を集めている“肉を代替する技術の開発”でした。
技術的に見て、今現在においても、日本が劣っている点はありません。京大の技術も、味の素の技術も素晴らしいもので、むしろ日本の研究の方が進んでいると思う点も多くあります」(滝野さん)
日本の企業の技術はむしろ優位にあるとする滝野さん。
ではなぜアメリカに渡り、フードサイエンティストとしての研究を続けることになったのだろうか。
その答えは、急速な市場の変化にある。
「アメリカに来てカルチャーショックを受けた点は、必ずしも代替タンパクがベジタリアンやビーガン向けのものではなく、(一般に)受け入れられていた点でした。
確かにアメリカでも初めは菜食主義者のためのものだと思われていました。しかしインポッシブルフーズやビヨンドミートなどの代替肉製品の顧客層を見てみると、実に95%もの人々が普段、肉を口にしていると言われています」
滝野さんは続ける。
「今では、環境のため、健康のため、動物のためという“ゆるベジ”(緩いベジタリアン)や、“フレキシタリアン”(フレキシブルな食の趣向を見せる人々)が市場を牽引するようになりました。
確かに、アメリカの中で、ベジタリアンやビーガンが占める割合は人口の10%未満に過ぎないのです。(つまり)今まで動物の肉を食べていた人が、食生活の一部に代替肉を取り入れただけで、市場が爆発的に広がる、そんな様子に衝撃を受け、代替タンパク質業界に飛び込みました」
日米では植物肉のトレンドに「8年の開き」がある
都内のある私鉄系スーパーマーケットの店内。大豆ミートコーナーができていたが、これはまだ先進的な例だろう。
撮影:伊藤有
このアメリカにおける代替タンパク市場の広がりと、ベンチャーがその動きを主導する点に、滝野さんは魅力を感じている。
「Eat Justをはじめとするアメリカの代替肉に取り組む企業の多くは、スタートアップ企業。なので、より必要とされる製品を、素早く開発して市場に投入することが重要です。そのため、スピード感が全く違うのです。
肉の美味しさの三要素は、風味・味覚・食感です。いずれをとっても日本の食品メーカーや大学は、研究の面でも投資の面でも優れた技術を作り上げています。
しかし製品としての代替肉を見ると、より重視されるのは食感よりも風味の方が大切。そこに集中してブレークスルーを起こしたのが、インポッシブルフーズでした」(滝野さん)
現在、アメリカ市場では品質改良と価格の低下が進んでおり、味や満足度の面での競争も激化している。ホールフーズなど大手スーパーがプライベートブランド(PB)商品として販売する例も増えてきた。
米アマゾン傘下の高級スーパー、ホールフーズがプライベートブランドとして展開する植物肉のミンチ。PB商品まで出てくる状況は、やはり日本より数年先を進んでいると感じさせられる。
出典:Wholefoods
現在の日本市場について、滝野さんは「まだベジタリアンをターゲットにした市場形成に見える」と指摘している。
日本における代替タンパク製品に求められる品質や満足度、流行度・知名度といったトレンド全体について、「アメリカでビヨンドミートが登場した2013年と同等の環境」だと評価している。つまり日米ではおよそ8年間の時差があるということだ。
当初は牛肉の代替に注力されていたが、代替タンパクの現在のトレンドは、豚肉や鶏肉の代替へと広がっている、と滝野さん。
「ビーフパテからチキンナゲット、チキンテンダー(ささみ)へ。また豚肉ではソーセージやハムなどが出てきました。さらにアメリカだけでなくヨーロッパでも、ツナやエビなどの代替シーフードへと広がりを見せています。
代替タンパクとして、既存の肉類や魚類を100%代替することは難しいかもしれません。しかし、食べてみて代替タンパクかどうかわからないレベルまで、味や食べ応えを追求することはできます。」
業界の注目分野は「培養肉」と「精密発酵」
スピーディに市場が拡大するアメリカでは、顧客からのフィードバックも多く、受け入れられる製品にたどり着くまでのスピードが速い。
そんな環境で研究を続ける滝野さんは、代替タンパクの「科学」をどう見ているのか、聞いてみた。
「現在主流の植物性代替肉は、TVP(Textured Vegetable Protein)をベースに作られています。これは植物性のタンパク質に食感をつけたもので、油脂を入れたり、風味の素材を入れて、パテやひき肉として成形されています。
植物性のタンパクの加工方法を変えることで、異なる製品を作り出すことができます。例えば植物性のミルクやヨーグルトなどの製品は、溶解性を上げたり、とろみをつけてクリーミーにすることで製品となります」
さらに注目されているのは、「培養肉」と「精密発酵」という分野だ。
滝野さんが勤めるEat Justは、培養肉を先んじて市場に投入しているが、さらにその先の世界が拡がっているという。
「代替タンパクの新たなテーマは、科学的に見えれば、“同じタンパク質を作れるか”が鍵になります。培養肉や精密発酵は、“成分的に同じものができるため、代替タンパクの中での競争力になる”と考えられているからです。
培養肉が牛や鶏の細胞をそのまま培養して作られるのに対し、精密発酵は酵母などの微生物の細胞を培養します。ただし、そのままではなく、カゼインやホエイといった乳タンパクを作り出す遺伝子を細胞に導入し、発酵によって作ってもらいます。
こうした新しい手法における重要な競争要因は、味や食感、価格といった要素はもちろん、カーボンフットプリントや生産効率性などのサステナビリティです。
代替タンパク市場の拡がりにおいて、環境配慮は外せない要因です。例えば、製品を開発する上でも、栽培に大量に水を使う品種の素材ははじめから排除され、“いかに環境に良いか”が、いかに“食べて健康的か”と同じように激しい競争になっているのです」
特に環境配慮のトレンドは、日本において代替タンパクのおいしさとニーズを追求してきた時代には、絶対になかった考え方だった、と滝野さんは自身を振り返る。
食べたいものに正直に行動した結果が畜産を通じた環境悪化の要因であるなら、「正しいものを最初に提示してニーズを作り出し、理解して選んでもらうべき」と滝野さんは強調した。
今後の市場のトレンドと消費者の選択肢
2021年4月、Eat Justはフードデリバリー大手のFoodpandaと提携し、鶏肉の培養肉「GOOD Meat Cultured Chicken」の宅配を期間限定で実施した。
出展:Eat Just
代替タンパクのホットスポットとして、アメリカは外せない。しかし、国土の広さに制限があるシンガポールやイスラエル、オランダといった国々も、食糧確保の問題と直結するため、国を挙げた取り組みが強まっているという。スピード感あふれるスタートアップの拠点の誘致や研究機関の設立が顕著だ。
最大市場であるアメリカ市場では昨今、アマゾン傘下のホールフーズマーケットや、カリフォルニアが地盤のスーパー大手セーフウェイは、自社のプライベートブランドで代替肉を投入している。しかし先行する企業に対して、滝野さんの見方は楽観的だ。市場が拡がり続けている点と、Eat Justを含む先行企業にはそれなりの差別化要因があるからだという。
「代替肉は、実は技術的な参入障壁が低いのです。TVP自体が原料として販売されており、日本でもハンバーグやソーセージ、魚のすり身などに用いられて、保水性向上やコストダウンに用いられています。しかしそのままだと風味が課題となり、インポッシブルフーズはヘム(と呼ばれる化合物)の特許によって、外の製品を圧倒する風味を実現しています」
筆者もインポッシブルフードの挽肉のみを使ったハンバーグを食べたことがあるが、焼けばきちんと焼き色がつき、肉汁が鉄板ではじけるごとに、肉の香りが立ち上り、しっかりと水分が肉に残ってジューシーな食感が楽しめる。
インポッシブルフーズの植物肉はアメリカでは非常にメジャーな存在。
Shutterstock
他の代替肉ではこうはいかず、焼くと水分が抜けてしまったり、風味が肉のそれとは異なっていたり、大豆っぽさが残ったりする。参入障壁が低い分、知的財産による差別化が際立つ結果となっているのだ。
滝野さんによると、インポッシブルのヘムは全く新しい食品添加物であるため、アメリカやオーストラリアなど承認済みの国を除き、安全性の承認が必要。香料なのか、着色料なのか、定義もなされていないという。日本だけでなく中国やヨーロッパにおいても、新たに承認を得なければ輸入・販売ができない。
流通に関しては、どの国でも自由に輸出入できる素材を使って開発できることが重要となる。知的財産の回避と国際流通性の打開策として、藻類にヘムを作らせるなど、異なるアプローチも試されている。
滝野さんは拡がり続ける市場の中で、低価格、おいしさ、サステイナビリティに加えて、「健康」へのこだわりを研究の中で追求したいという。
「元々の関心はサステイナビリティと健康栄養でした。京都大学における研究では、いかに健康的な食を提案できるかと言うテーマで、機能性食品や特定保健用食品に携わってきました。そのため、代替タンパクについても、いかに持続的で健康になれるか?というテーマにこだわりたいと考えています。
どんな国のどんな家庭で育っても、安くて健康でおいしいものを食べられるべきだと思うし、誰でもアクセス出来る製品がどんどん増えれば良いと考えています」
価格、味、環境、そして健康。すべてを実現する「畜肉にできなかったことを」目指す滝野さんの研究は、今後も続いていく。
(文・松村太郎/Taro Matsumura、外村仁/Hitoshi Hokamura)
松村太郎 / Taro Matsumura:ジャーナリスト・著者。iU 情報経営イノベーション専門職大学専任教員。キャスタリア取締役研究責任者。公式サイトはhttp://forks.tokyo/ Journalist/author covering tech, edu, and lifestyle. Tokyo JP✈Berkeley CA